厦(か)の後宮(ハーレム)に来ました。
「おれは承伏しかねます」
ハナさんは、むすっとした顔で言った。
さっきからずっとそうだ。
「だって、仕方ないでしょ。あっちが話があるっていうんですから」
厦の後宮に来て、二日目。
「静かなものですな」
「そうですねえ」
一日目は、なんだかくったくたに疲れて、寝て過ごしました。
二日目、散策しようと部屋をでてみたら、あまりに広くて迷っちゃった。道を聞こうにも、みんな知らんぷりだ。
けちなの?
言葉が通じないんじゃないですよね。
無視してるんだよ、アッタマくる。
ハナさんに会えなかったら、もうぐるぐるさまようことになっただろうな。でも、どうしてここにいるんです?
後宮って男子禁制じゃ。
「そんなことはどうでもよい」
ハナさんは、つめたく言った。
「あなたは客人です。それを、後宮におくなど」
「私、いっぺん後宮っていうの見てみたかったんです」
にらまれて、口をとじた。
「前王の後宮はだいぶ整理されたと聞きました。しかし、寵愛をうけたものは残ると。こちらの住人があなたを歓迎するとも思えませんね」
無視されるぐらいならかわいいほうだ。
女同士の足の引っ張り合いっていうのは、後宮モノにはつきもの。
王様は一人で、奥さんはたっくさん。
寵愛を受けようと、みんな必死っていうイメージがある。
べ、べつに私は、ワヌ・シンとは無関係ですから。
すぐに国に帰りますし。
「と言っても信じますまい」
私がジャンミさんの養女だってことは、みなさんご承知みたいだ。
竜の人が国王に后となる娘を差し出すのは、すっごい大イベントなのだそう。竜の人は天に近い。地上に生きる人が、天の力を拝借して、国の威勢を示すんだって。
「なにゆえ、養女などに。竜の人とどうしたら、そんなことになるんですか。教えてください」
そこから叱られるんですか?
私だって、よくわからないんですから。はあ。
「酒樽に落ちて、生まれて初めての二日酔いのあと、お姉さんの中にいて、それから、あれよあれよってカンジです」
「さっぱり要領をえませんね」
はい。
でしょう。
ハナさん、こっちをちらちら見るんだよね。
何ですか。わかってますよ、言いたいことがあるって。
この服、似合わないって?
たしかに、お姉さんには、もっとシンプルな服がいいと思います。
髪はすっかり結い上げて、うなじスウスウ。
肩だって出ちゃってるし、羽織るものもまたすけすけの薄手もいいとこ。帯はキンキラの刺繍つき。ぎゅうぎゅうで苦しいし、裾の長い着物はもう何回もふんずけたせいで乱れてる。
足見えてましたか。
ハナさんは私の足下にしゃがみこんで、裾を直してくれた。
あ、すいませんね。
「大股で歩いてはなりません。足がのぞきますので」
見上げてくる目が、こ、こわい。
「はーい、はいはい」
「まじめにお考えください」
「なにを、ですか」
紅白饅頭をあげたときは、笑ってくれたじゃありませんか。
思いっきりため息つかれた!
ちょっとドキッとする。
これねえ、きますよ。
お姉さんらしくないって、思われたら申し訳ないなあって。
クム・セナお姉さんみたいに行動できるわけないんですよ。
私、中身は女子高生ですから。
「お気持ちをはっきりとお示しください。あなたがこのまま、後宮で十五夜を過ごされるということは、后になることを承知したということになるのですよ」
「えっ、だって、マンガのこともありますし」
「オレマンのことですね」
なんでハナさん知ってんの?
「話してくださいました。あなたが」
お姉さんがね、きっと。
「私じゃありません」
ハナさんは眉根を寄せた。
「隊長と、あなた。サトウ・セナは、どういう関係なんです」
どういうって。
「白い糸で結ばれちゃいまして、すいません」
「なんであれ、すぐに謝ってはなりません」
背を向ける。
「隊長とあなたは、もとは一つだと。天帝がそうもうしたのでしょう」
「はい」
「ならば、難しいことを考えるのはおやめなさい」
たぶんね、ハナさんは私を不安にさせないようにしてるんじゃないかな。広い背中にむかって、私は言った。
「あの、頭を使うのは苦手です。我を通すのも苦手です。でも、私はどうにかして、帰れるもんなら帰りたいし、それにはきっと、あれが、「オレマン!」が必要なんです」
そんな気がする。
仮説。
私が弐拾参巻を読み終える。
そして、サトさんのところにある残りの巻をぜーんぶ読了する。
すると、私の未練はなくなる、ってこと。
そうしたら、私は成仏してさ、かわりにお姉さんが戻ってくるんじゃない? そうならないかな?
「あなたはどうなるのですか」
振り返るから、私はあせって横を向いた。
「わかりませんけど。お姉さんは戻ってくると思いますよ」
なんで、なにも言わないのかな。
あ、沈黙。
「とにかく。天の書物のほうは、盗み出せるか試してみますので」
ぬ、盗み出す?
ハナさん、本気ですか。
「冗談など言いませんよ。あなたこそ、しゃんとしてください。くれぐれも、厦王の寝床には近づかぬよう」
後宮ってすでに王様のネドコじゃないですか。
でも、まあそれはおいといて。
なんかあと少しだけでいいから。
こうしてぼうっとしていられたら、うれしいかも。
は、はい。
しゃんとしますよ、しゃんっと。




