27話。挑戦しなければ始まらない話。
冒険者ギルドを出た辺りから雨が激しくなり、着ていた外套の隙間から雨水が大量に流れ込んで気持ちが悪い事このうえ無い。
ラベル君とドゥンさんの二人なんて外套を羽織るでも無く、いつもの格好でずぶ濡れ放題だ、ドゥンさんが風邪を引かなければ良いが。
この大雨だと、シルヴィアも風邪を引いてしまうかもしれない。
心配だ。
チラっとラベル君を見るが、この雨の中、両手を後頭部に乗っけながら、今にも鼻歌でも歌いそうな顔をしていたが、俺の視線に気付いたのかこちらを向いて
「?」
と首を傾げると、ニッと笑いまた前を向いた。
おいおいおい、水も滴るなんたるって奴か!?
ああん?
お前の心配なんてしてやらんからな!
だがしかし。
傘か?
傘・・・・作るしかないよな?
んあ、嫌、嫌、嫌。
今はそんな事にかまけている時間は無い。
濡れ鼠になりながら、俺達はエブンの街の片隅にあるパガス親方の防具工房「鉄の槌亭」へと飛び込んだ。
「ごめんくださーい!!」
「おう、リオじゃねえか! こんな大雨の中、全員でずぶ濡れになってどうしたんだ?」
工房の奥で、炉の火を調整していたパガス親方が、俺達の姿を見て声をかける。
だが次の瞬間、親方の視線が俺の後ろに立つシルヴィア様を捉えた。
「なっ!?」
いつも豪快で不敵なパガス親方が、見たこともないような戸惑いの表情を浮かべ、一瞬だけ硬直した。
それもそのはずだ。
パガス親方はカスティール男爵家御用達というわけではないが、その圧倒的な腕の良さを買われ、現当主のガウェイン様や、シルヴィア様自身の防具も直々に手掛けている。
おいおいおい、な、なんでカスティール家のお嬢が、こんなむさ苦しいところでリオ共と一緒にいやがるんだ!?
親方の目がそう雄弁に物語っていた。
だが、シルヴィアが人差し指を口元に当てて「今は黙っていて」と目で合図を送ると、親方はプロの顔に戻って、小さくコクリと頷いた。
「パガス親方!
以前、俺にお金がなかった頃に言いましたよね?
いつかお金が出来たら、親方の凄腕で俺の防具を作ってくださいって!」
俺は一歩前に出ると、少年の純粋な輝きをこれでもかと瞳に宿し、目をキラキラと輝かせて訴えかけた。
「約束通り、お金を作ってきましたよ!
これで、我がパーティ全員の特注防具一式を発注させてください!」
そう元気良く言い放つと、俺は机の上に、大金の袋をドン! と置く。
親方は呆れたように息を吐きながらも、どこか満更でもない様子で口元を緩めた。
「へっ、あの時の口から先に生まれたようなガキが、本当に約束を守って大金掴んで戻ってきやがったか。おまけに、あの偏屈なジジィを唸らせて、特別報酬まで毟り取ってきたってなぁ?
この界隈じゃぁ、ちょっとした話題だぜ。」
爺って、バリントンギルド長の事だよな。
あの思い出すと胃がキリキリ痛くなる老紳士をジジイ呼ばわりするとは。
「あはは、耳が早いですね。バリントンさんをご存知なんですか?」
「おう、あいつとは昔からの腐れ縁よ。
ったく、あのケチな髭達磨が金を出すってんだから、全く大したもんだ。」
親方はガハハと笑いながら、俺達を作業場の奥へと通した。
その時、俺の目は親方の足元に釘付けになった。親方が履いている頑丈な革靴。
以前、俺の鑑定解析で見えたその靴の作成者は、弟子のトール君だった。
2年前にトール君が初めて親方にプレゼントした靴を、親方は自分で何度も何度も丁寧に修理しながら、今でも大切に履き続けているのだ。
口では厳しく当たっても、この人はトール君のことを本当に大切に思ってるんだな。
本当にお弟子さん想いのいい職人だ。
そんな風に俺が一人で感心していると、パガス親方の鋭い視線が、俺達の後ろで一際大きな体躯を縮こまらせている男、ドゥンさんの上でピタリと止まった。
親方の目が、職人の険しさを取り戻す。
「・・・ところでリオ。
そこの大男、風貌からしてギルドで臆病野郎って噂のドゥン・・だな。」
ビクッと、ドゥンさんの巨体が小さく強張った。
「お前さん・・・デーモンが怖いんだってな?」
空気が、一瞬で氷点下まで張り詰める。
シルヴィアも、あのラベル君でさえも息を呑み、静かに親方の言葉を待った。
「・・・・。」
ドゥンさんは否定せず、ただ拳を握りしめて視線を落とした。
「責めてるわけじゃねえ。
足がすくむのは生き物として当然だ。
だがな、うちは命をかけて仲間を守る人間が使う道具を作ってるんだ。
戦場で背中を見せて逃げ出すような臆病野郎に、俺の魂込めた防具を作ってやる道理はねぇ。
そんな奴が装備する鎧なんて、ただの重い鉄の棺桶だ。」
親方はドゥンさんの前に歩み寄ると、その分厚い胸板を右拳で小突き、一瞬だけ大きく目を見開いた。
「・・・。
丁度明日、防具の素材を山へ収集しに行く予定がある。
ドゥン、お前、俺の護衛としてついて来い。」
「親方?」
「リオ、お前が金をいくら積もうが関係ねぇ。
お前ら3人の防具は約束通り作ってやる。
だが、ドゥン、お前の装備を作るかどうかは、明日、俺がこの目で直接、お前という男を見極めてから決める。
それが嫌なら、その金を持ってけえんな。」
張り詰めた沈黙。
俺は、ドゥンさんの横顔をじっと見つめた。
ここで俺達が口を挟むのは違う。
これは、盾役であるドゥンさん自身が、自分の足で超えなければならない壁だ。
ドゥンさんはしばらくじっと床を見つめ、それから、深く息を吐き出した。
ゆっくりと上がったその顔には、怯えはあっても、逃げる色は一切なかった。
「・・・いがせで、くだせえ。」
ドゥンさんは、パガス親方の鋭い眼光を真っ直ぐに見据えた。
「パガス親方に言われたからいぐわけでね。
おら・・・まだ、こん仲間と会って日ばあせえ。
けんど、リオやシル、ラベルの役に立ちてえ。
おらの後を、おらの盾でちゃんと守れるようになりてえんだ。
だから親方、おらを護衛として同行させてくだせえ。」
ぽつり、ぽつりと、だけど心の底から絞り出すようなドゥンさんの静かな決意表明。
その言葉を聞いた瞬間、俺は確信した。
この人は、絶対に逃げない。
パガス親方はドゥンさんの目をじっと見つめ返した後、フッと不敵な笑みを浮かべた。
「おう、いい返事だ。
じゃあ明日の朝、遅れずここに来い。
普段頼んでる冒険者連中と顔合わせを済ませたら出発だ。」
「・・・はい。」
「・・・ほれ!
今日はもうこの雨だ、とっとと宿へ帰って寝ちまいな!」
そう言うと、親方は俺達をシッシと追い出すように追い立ててバタンと工房の扉を閉めてしまった。
こうして、ドゥンさんの試練となる明日の護衛任務が決まった。
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