過ぎし日の幻
そりゃ、はなせって言ったけど。
きゅうに、放り出さないでよ。
いったた。
あれ、ドラゴンってやつ?
竜っぽい! キングオブ・は虫類。
竜は、は虫類じゃないの、でかい鳥の仲間?
翼を広げたりたたんだりする、巨大な生き物。
犬みたいな顔してる。アタマ良さそう。
穏やかな気性なのかな。声はオソロシイけど。
桃色の喉元は、うごうご動いてる。
アコーディオンのアレみたい。
「よしよし」
お姉さん。
なでてる!
だだ、だいじょぶですか!
「かわいいものだ」
頭、甘噛みされてますっ。
「さあ、おゆき。ご苦労だったね」
血の色をした竜の目。ルビーみたいな目が、私を見下ろした。
それから、お姉さんに挨拶するみたいに頭をふかぶかと地面にこすりつけると、翼をばっさんばっさんはためかせ、飛び上がった。
「おどろいたか」
お姉さん、すいません。
腰が抜けました。あは、手、貸してもらっちゃって。
ありがとうございます。
力、強いですね。
照れたみたいにちょっとだけ笑う。
「同じ名の娘。そなた、あの方から何を聞いた」
あの方。エロ天帝さんのことですよね。
中身のあるようでないような、要領をえない話でした。
「ぷは」
お姉さん、吹き出した。
笑ってる。
「いや、すまぬ」
ほっぺたに、つめたい風がふきつけてきた。
わあ、一体。
ここ、どこなんでしょうね。
「地獄だろうな」
は、地獄っ! マジですか。
風にはためく旗。馬のいななき。土煙をあげる行軍。
うっそ。こっちにくる?
お姉さんは、目を細めてただ、立ってた。
え、いいの、いいんですか。こんなところにいたら、吹っ飛ばされるかも。馬に蹴られて死んじゃいます。
あっ、もう死んでるとかどうとかそういう話じゃなくって。
いやですよ。
こわいですよ。
風が、びゅーびゅー吹いてくる。雪混じり。あれ、でも、思ったより寒くないし。
「目をつぶっていなさい。大丈夫だから」
お姉さんは私のまえに立った。仁王立ち。
もうよけられない。
身を隠すところを探したけれど、ちょろっと藪草が生えてるだけの場所でただおろおろと立ち尽くすしかなかった。
逃げられないし、逃げるとこもないしっ。
「これは、過ぎし日の幻だ。延々と繰り返される、わたしの夢」
地鳴りがする。一番先頭、黒い馬に乗った人。
あれ?
お姉さんじゃありません?
ヨロイ似合ってますね。隣には、ハナ副隊長さんもいる。
土埃も地響きも。すぐそこにあるのにさわれない、超リアルな映像なんだ。
私たちを通り過ぎていった一軍は、そのまま走り去っていった。
「この先には、敵がいる」
お姉さんは、土埃のたちのぼる道の向こうをみつめていた。
「我らの敵と、思い定めて、一体どれほどを殺したのか。男も女も、老いた人も、幼子も。燃える火の中に閉じこめて、殺し尽くした」
怖いこと、言わないでください。
「戦巫女などとおだてられ、大軍を与えられ。わたしがしたことは、ただの侵略。地上に地獄を生み出して、その業火で罪なき者たちも苦しめた」
お姉さん。
横顔が、泣いていないのに、とても悲しそうだ。
瞬きをすると。
私は、燃えさかる火の中にいた。




