第八話:組織勧誘
「転生者……!」
自らそう言い切った男、九条蓮は、不気味なほど静謐な佇まいで純白のスーツを纏った傍白の前へと歩み出た。
「ご安心を。私たちは貴方に危害を加える気はありません」
九条は慈愛に満ちた、しかしどこか作り物めいた笑みを浮かべ、ゆっくりと一歩、僕との距離を詰める。
「……後ろのそいつは、まだ消えてねぇみたいだけど?」
僕が顎で示した先には、床のコンクリートに異様な深さで沈み込んでいる、ドクロ面の怪人――獅堂刹那の傍白がいた。
その横では、本体である獅堂が顔を真っ赤にして傍白の体を引き抜こうと奮闘している。
「クッソ……どうなってんだこれ!」
「……まぁアレは少々、思慮が足りないものでして」
「……苦労してんだな」
あの埋まり方は尋常じゃない。
理屈は分からないが、まるで液状化した地面に無理矢理埋められたみたいな感じだ。
「で、テメェらは何なんだ? ここに何しに、僕をどうするつもりで来た」
僕は一切の隙を見せず、いつでも『白いヒトガタ』を叩き込めるようを意識を集中させる。
その様子を見た九条は、喉の奥で小さく笑った。
「そう構えずとも大丈夫ですよ。貴方が飯島優という本名を隠し、『徳得海』という偽名を名乗っていることも、他の転生者に襲われ、その濡れ衣を警察に着せられている事情も……私たちは全て承知の上です」
「我々から手は出さないってことは……僕がてめぇらの気に障ることでもしたら、容赦なく殺しに来るってことか?」
僕は一歩も引かず、高姿勢を崩さない。
(僕をどうこうする気がねぇなら、目的は『取引』だ。利用価値があるのは僕個人じゃなく、僕という『転生者』そのもの。ここで弱みを見せれば、一生足元を見られる……強気で行くしかない)
「殺しになんて。確かに、貴方が殺意を持って挑んでくるなら、相応の『自己防衛』はするでしょう。ですが、命を取るまではしません」
九条は事もなげに言い放った。
「命を取るまでもしない」――それは暗に、「お前を殺すなど造作もない」と宣告しているに等しい。
だが、僕の耳には別の響きがあった。
(……もし本当に容易く殺せるなら、出会い頭に首を飛ばされているはずだ。「殺さない」んじゃなくて、何らかの理由で「今は殺せない」……そう聞こえるな)
「で、何が目的だ」
「いやはや、私たちはただ、同胞として挨拶に伺っただけなのですが」
「分かりやすい嘘は止めろ。さっさと言え」
僕が突き放すと、九条は見えている方の瞳を鋭く細めた。
「……分かりました。単刀直入に言いましょう。飯島くん、我々の組織に来ませんか?」
「組織……?」
「ええ。我々は少数精鋭ながら、転生者のみで構成された組織です。警察の追跡から貴方を完全に匿い、相応の生活を保証する力があります。そこに、新たな同胞である貴方を迎え入れたいのです」
「組織、か……」
僕はその提案の天秤にかける。
(正直、ここに居続けても情報戦で詰む。相手は国家権力で、こっちは子供一人だ。僕の知略をもってしても、協力者なしで勝てるほど甘くはない。この提案は僕にとって『ご馳走』だ。だが――)
僕はしばらく沈黙した後、九条の目を射抜くように問いを投げかけた。
「二つ、聞かせろ。一つ、その集団に加わって『何をするのか』。あんたはその肝心な部分を説明していない。何事にもそこで何をして、どうなるのかっていうのが大事だ。なのにあんたはそれを説明しなかった。なぜだ?」
「………………」
九条の笑みが、わずかに硬直する。
「そしてもう一つ。なぜあんたは、警察すら把握していないはずの『僕と冷が転生者に襲われた事実』を知っている?」
これが一番の矛盾だ。
あの夜、僕たちを襲った「亀の男」は粒子となって消滅した。
証拠は何も残っていない。
襲撃を知るのは、僕と、意識不明の冷……そして、あの刺客を送り込んだ張本人だけだ。
「あの時の亀……お前らの差し金か?」
僕が激しい敵意を剥き出しにすると、ようやく地面から傍白を引き抜いた獅堂が、八重歯を剥き出しにして割り込んできた。
「なぁ九条、どうするコイツ? めんどくせぇし、今ここで『変えちまって』良いか?」
ドクロ面の傍白が、片手で首の骨をゴキリと鳴らす。
僕はそれを合図に全身から白い光の粒子を爆発させ、背後に『ヒトガタ』を具現化させた。
『敵…殺ス……?』
ヒトガタは僕の怒りと共鳴し、その鋭い爪を白銀の凶器へと変貌させる。
「正直、もう少しテメェらの能力を分析してからやりたかったが……致し方ねぇ」
「へぇ、ガキのくせにいい度胸だ。変えちまうのが勿体ねぇぜ!」
「少し乱暴になりますが、許してくださいね」
狭い実験室の空気が、三者の放つ殺気によって爆発寸前まで膨れ上がる。
数は二対一。
相手は転生者の能力を熟知しており、実戦経験も上だろう。
圧倒的に不利な状況だ。
(けど……やるしかねぇ……!)
最初に仕掛けたのは、獅堂の傍白だった。
「やれ! ギーツ!!」
『言われなくても殺ってやらぁ!!』
赤いピエロの容姿をした傍白――ギーツは、両手に構えた片手斧を凶悪な軌道で僕目掛けて振り下ろす。
「ヒトガタ!」
『苦労…してんだな……!』
ヒトガタは僕の盾となるように前へ躍り出ると、肉薄する斧の刃をその銀の爪で正面から受け止めた。
火花が散り、金属音が室内に反響する。
(このガキの傍白…なかなかの速度とパワーじゃねぇか。だが……)
獅堂は鋭い八重歯を剥き出しにして、獰猛に笑う。
「こっちには九条もい―――」
獅堂が勝利を確信して言葉を紡ごうとした瞬間、地面が生き物のように大きく脈打ち、歪んだ。
「なッ!?」
「なんだこれ……!」
足元のコンクリートが僕たちを押し上げるようにして急激に盛り上がり、天井はそれに呼応するかのように滑らかな穴を開けていく。
何事かと周囲に目をやると、そこには不自然に地面へと手を触れている九条の姿があった。
彼が触れている一点から、まるで水面に広がる波紋のように空間が歪み、地殻が変動している。
(アイツが何かやってるのか……!)
「おい九条! 何してんだ! てめぇもさっさと加勢しろよ!」
「私は彼に嫌われたくはないんですよ。なので、お一人で頑張ってください。安心してください、本当に危なくなったら助けてあげますから」
九条は重力を無視したように高く飛び上がると、すぐ近くの山肌の上にある崖の端へと軽やかに着地した。
獅堂は苛立たしげに激しく舌打ちをする。
「チッ、まぁいい……こんな雑魚、俺一人で十分だ」
と、再び僕を鋭い眼光で睨みつけた。
(運が良い。アイツ――九条は正直、底が見えなくて一番やりたくなかった)
九条の術によって室外へと押し出された肇と獅堂の二人は、開けた戦場で対峙する。
「ハッ、てめぇも運が悪いな。俺が相手ってこたぁ……もうてめぇはテメェじゃなくなっちまうんだぜ?」
不気味な挑発を投げかけてくる獅堂に対し、肇は感情を動かされることなく、冷静に目の前の敵とその傍白を観察し、思考を巡らせる。
(傍白の武器は片手斧。対してヒトガタは素手……得物の相性は悪い。けど、さっきの攻撃は問題なく受け止めていた。問題は、獅堂自身だ。ただの人間だとしても、身体能力は確実に僕より上。つまり、ヒトガタ一体で、あの傍白と本体の二人を同時に相手取らなきゃいけないってことか。それは少し、分が悪いな……)
肇は一瞬の思考で戦況を判断すると、ヒトガタの背後へと回り込み、「あのナイフ、持ってくれば良かったな……」と小さく毒づいた。
「ヒトガタ、僕を背負って向こう側に全力で走れ」
僕はヒトガタの背中に飛び乗り、相手に悟られないよう極限まで声を潜めて命令を下す。
主の意図を正確に汲み取ったヒトガタは、僕を担ぎ上げると同時に、弾かれたような爆発的な脚力で鬱蒼と茂る森の方へと駆け出した。
「なッ!? テメェ、どこへ逃げる!」
「分が悪い。こっちのタイミングで行かせてもらう」
背後から迫る獅堂とその傍白を引き離し、僕とヒトガタは一瞬で深い緑の帳へと身を投じた。
「クッソが……! 追うぞギーツ!」
『わぁってらぁ!』
出し抜かれたことに激昂した獅堂たちは、肇の足跡を追うようにして森へと走り出す。
しかし、既に肇とヒトガタは木々の遮蔽へと姿を消している。
この瞬間、主導権――攻撃のタイミングを選択する権利は、完全に肇の手へと渡っていた。
「上手いですねぇ……」
二人の一連の立ち回りを、崖の上から俯瞰していた九条は、感心したように目を細めた。
(だが、少し奇妙ですね。彼の持つ織成であれば、そんな小細工をせずとも獅堂を正面から圧倒できるはずですが……)
九条の影から、その傍白が囁くように声を漏らす。
『彼はまだ、覚醒したてではありませんでしたか? 自身の潜在能力や、我々転生者という存在の本質を、まだ詳しく理解していないのだと思われますが……』
「おっと、そうでしたね。では、特等席で見せていただきましょうか。その創るという最強の力を……」
九条は妖艶に微笑みながら、深く昏い森の奥へと、その瞳を凝らした。




