お母さんって呼んで、いいんです。
くっそー、腹立つ。
ほんとに返さない気だ、あの人。
婚礼の晩は十五日続くぅ?
最後の夜にマンガを返すだぁ?
しばいてやる。
しばいて泣かせてやる。
「そんなとこでブツブツ言ってないで、手伝え、セナ」
ジャンミさんが、大声で呼ぶ。
屋根みたいにおおきく張り出した岩だなの下、素朴な石釜がある。
おっきなまあるいドーム型だ。
「あの、何してるんですか?」
いい匂いがする。
これは、あれだね、ジャンミさん特製の、クルミあんの入ったパン。
麦によく似た穀物を粉にして、練って、焼く。
香ばしいにおいがあたりに立ちこめてる。
いいなあ。ほっとする。
トゲトゲしてた気持ちが、落ち着いてくる。
「ほら、これをこねて」
この間結婚したばかりのタミさんが、私に場所をゆずってくれる。
「饅頭の作り方、教えてあげる」
「本当ですか?」
うれしいような、ちょっと恥ずかしいような。
今まで、なんとなくお客さんみたいな扱いだったんだよね。
お酒をハラませた日から、一員として迎えてもらえたみたいな気がする。
「セナは饅頭をつくりたいんだって」
「ほんとう? ほんと?」
未婚の娘さんたち(平均二百三十歳)が、キャーキャー言う。
「どっち、どっち?」
「女好きっぽいほう? ひげのほう?」
すっごいざっくり見た目で言うなあ。
女好きっぽいほうは、いちおう王様なんですけど。
「ひげのほうは、もっと毛並みを整えたら、いいのにね」
毛並みっていうか、ボサボサの髪とか顔まわりのこと?
あの人の髪はね、すこし猫っ毛なんですよ。
べつにボサボサを放置してるってわけじゃ。ひげも、まあ、いいんじゃないですか、個人の好みなんだから。
「これだから娘っこは」
ジャンミさん、釜の様子をみながら言う。
「ひげでごしごしやられると、たまらなくいいんだよ」
な、何言っちゃってるんですか。
「ふうん。ひげもいいんだ」
ほらっ! お姉さんたち、ほら、手が止まってますよ。
「セナあやしい。もうごしごしやられたんだ?」
「あーはー。だから、饅頭つくってあげるんだ」
もうやだ。
「おもしろい。かわいいねえ、セナは」
笑いながらも、仕事は速い。
竜の人たちは、歌いながら、笑いながら、幸せそうに働く。
なんか、いいなあと思う。
竜の人たち、二本足に化粧して、あちこち出かけていくんだって。
できあがったものは、いろんなところでこっそり人の役に立ってる。
不調をととのえたり、体を浄化したり。
作り手の陽の気がこもるから、体にもいい。
「上手にできたね」
タミさんの教え方が上手だから。ですよ。
「中身は、甘いあんこだよ」
おいしそう。
これをふかしたら、できあがるんですね。
結婚どうのは抜きにして、ハナさんにあげようかと。
べ、べつに深い意味は本当になくて!
娘さんたちのおしゃべりからちょっと距離をおいてると、ジャンミさんが手招きする。
「おまえさんは手先が器用だから、あたしよりきれいに盛りつけられるだろ」
焼きあがったばかりのパン、香味野菜を煮込んだスープ。
果物いろいろ。
それから、串焼きの、お、お肉!
これは珍しい。
竜の人たちはお肉は食べませんから。
「餞別だよ」
なにも言えなくなっちゃった。
せんべつ。って、お別れがセットじゃなかったっけ?
「旅立つ日だよ、セナや」
「え」
「迎えが来たんだからね。行かなくちゃならないよ」
「ここに、もういちゃいけないんですか?」
うわ。
なんだろう。
いきなり泣きそう。
ジャンミさんは、クルミのかけらを差し出した。
「お食べ。泣く子にはクルミだ」
ちいさなかけらだ。
すっごく、心細い。
お願いですから、ここに、置いてもらえないんですか。
百回でも、千回でも頼みたい気分だった。
でも、きっとジャンミさんは困るだろうな。
「おまえさんには、役目がある。まだ、しっかりとは腑に落ちちゃいないだろう。腹もたつだろう」
そっと抱きしめられる。
お母さん。
泣きそうなのを我慢する。
泣くと、みんな心配するからね。
一回、うっかり泣いちゃったら、里のみんながなぐさめてくれて、驚いたことがあった。
仲間が悲しい顔してたら、落ち着かないんだって。
ほんと、竜の人たちって。
「おまえさんが外に戻ってゆけるのか、心配してたよ。でも、思い過ごしだったみたいだね。これからも、よい出会いがある。苦しみをなめても、それにまさる喜びが、きっとあるよ」
クルミは固いからのなかにある。
からを砕けば、おいしくて栄養たっぷりの実がとれる。
人生も、同じだって、そういうことっすね!
泣ける。
「こんな泣き虫、見たことがない」
ジャンミさんだって、らしくない。
もう泣きそうじゃありませんか。
「セナや。あたしの娘」
そうですよ。養女ですから。
お母さんって呼んで、いいんです。
でも、なんか恥ずかしいから、黙っとく。
「季節が一巡りする間、楽しかったよ。またおいで」
そのとき。
「紅白饅頭、蒸しあがったよおっ!」
と声がした。
「紅白か。紅を相手がとれば、すぐに一緒に寝ましょう。白をとれば、結婚式まで待ちます」
「もう、饅頭はイイヤって感じです」
饅頭に意味持たせすぎ。
私とジャンミさんは思わず顔を見合わせて、笑いあった。




