表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
34/68

おれが欲しいのは、わびの言葉じゃありません

「あの、副隊長さん、大丈夫ですか」

 すっごいちっさい声しかでなかった。

「ところで。なにゆえ、おれにそんな言葉でお話になるんです」

「これは、その。あの!」

「はい」

 めっちゃ不審者を見る目でみられてる。でも、大事なことだから、伝えておかないと。

「ここはひとつ。理解できないと思いますけど、聞いてください」

 ハナ副隊長さん、びっくりしないでね。

「私は、クム・セナじゃない、んです。名前は一緒だけど、ちがうセナなんです」

「それは、どういう」

 ひとつひとつ説明しないといけないね。

 でも、どこから話せばいいのかな。

 さっきの王様のことは知らない。キス五、六回、も忘れた。

 はーい、忘れた。

 けど、この人には話しておかないといけない気がする。

 ながいつき合いだろうから。

 お姉さんのこと、とても大切に思っている人だってことは、わかるから。

「クム・セナさんは、ここにいます、たぶん」

 そうだといい。

 私は、体を拝借してるだけ。

 だから、安心してください。

 きっと、返しますから。

「隊長」

 副隊長さん、ゆっくりと私に手を伸ばし、指先でほっぺたに触れた。

「泣いておられたので?」

「これは、目にゴミが」

 だめだめ、簡単にお姉さんは泣いたりしないんだから。

 いつもぐっとこらえて、唇をかみしめてた。

 そのとき、だれかが呼ぶ声が聞こえた。

「セナやあ」

 あ、そうだ。

 私は、今晩の主役なんだった。

 なにしろ、頭領娘の結婚に欠かせない、結納の酒ができた晩だからね。

「無事にはらんだお祝いなんです。だから、副隊長さんも、行きましょう」

 はらませるのは、大仕事だ。

 酒に命を吹き込む。それは月の光をエッセンスとして注入するってことだ。

 これは企業秘密ならぬ、御酒守みきもりの頭領にだけ伝わる秘技で、本当なら人間が関わることは許されない、トップシークレットなんだそうだ。

 でも、今回は、特別。

 二百年前の再現を、するって。

 王に力を取り戻す。そして、均衡をただすとかなんとか。

 なんのことか、イマイチよくわかってない。

「はらんだ。あなたが?」

「はい」

 あーちがった。ハラませたんだ。お酒をね。

 あの、どうしました?

 すごく、怒ってます?

「ここで、だれに厄介になっておられたんですか」

「みんな、やさしくしてくれました」

「父親は、誰なんだ」

「タ、タダオです」

 タダオ。サトウタダオ。私の父親。

 な、なに? なんなの?

 副隊長さん、私を抱き上げた。これ、お姫様だっこ。

 これ夢だったんだよなあ。

 やさしく横抱きにしてもらうの。

 目があったら、にこっと笑い合っちゃったりして。

 でも、副隊長さんの目、すっごく冷たい。

 氷点下いっちゃってる!

 超怒ってる。

 思わずじっと見ちゃうよね。

 近いし。

「あなたの寝床はどこですか」

 はい、ネドコっ?

 部屋はね、ここからすぐですよ。

 一人で歩けるから、おろしてください。

「命令だとて、聞けませんね」

 なあにい。

「あなたは、どうもわけのわからぬことをおっしゃる。すこし、ようておられるんでしょう。おれが運んで差し上げます」

「いいです!」

「おとなしくしないと、その口ふさぎますよ」

 それっきり、何にも言わない。

 隊長ちがうけどに向かって、この態度。

 お姉さんなら、「これ、ハナや」ってたしなめるところですよ、たぶん。

 せきばらい、一つ。

「ハナや」

 副隊長さん、固まった。

 そうして、私を見下ろしてきた。

 なんで、泣きそうなカオ?

 今まで、怒ってたんじゃありませんか。

 もうよくわかんない。男心が。

「ご無事でよかった。そう言いたかっただけです。おれは」

「はあ」

「されど、ぜんぶが吹き飛びました。身ごもっておられると? 嘘だと言ってください」

 みごもる。

 妊娠するってこと。

 私が?

 ぷっ!

「タダオとやら、ただではおかぬ」

 タダオは私の父です。

「あなたがおっしゃったことです。はらんだのどうのと」

「それは、お酒のこと。ここでは、酒を醸すことを、はらませる、って言うんです」

 ぼうぜんとした感じ。

 本気で、私が妊娠してると思ってたんですね?

 まあまあ。あはは。だから怒ってたの?

 好きな人が、見失ってるあいだに妊娠。たしかにショックだろうねえ。

 そりゃあ、怒るわ。

 お姉さんなら、こう言うかな?

「私がはらんだと?」

 うはは、言葉に詰まってる。

 ここはひとつ、からかってやろう。

「ネドコまで運んでくれるんでしょ」

 ちょうどいいや。酔っぱらってたし。

「そこの茂みを曲がって。橋をこえてね。そこの小さなうちです」

 副隊長さん、困ってる。

 ばつが悪い、ってやつかな。

 恥ずかしい?

 竜の人のウチっていうのは、ウナギのネドコみたい。

 細長いんです。で、天上が高い。

 茅みたいな草がふいてある屋根に、赤土を塗りかためたかべ。

 薄暗くて、夏は涼しいし、冬はあったかい。

 私のベッドは、一段高くなった窓のそばにある。

 藁をしきつめて、布をかけただけの簡単なネドコ。

 それを前にして、副隊長さんはぴたりと足を止め、わざとらしい咳を一つした。

 私はもうすごく眠くて、だっこされるのが気持ちよくて、うとうとしてた。おろされるのはやだなあ。

 ふとん、ひやっとするし。

 人肌のあたたかさが、こんなにステキなものだって、なんかしみじみ感じていたい。

「隊長」

「心配かけて、ごめんなさい」

 お姉さんなら、きっとこう言うだろう。

 すまぬ、と。

 こたえはない。

「心配など、しておりませんでした。あなたは、無敵ですから」

 かすれた声で言う。

「あなたは、本当に、ケチです」

 うん?

 なんでケチ。

 つめたいネドコにそっとおろされて、ひやっとした。

 あー、行っちゃうのか。

 ありがとうございます。

 話は、また明日ってことで。

 毛布をかぶせられて、うぷってなる。

 暖かいけど、重たいんだよね。

 毛布をどけて顔を出すとすぐ目の前にひげ面があって、私は思わずわあっと声を上げた。

「おれが欲しいのは、わびの言葉じゃありません」

 くるしそうな目をしてる。

 どこか痛むみたいに、顔をしかめた。

 私の頬に、かたい指でそうっと触れる。

「おれがいちばん欲しいのは」

 ほ、欲しいのは?

「あなたの饅頭です」

 まんじゅう。

 ちょっと。

 おかしいなあ、この人。

 おもしろい!

「饅頭?」

 何かをたとえてんのかな?

 でも、まじめな顔でまんじゅうって。

 うつぶせになって笑いをこらえてると、毛布をはがされた。

「なに?」

 うなじに、ちりっと擦れる感触。

 それから、熱い息づかい。

「くださいますか」

 ちりちりするの、ひげ!

「ちゅう」

 っと、す、すす、吸いつきましたよねっ!

「ひあっ。わかった。わかったから」

 いま私、ヘンな声、出ませんでしたかっ。

 ちょう恥ずかしいんですけど。

 何したの、もう!

 さっと離れた副隊長さん、何でもない顔で頭を下げた。

「約束ですよ。楽しみにしております」

 饅頭が楽しみ?

 もう、わけのわかんないこと、しないでください。




 はあ。

 なんて夜だろ。疲れた。

 窓の外には満月。

 まん丸の饅頭に見えないことも、ない。


 あのう、お姉さん。私、何か重大なミスしてませんか?

 この世界の常識とか、なくって。

 地雷踏んでたり、しませんか?



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ