第五話:転生者とは
相対するニンゲン二人と、人外二体。
両者の間に、張り詰めた静寂が流れる。
風が木々の葉を揺らし、ザワザワという騒音が、かえって沈黙の重さを際立たせていた。
「わ、儂以外にもこれを出せるヤツが居ったんか……!」
唐傘帽子を被った男は、絵に描いたような驚き顔を晒した。
「いや、爺ちゃんも出せてたし、居ってもおかしくはねぇか。うん、そだな」
「爺ちゃん…? まぁいい、お前は何者だ。まさか警察の……」
僕が目の前の男を鋭く睨むと、隣の白いヒトガタも呼応するように敵意を漏らし、抱えていた枝を放り投げて鉤爪を伸ばした。
「ちょ、ちょ! 待った待った! 儂ぁお前さんの敵じゃねぇ、安心しろ! ほれ、テテも引っ込めるからよ!」
男が両手を上げると、宙に浮いていた褐色の腕は光の粒子となって霧散した。
「それよりお前さん、大丈夫か? ボロボロだし、顔色も真っ青だぞ」
「別に、なんとも……」
僕は男の視線から逃げるように目を逸らし、弱みを見せないよう肩を張る。
しかし、隣のヒトガタが余計な言葉をボソリと漏らした。
『喉…乾いた……』
「ッ!?」
「ハハッ、なぁんだ。やっぱり大丈夫じゃねぇじゃねぇか。いいど、ほれ飲みね」
男は屈託なく笑いながら、腰に下げた瓢箪を差し出してきた。
「……」
「大丈夫じゃって。変なもんは入ってねぇ。なんなら儂が先に一口飲んじゃろか?」
疑念は拭えないが、男の瞳に濁りは見えない。
背に腹は代えられず、僕は瓢箪を奪い取るようにして中身を煽った。
「ハハッ、よっぽどカラカラだったんだのぉ」
喉が潤っていく。
生きてきた中で、水がこれほど美味だと感じたことは一度もなかった。
「……ふぅ。あ、ありがと」
「ええよ。ところでお前さん、名前はなんて言うだ? なんでこんな所に居る?」
唐傘帽子を揺らし、男が純粋な好奇心で問いかけてくる。
「……徳得海」
僕は咄嗟に偽名を口にした。
まだ信用しきれる段階じゃない。
この身なりからして街の人間ではないだろうが、念には念を入れて本名は伏せる。
「カイか! 儂と同じじゃの! 儂ぁ阿久津魁。よろしゅうな!」
魁と名乗った男はニカッと笑い、大きな手を差し出してきた。
ここに居る理由を答えもしない相手に自分から名乗るなんて、おめでたい奴だ。
「ところで、さっきの腕って……」
「ああ、テテのことか? こりゃ儂の守護霊みたいなもんじゃ! 爺ちゃんがそう言ってたから多分そうじゃ! って、カイも出せるじゃねぇか。なんでそんな事聞くんだ?」
「……こいつが出せるようになったのは一昨日だ。詳しいことは知らない」
「そうかぁ! そんなら仕方ないの!」
腹の底から笑う魁。
なんという野性味溢れる野郎だ。
僕のヒトガタはフラフラと揺れながら光の粒子となって消えていく。
――そして、それと同時に。
ぐぅうううぅぅ……。
僕の腹の虫が、静寂を切り裂いて盛大に鳴きわめいた。
僕はあまりの恥ずかしさに、顔を林檎のように赤くして視線を地面に落とす。
「ハハハッ! でっけぇ腹の虫じゃのぉ!」
「……うるせぇ。丸一日、何も食ってないんだよ」
「ほんなら、儂の家来るけ? 漬物くらいならあるぞ」
「……何の?」
「えっとぉ……大根、らっきょう、あとキュウリだの! 食うけ?」
「……行く」
「おう! じゃあ着いて来ぃ! ちっと遠いけんな!」
僕は魁の後ろをついて歩き始めた。
別に、キュウリの漬物に釣られたわけじゃない。
断じて、違う。
「そういえば、お前の爺さんもさっきのを出せたのか?」
歩きながら、僕は気になっていたことを尋ねた。
「テテのことか? そうだの、儂のとは見た目も形も違ぇけんど、出せてたで。かっけぇぞぉ、軍服をピシッと着ててよ、いっつも長い銃剣を構えてたんだ」
軍服に銃剣……僕のヒトガタとも、この男の腕とも違う。
個体差があるのか。
そういえば警察の奴らが「傍白」とかって言ってたな…正式名称か?
「すんげぇ腕利きなんだ。隣の山の猪もドンピシャで撃ち抜けるんだど!」
「……生まれつき出せたのか? それとも後天的に?」
「爺ちゃんのは知らんけど、儂のは昔、喧嘩して家出した時に迷っちまってよ。そん時に出てきて、家まで手を引いてくれたのが、テテなんだ」
魁はどこか懐かしそうで、それでいて寂しげな瞳で語った。
「……両親は?」
「…分かんねぇ。物心ついた時から、爺ちゃんと二人きりだったでの。村の人も皆出てっちまって、いっつも一人で退屈してたんだ。でもカイが来てくれたでの、もう寂しくねぇ! いつまでもメソメソしてっと爺ちゃんに耳引っ張られちまうしの!」
村……廃村に近い集落があるのか。
一抹の不安はあるが、今は彼を信じるしかない。
「ん? お前それ……」
僕は魁の右手の親指を指差した。先ほど噛み切った場所だ。
「あ? ああ、これか? へへ、俺ぁ爺ちゃんみたいにパッと出すのが苦手でよ。だから毎回、噛み切って痛みで感覚を呼び起こしてんだ。安心しろ、唾つけときゃ治っから!」
「そんなんで治ったら医者はいらないよ……」
「いや、これが本当に効くんだって。見とけよ……」
魁が血の滴る親指をペロリと一舐めした。
すると、傷口から僕がヒトガタを出す時と同じ光の粒子が滲み出し――。
「ほれ、見たか?」
「…………は!?」
次に彼が突き出してきた親指には、傷一つなかった。薄皮が張るどころか、完全に修復されている。
「ど、どうなってんだ……!? 科学的に有り得ないだろ! 少なくとも、基底層で新しい細胞が生成され、角質層まで押し上げられるターンオーバーには一ヶ月弱はかかるはずなのに……!」
「あぁ……儂、そういうカガク? とかは馬鹿だから分かんねぇけど、山育ちだからな! すぐ治んだよ!」
理詰めで解析しようとする僕を、魁は面倒臭そうに一蹴した。
そんな根性論で細胞分裂が加速するはずがない。
そう言い返そうとして、僕はあの日を思い出した。
(待てよ……冷を止血していた時、あの白いヒトガタも僕の傷を治していたような……)
もしかして「転生者」には、共通して自己再生や他者治癒の能力が備わっているのか?
「いや、でも線維芽細胞の増殖プロセスが――」
「うるせぇうるせぇ! 儂ぁ難しい話は嫌いじゃ! ほれ、さっさと行くぞ、はよ来ちゃれ!」
「あ、おい! 待てよ!」
全速力で駆け出した魁の背中を、僕は必死に追いかけた。




