返せ。返さないと、ぶっ飛ばす。
「おい、セナ」
ワヌ・シンが腕組みしながら言った。
「おまえが巫女サトの孫だというのは、まことのことだな」
サトおばあさん。
逆ハーレムの。
「孫として、我が国をめちゃくちゃにした償いをせよ。いかな口約束とはいえ、それが人の道というものだぞ」
えーと。
どゆこと?
昔の約束。
まだ儷と厦、隣国同士、仲がよかったときのこと。
一人の娘が天門を通って現れた。
名をサトと言った。
サトは大変な美貌の持ち主で、みながサトを手に入れたがった。
しかしサトは、誰のものにもならなかった。
富をもってしても、賞賛をもってしても、サトは決して首を縦には振らなかった。
一度か、多くて二、三度。
サトの罪作り。
どんな男にも、ちょっとだけ情けをかけた。
気に入れば、身分もなにも関係なく、ネドコに招いた。
サトをめぐって仲のよい二国は争いを始め、周辺の国々をも巻き込んでの混乱におちいった。
そんな中、サトはひっそりと子を産んだ。
父親は誰か、サトは誰にもあかさなかった。
厦の王は、サトのために豪勢な離宮をととのえた。
けれど、サトはすぐに離宮暮らしを捨てて、儷に戻った。
儷の王は后を廃位してまで、サトを迎えた。
これは、大きな醜聞であり、后の一族にとってはこの上ない屈辱であった。
しかし、サトはそんなこた、一切かえりみず。
潔斎し、俗世をすてて、天門のまえにひざまづいた。
誰が言い始めたものか。
「天門派」の誕生。
儷国の神殿の片隅で、正教派の目の上のたんこぶとして、いまだ細々と存続している。
「サトが、厦王の、つまりおれのじいさまの離宮を去るとき、ひとつ約束をしたんだ」
ワヌ・シンはそっけなく言った。
「天門の娘を、必ず我が国に嫁がせる、と」
へえ。
天門の娘ってなんですか?
「天門を通ってやってくる客人は、良くも悪くも地上に大きな影響をおよぼす。サトが戦の火種だったように、過去には、その戦を終結させるような働きをした英雄もいた」
逆ハーレムだったり、ジャンヌ・ダルクだったりってこと?
「天から参った者として、いたずらにこの地上を混乱に陥れたこと、心苦しく罪深いことだと思う。天へ帰りたいが、来た道を思うように戻れず、生き恥をさらすことになった。この子の父親をあかせば、また騒動となるだろう。すべての富、名誉から遠いところに、私をおき、忘れてくれと」
あのー、サトさんの子どもさんはどこに?
「サトの息子は、生まれを隠して育てられた。しかし、サトの孫にあたるおまえが生まれたとき、正教派がおまえを連れだし、わがものにせんとした」
お姉さん。
そうでしたか。
「おまえを操り人形とし、戦巫女として育てようとした。かなり、よいところまで仕上がったのだろう、おまえは優秀だから」
なんか、気持ち悪い。
一人になりたい。
夢で見た光景が、よみがえってくるんです。
冷たい石の床、足がしびれて感覚がなくなってる。
もう何時間もぶっ続けで座ってて。
たまに誰かがやってきて、そんな私を笑って、ばかにして、蹴って。殴って。その殴った手をきれいなハンカチでふいて、私の目の前に捨ててく。
ハンカチを飾ってる刺繍は、私が心を込めてさしたもの。
友だちに、あげたものだ。
どこかから連れてこられた子。
同い年の女の子だった。
栗色のふわっとした髪の毛、濃い茶色の目。
すごく笑顔がかわいい子だった。
名前は、わかんない。
でも、笑顔ははっきり覚えてる。
毎日ひたすらヘンな石の像を磨いてるその子に、ハンカチを渡したら、すっごくすっごく喜んでくれた。
いつものところにいなくって、心配してたんだ。
ほんとは、わかってた。
この神殿で下働きしている子たちは、生け贄にするために連れてこられた。祭日ごとに、神に捧げる生け贄なんだって。
目の前に捨てられたハンカチ。
私は、お姉さんは、刺繍をしたんだ。
あの子の故郷にたくさん咲いてるっていう、黄色い花を。
「隊長」
腕をハナさんがつかんだ。ぎゅうっと、痛いくらいの力で。
いた。いたた。
大丈夫です。
これ、なんなのかな。
夢っていうには、はっきりしすぎてる。
「ハナさんのことも、夢に見ます」
夢の中。
声をかけてくれて、すごくうれしかった。
手を差し出してくれて、本当に、うれしかった。
でも、そのかわりに、何をしたか。
ハナさんのお父さんを。
「勝手に夢など見ないでください」
怒ったようにハナさん、顔をしかめた。
「すぎたこと、取り戻せぬことです。あらがっても拒めぬ運命です。くどくど後悔してもしかたない」
この人、やさしいな。
たぶん、私の見た夢は、お姉さんの記憶。たしかに起こったことなんだと、そう思う。
サトおばあさんの正体。大妃さんがお姉さんに何をしたか。
私がどうして、ここにいるか。
そのカギは、天門にある、ような気がする。
それと、私の未練。
霊験って呼ばれてた、「オレマン!」。
まだ見つからない、弐拾参巻。
それを見つけたらさ、何かわかるんじゃないかな。
そうだと思いたいな。
「霊験ってのは、天門が開くきざしなんだろう?」
そうみたいです。
ワヌ・シンが、しげしげとこっちを見てる。
ポケットにお菓子隠してる子どもみたいなカオしてる。
「これのことか?」
ふところから取り出したもの。
あー、それそれ。
もう、そんなとこにあったんですか。
ちょっと、ぼろぼろ。
カバーなんて破れてるじゃん。
買ったばっかだったんですよ。
これだから、三冊は必要なんだよね。
読む用と、誰かに貸す用。それから、保存用。
「ああああっ!」
なんで、ここにあるの。
どこで拾いましたっ?
手を伸ばしたら、おっきな手で顔を押しのけられた。
「きゅうに食いついてくるな。まったく」
それはこっちの言うこと。何すんの、まったく。
それは私のマンガ。
返せ。返さないと、ぶっ飛ばす。
「返してやるよ。おれとつがいになるんなら」
はあ?
なんだって。
「新月が満月になるまで。婚礼の夜は十五夜続く。十五日目の夜に、これをやる」
にやっとした。
いじめっこの顔だ。
すごく楽しそう! 性格あんまりよくないね。
ほんとうに王族?
冗談じゃない。
やだよ、やだ。
それは、私のですからね。
返せといったら、返すのが人の道でしょうがっ!
「ハナさん。何か言ってやって」
ため息つかないで。二人で力を合わせて、この不届きモノからマンガを取り返そうじゃありませんか。
「何がなにやら」
うつむいてる場合じゃない。
「天の思惑ってものが、さっぱりわかりません」
あきれてる場合でもないって!




