6話。 新たなスキルと可哀想なスライムの話。
ある朝、朝食時マーサに頼み事をされた。
「リオ、悪いのだけど、森に行っていつもの薬草を取ってきてくれないかしら?」
マーサはこのエブンでも名の知れた薬師だった。
店で売っているポーションの殆どはマーサの手製で、それを目当てに来る客も多い。
その為、今でこそ俺の、リオの母親というか主婦業がマーサの生活の大半ではあるが、店で売り出している分のポーションは作り続けている。
テオの名誉の為に言っておくが、これは強要では無く、少しでもテオの役に立ちたいというマーサの希望である。
「あっ、そうか、この間の大量注文か、すまん、うっかりしてた!」
テオが木製のスプーンをバシッとテーブルに置いてすまなそうにマーサを見つめる。
「いえ、いいのよ、気付かなかった私も悪いんだし。
今日は教会で集まりがあってね。
お母さんも取りに行けないの。」
「うん、いいよ、散歩がてらに行ってきます。」
「すまんな、リオ、店は俺一人で大丈夫だから頼めるか?」
他の町はどうだか知らないが、ここエブンは大きな壁に囲まれてはいるが、町人の出入りに制限は無い。
門番がいて、教会の鐘が夕方6回鳴れば門は閉められる。
ただそれだけ。
不用心かも知れないが、4国間で争いの無い今、警戒するのは盗人、盗賊の類、まぁ大前提としてデーモン対策というのがあるが、この付近、薬草を採取できる近くの平原に出現するのはデーモンの中でも最、最ど底辺なスライム位だ。
この町の冒険者が好んで狩るビックボアなんて森の奥にでも入らなければそうそう出てくるもんじゃない。
はぁー風が気持ちいい。
咲き誇る野花の色の鮮やかさ、サラサラという風で草が擦れる音、この青臭い匂い。
サルビアでも咲いていればその花の蜜を吸ってしまいそうな勢いだ。
普段、店に入り浸りの生活を送っている俺にはどれもこれも新鮮だ。
「嫌、まじで日光を浴びるって・・・大切かも・・・。」
俺は両手を広げ身体を伸ばしながら風を感じる。
このまま青春ドラマのように後方にバタンといきたい所だが、背負子を背負っているのでやめにした。
「リオ、無理はしちゃダメよ?
怖いデーモンが出たらすぐに逃げるのよ」
そんなマーサの心配を背に受けてきたが、俺の足取りは軽い。
「……いたいた。プルプルしてるな、本当に」
茂みの奥、日当たりの良い場所に、水色の半透明な塊が転がっていた。
スライムだ。
10歳以前のリオの記憶では
「油断すると足元を掬われる嫌な魔物」
らしいが、中身が40代の俺からすれば、ただの「動きの遅いゼリー」にしか見えなかった。
「鑑定」
【対象:フォレスト・スライム】
・攻撃力:☆
・敏捷性:☆
・★『弱点:中心核。衝撃を与えれば即座に霧散する』★
・総評:スライム界の底辺。
動きが単調で、予測線が丸見え。
星一つの雑魚。
俺は手にした薬草鎌の背で、赤く発光して見える「核」を的確に叩いた。
パシャッ、と水風船が割れるような音。
スライムは一瞬で霧散し、後にはビー玉ほどの小さな魔石と、ベタつく液体が残った。
「うわ、汚なっ!!
キモっ!!」
ドロップ品というのだろうか?
液体というのが生理的に受け付けぬ。
俺は液体の横に転がっている小石程の魔石を拾い上げ籠に入れる。
それから2時間程だろうか、薬草摘みの合間に、俺は遭遇するスライムを片っ端から処理していった。
戦いというよりは、もはや単純作業だ。
前世の弁当工場のバランを敷くバイトを思い出すような無心さで核を叩き続けるうち、脳内に直接、無機質な通知が響いた。
≪職能レベルが上昇しました。
スキル『解析』を獲得しました≫
「・・・解析? 鑑定とは違うのか?」
試しに、足元に転がっているスライムのドロップ品、今まで「ベタベタしてて使い道がない」と捨てられていた濁った液体に、新スキルを使ってみた。
「解析」
視界に青白い透過ウィンドウが展開され、これまでとは比較にならない濃密な情報が流れ込んできた。
【名称:スライムオイル(抽出液)】
・分類:不飽和脂肪酸含有液体
・特性:強アルカリ水溶液との反応により界面活性作用を誘発。
■ 推奨合成プロセス:『簡易石鹸』
1. [油脂の精製] スライムオイルを微火で加熱。不純物を沈殿させ上澄み液を抽出。
2. [アルカリ剤の調製] 硬木(ナラ、カシ等)の灰を水に溶かし、数日静置。上澄みの強アルカリ液(灰汁)を採取。
3. [鹸化反応] 精製オイルを40°C〜50°Cに保ち、灰汁を少量ずつ加えながら一定方向に攪拌。
4. [固化] 混合液が「トレース(粘り気)」状になったら型に流し込み、冷暗所で約一ヶ月熟成。
・総評:動物性油脂の代替品として極めて優秀。衛生環境の劇的改善が見込める。★(現段階では製造コスト:極低)★
「・・・まじか。」
これが正確なら、この文明レベルでも石鹸が作れる。
今、このスライムオイルをどうこう出来ないのは惜しいがしかたがない、桶を持ってきて、、。
じゃないな、まずテオに報告しないと。
ああ、もどかしい、どの道早く家に帰らないと。
母さんが待ってるし。
俺ははやる気落ちをどうにか抑え、家へと急いだ。
ドンっという扉を勢いよく開けたためにベルがチリっといつもと違う音で俺の帰宅を知らせる。
「ただいま! 父さん、話があるんだ!」
「?
なんだリオいきなり、今接客中だ、話なら後で聞くから家に戻っていなさい。」
「・・・・うん、ごめんなさい。」
テオに諭され頭は冷静になるが、このドキドキはどうにも収まらなかった。
だって大発見なのだ、早々に治るはずがない。
家のドアを開けるとマーサはもう家に戻っていて、お昼の準備を始めていた。
「あら、おかえりリオ、早かったのね。」
俺は無言で背負子をマーサに預けると、読み書きの勉強の為にテオから貰った蝋版に石鹸を作る工程をかきあげ始めた。
「リオ、お前、この蝋版に書いた事をこれに清書出来るか?」
テオが差し出したのは羊皮紙だった。
この世界の紙は他の異世界物同様に貴重で高い。
それを10歳の子供に差し出すという事がどれだけ異常な事か俺にでも理解できる。
テオの隣にいたマーサは一瞬驚く素振りを見せたが、何も言わなかった。
彼女も俺が書いた蝋版の内容を見て、その情報の重要さに気づいた様だった。
テオも最初は蝋版を見せた時、きょとんとした顔でそれを見つめていた。だが、読み進めるうちに彼の商人の目が、獲物を見つけた猛獣のように鋭く光りだしたのを俺は見逃さなかった。
「リオ・・・お前、この『灰汁を混ぜて練り上げる』という発想、どこから持ってきた?
スライムの油なんて、今まで焚き火の助燃剤くらいにしか使われてこなかったんだぞ。」
「「鑑定」ううん、「解析」っていう僕の新しいスキルをスライムオイルに使ったらこれで汚れが落ちる『魔法の塊』ができるって、父さんも母さんも言ってたでしょ、最近、汚くしてる事で病気が流行ってるって。」
「・・・もしこれが本当なら」
マーサが口を開く。
「今日の教会の集まりも、その病気に関する薬師の集まりだったの、何とかならないかってね」
テオは震える手で羊皮紙を握りしめた。
「今、エブンの街は人口過密で不衛生極まりない。金持ち連中が使う香油は高すぎて平民には手が出んが、スライムの油ならタダ同然だ。この石鹸という物が本当に作れれば、店、、嫌この際、店の事なんてどうでもいい。
この街の生活そのものがひっくり返るぞ!」
テオは興奮を抑えきれない様子で、俺の両手を掴んだ。
「よし、 灰と水はいくらでもある。
明日からでも何とかなるな。
材料のオイルは冒険者から二束三文で・・・嫌、適正価格の独占契約で買い集めるルートを作る。」
テオはマーサの手をとり少年の様に輝いた目で真剣に彼女を見つめた。
「マーサ、最高の薬師の君には試作をお願いしたい。」
「ええ、勿論よ」
マーサも二つ返事で了承する。
はぁ、お熱いことで。
「危険かも知れないから、十分に気を付けてくれ。」
「ええ、わかったわ。」
「リオ、お前は、僕がいない間いつもより長くなるだろうが店番を頼む。」
「うん!」
かくいう俺も二つ返事だ。
「レビュアー」としての本当の初陣は、凶悪なデーモン討伐ではなく「石鹸開発」という極めて実利的な一歩になった。
でも悪くない。
家族一丸となって一つの事に突き進む、素晴らしき一歩だ。




