5話。 口コミの話。
あの日から数日後。
セブリオン家の店内には、これまとは質の違うお客の活気で溢れていた。
「……いたいた。
あの子だろ?
ラベルに短槍を勧めたっていう少年は。」
「ラベルの奴、あんな安物の短槍で昨日はビックボアを三匹も仕留めたらしいぜ。あいつのパーティ、今まで一匹倒すのにも四苦八苦してたってのに」
ボケーっと店番をしている俺の耳に、冒険者たちのひそひそ話が届く。
どうやら、あの実直そうなラベル君が、酒場かギルドで吹聴してくれたらしい。
「道具屋の店番の坊主に勧められた槍が、驚くほど馴染んだ」
と。
(……これだ。これだよ!!)
俺は心の中でガッツポーズを作った。
自然と口角も上がり笑みを作る。
訝しそうにこちらを見る冒険者の視線なんてどうでもいい、子供って奴は意味も無く笑うもんだろ?
前世、俺が風俗サイトに必死に書き連ねていた口コミ。
あの一文が、見知らぬ誰かの足を店に向かわせ、一人の嬢の指名を増やし、経済を回していたあの感覚。
嫌々、言い過ぎ言い過ぎ。
でも、お兄さんの口コミのおかげでお客さんがついたんだけどって言われた時のあの高揚感。
たまらなかったな〜。
この世界、「広告」なんて概念は希薄。
それが俺が俺自身として過ごしたこの数ヶ月の感想だ。
文化レベルが低いのは理解できるけど、俺が広告として見た情報のほとんどは
酒場の酔っ払いのうわ言。
信憑性の低い噂。
まともなのは店頭に掲げられた看板位、それすらも最小限な情報しかこちらに伝えてこない。
イーゼルに何か書いて置いてくれたらとは思うが、そのイーゼル自体があるかどうかもわからない。
いやぁ、本当にわからない事ばかりでワクワクする。
ニンマリしているとお客さんがやってくる。
良くお店に来てくれる近所のおばちゃんだ。
「リオ君今日もお店のお手伝い?
偉いわね〜」
「エマさんいらっしゃいませ、いつも勉強させてもらってます」
「あらら、本当に賢いのね。
うちの子にも見習わせたいわ」
まぁ、中身40代のおっさんですからね、下手したらエマさんより年上ですからね。
これ位の事は出来ないと恥ずかしいのですよ。
家でずっと一人遊びなんかやってられないし。
あ、でもお子さんはのびのびとやりたい事をやらせてあげてくださいね。
「ありがとうございました!」
「また来るわね」
希薄な広告かぁ、まぁ競合他社が無いって言うのが原因なんだろうけどさ。
そこに「鑑定」を通した圧倒的な解像度の情報が放り込まれた。
「使いやすい」じゃなく。
「お前の今の腕力ならこの短槍が最適だ」という、具体的で逃げようのない「正解」。
その価値を、現場で死に物狂いな冒険者たちが放っておくはずがない。
こうなるのも当たり前かぁ。
チリンチリンとベルが鳴る。
入ってきたのはテオだ。
「リオ、なんだか最近、若い冒険者の客が増えたな。お前の目利きが評判なんだって?」
テオが嬉しそうに、俺の頭をがしがしと撫でる。
「えへへ、たまたまだよ。あのお兄さんが一生懸命選んでたから、ちょっと手伝っただけ。」
子供らしい笑顔で返しつつ、俺は店に入ってくる客たちを次々と「鑑定」していく。
相性の良い装備、隠れた才能、そして時折混じる「赤字の修正点」。
やはり、まだその赤字を指で触れることはできない。
不意にテオが腰を折り自分の顔を近付け掌で戸をたて、ヒソヒソと俺に耳うった。
「「鑑定」のスキルを使うのは程々にな、リオが「鑑定」持ちってバレたら大変な事になるぞ」
「うん、わかってるよ父さん。」
そう言うとテオは姿勢を戻す。
「じゃあ、父さんと交代だ、お家に行ってお昼を食べてきなさい。」
「うん、わかった」
実際、ラベル君の一件以来、「鑑定」のスキルを使ったアドバイスはしていない。
店がこうなった事で若干引いている部分もあるが、冒険者の方から俺にアドバイスを求める事をして来ないって言うのが現状だ。
疑っているのか、判断材料が少ないのか。
普通、10歳の少年に判断させるもんでも無いしな。
そもそも家は武器屋じゃない。
それに俺にも人を選ぶ権利はある、いけすかない奴からアドバイスを求められても答えてやるつもりは無い。
しかし、律儀なのかなんなのかわからないが、何も買わないで出ていく冒険者は少ないので、結果的に店の売上には貢献しているのでこの状況、良しとしよう。
午後、配達のために街へ出ると、その影響は店の中に留まらないことに気づいた。
(……え、建物まで『レビュー』の対象なのかよ)
街角にある古びたパン屋を通り過ぎようとした時、視界の端にウィンドウが勝手に滑り込んできたのだ。
さっきお昼を食べたばかりだって言うのに、腹でも減っていたのか無意識に「鑑定」を発動させてしまったみたいだ。
【対象:ベーカリー・ガレット】
・味:☆☆
・立地:☆☆☆
・接客:☆
・総評:立地は最高だが、店主の愛想が悪すぎて客を逃している。★(店内の照明を明るくし、看板を掲げるべき)★
試しにさらに意識を広げれば、通りを歩く役人の歩き方、道端の排水溝の詰まり具合まで、「☆」と「改善案(赤字)」が見えてしまう。
前世なら、これは単なる「個人の感想」で終わっただろう。
だが、この世界でレベルを上げ、俺の言葉に「神託」と同等の重みがつけばどうなる?
俺が「あの店は星五だ」と言えば、一国の経済すら動かせるかもしれない。
俺が「赤字」、あの部分を修正する力を持てば、腐敗した組織や、欠陥のある魔法体系すら「修正」できてしまうのではないか。
(……もどかしい。今はまだ、レビューを見てアドバイスが関の山。
この職業にはまだまだ上がある、そう確信する何かがある。)
画面に浮かぶ赤字に指を伸ばすが、やはり空を切るだけだ。
レベルが足りないのか、あるいは「投稿」するための媒体が足りないのか。
この世界にはデーモンを倒す事で得られる「経験値」と「レベル」が存在する。
デーモンを倒すだけでなく、自分の「職業」に即した行動――つまり俺なら「正当な評価を下し、状況を改善させること」を繰り返せば、職能レベルが上がるはずだ。
実際に、「鑑定」を繰り返し行う事で見える情報が増えた。
「レベルを上げれば……あの赤字を書き換えられるのか?」
もし、レビュー画面の赤字を指でタップして、現実を「修正」できるようになったら。
それはもはやレビューなんてレベルじゃない。世界の理そのものを書き換える「神のエディット」だ。
不健全な趣味の果てにたどり着いた、この「レビュアー」という力。
俺は、自分の指先が熱くなるのを感じていた。
まずはこの小さな街から、一歩を踏み出してみる事にしよう。




