第二十四話:傭兵
僕は拳銃を構えたまま、地面に這いつくばる男たちを冷徹に睨みつける。
ただでさえ不毛な長旅で不機嫌なんだ。タダで引き下がるわけがない。
(とりあえず、こいつらの金目の物を全部剥ぎ取って……)
僕が冷酷な計算のもと、男たちの懐へ手を伸ばそうとした、その瞬間だった。
バキバキと周囲の凄まじいエンジン音とともに、僕たちの網膜を強烈なタクティカルライトの光が容赦なく射抜いた。
闇の向こうから、防弾仕様の大型SUVが急ブレーキで滑り込んでくる。
「……ッ!」
僕と魁はすぐさま臨戦態勢に入るが、後ろの轟と慧は何かに気づいたようで、「お、来たか」と緊張感を緩めて車に歩み寄った。
強固なドアが開き、車内から夜の闇に負けないガタイのいい男たちが次々と姿を現す。
「見慣れた正装だと思ったら、やっぱりお前だったか、煉」
「ああ、悪いな。フライトが遅れた挙句、薄汚いチンピラどもに絡まれちまってよ」
「ハッハ! ここじゃそんなの日常茶飯事だ。大人しく空港で俺たちを待ってりゃ良かったのさ」
豪快に笑う彼らこそ、今回の任務のために無紋家が巨額の報酬で雇ったという傭兵チームだった。
元米軍の特殊部隊員や、長年アフリカの紛争地帯を渡り歩いてきたプロの猛者ばかりが揃っている。
「ほんじゃあ早速で悪いが、さっさと乗ってくれ。夜の移動は時間が有限だからな」
リーダー格である、最も筋肉の塊のような体つきをした黒人の大男が、頑強なSUVの後部座席を親指で指し示す。
僕たちは押し込まれるように車内へと乗り込み、すぐさま車はタイヤを鳴らして闇の中を出発した。
「肇、その銃はもう仕舞っとけ。暴発したら危ないからな」
「ん……」
隣の轟に促され、僕は手にしていた拳銃を吸い込まれるように自らの手のひらの中へと融解させた。
拝み屋に身を置くようになってから完全にモノにした、織成の応用技術だ。僕が具現化した物体は、僕の肉体、あるいは生成した物体を通して再び内側へ還元することができる。
こうして分子構造を分解して回収すれば、消費した魔力や体力をある程度リサイクルできるから非常に効率が良い。
ちなみにこの拳銃は、事前に拝み屋の武器庫にある本物をじっくりと分解・構造解析して仕組みを完璧に理解しているため、魔力が余っている限り、本物と寸分違わないクオリティのものを何度でも生成できる。
「おいおいマジかよ、お前。……お前も『転生者』なのか?」
一瞬で銃を消し去った僕のパフォーマティブな技術を見て、対面に座っていた傭兵の一人が目を丸くして声をかけてきた。
「じゃなかったら、こんな不毛な長旅に付き合ってない」
「それもそうだな! 若いのに大したもんだ。俺はマッド・マイルス。よろしくな。そっちの運転席にいるデカイのがジェームス、で、こっちのヤニ臭いのがカルビンだ」
「イェーイ」
「カルビン、車内は禁煙だと言ったはずだ」
バックミラー越しに鋭い視線を走らせたジェームスが、長い腕を後ろに伸ばし、カルビンが咥えていたタバコを強引に奪い取って窓の外へ投げ捨てた。
「あぁっ!? 俺のテロメア!」
夜のハイウェイへ消えていったタバコを追いかけるように手を伸ばしたが、当然届くはずもなく、カルビンは泣きそうな表情になる。
――が、僕が呆れるよりも早く、奴はポケットからもう一本のタバコを素早く取り出すと、ジェームスに見えない角度で窓から器用に顔を出し、風に煽られながら火を点け始めた。
救いようのないヤニカスめ。
「そんで、最後にコイツが……」
マッドが最後に親指で指し示したのは、短く刈り込んだ茶髪の青年だった。
僕より少し年上くらいだろうか、見るからにこの歴戦の傭兵チームの中では最年少のルーキーだ。
「俺はカルロスだ! すげぇなお前! 武器を体内に吸収できんのか! 便利すぎるだろ! それって、空港のセキュリティセンサーとかにも引っかからないタイプか!?」
コイツのこの距離感の詰め方……完全に魁と同じ、知性の足りないタイプだな。
「いや、これは収納じゃなくて……必要な時に物質定義して生成し、不要になったら分子結合を解いて取り込んでるだけだ。だから金属探知機にも一切引っかからない」
「すっげぇ! 俺、米軍にいた頃からずっとお気に入りのハンドガン一丁で死線を潜り抜けてきたからさ、その『無限に武器が湧き出る能力』、マジで羨ましすぎるわ!」
暑苦しい。
やっぱり、こういう能天気な筋肉モリモリのタイプは昔から苦手だ。
「さぁ野郎ども、ガキ相手のお喋りはそこまでだ。一応無紋の旦那から大金を貰って動いてるんだ。隠れ家に着くまで絶対に警戒を怠るなよ?」
「ジェームス、お前はクソ真面目にも程があるぜ」
「ホントホント。なぁ、少し車内のテンション上げようぜ? Jailhouse Rockなんて、こういう最悪な夜のドライブに最高にイケてるだろぉ? じゃ、流すぞー!」
「おいカルビン! さっき集中しろと言ったばかり――」
「The warden threw a party in the county jail. The prison band was there, and they began to wail――!!」
マッドとカルビンはリーダーの警告を完全に無視してオーディオのボリュームを最大に上げ、ノリノリになって爆音で歌い始めた。
一度火がついたアメリカ人傭兵たちの悪ノリを止める術はなく、冷たい小雨が降る完全な暗闇の中、軽快なオールド・ロックをこれでもかと垂れ流しながら、防弾仕様のSUVは目的地へ向けて一直線にスピードを上げた。
◇
「なるほどなるほど……ステレンボッシュの広大なワイン農園の奥地にセーフハウス、か。んで、事後は近くにある私設滑走路から自家用ジェットで一気に日本へひとっ飛び……。ははっ、名家のやる事のスケールってのは、いつでも段違いだなぁ……」
漆黒の闇の中、ケープタウンの象徴であるテーブルマウンテンの切り立った崖の上。
馬の背に揺られながら、液晶の光で手元を照らし、スマートフォンの画面を確認する謎の人影があった。
その男は電子地図でハジメたちの移動ルートを正確にロックすると、慣れた手つきでポケットにスマホを仕舞い、頭に乗せたカウボーイハットの縁を人差し指で軽く弾く。
「――COOL!!」
誰もいない夜の山頂に、突き抜けるような大声が響き渡る。男が帽子を深く被り直した、その瞬間だった。
男の頭部が突如として生々しい青い炎に包まれ、一瞬にしてその顔面が不気味な黒い煙によって覆い尽くされた。
「さぁ行くぜ、相棒!!」
男が手綱をピシリと力強く叩き付けると、跨る軍馬もそれに応じるように前足を高く跳ね上げ、夜空を引き裂くような猛々しい嘶きをあげる。
その蹄の先から、主と同じ邪悪な青い炎が噴き出し、次の瞬間には全身から濃密な黒煙を纏った異形の幻獣へと変貌を遂げた。
炎を宿した蹄が虚空を蹴り、黒煙の尾を引きながら、馬は物理法則を無視して漆黒の空へと駆け上がっていく。
世界は、それらの規格外の力を持つ者たちを、畏怖を込めてこう呼称した。
総じて――――『転生者』と。




