23話。 いかつい男を口説き落とす話。
「・・・あの、すいません。
ここ、座ってもよろしいでしょうか?」
酒場の隅の椅子で小さくなっているドゥンの前に立ち、声を掛けた。
愛想の良い商人の子供の笑顔を張り付けるのは忘れていない。
隣にはシルヴィア、ラベル君も俺達の後ろに控えている。
ドゥンはピクリと太い眉を動かし、短い黒髪の隙間からアジア系の彫りの深い鋭い眼差しをこちらに向けた。
2メートル近い巨躯から見下ろされると、それだけで凡庸な冒険者なら縮み上がるほどの重厚感だ。
並のスポーツ選手では目じゃないこの風貌、近くで見ると余計にデカい。
だが、彼は俺達を見ると、酷く困惑したように視線を泳がせ、低く掠れた声でボソボソと呟いた。
「・・・ん、だ。
・・・お、オラ、話す、、すこと・・ね、ねぇ。
けえれ、坊主。」
あからさまに他者を拒絶するような態度。
普通ならここで交渉決裂だが、俺は彼の耳たぶが恥ずかしさで真っ赤に染まっているのを見逃さなかった。今の会話で、ボロが出ないように必死に言葉を選んでいるのが丸わかりだ。
「ドゥンさん。
つれないことを言わないでください。
俺はセブリオン商会のリオ。
実は、ラベルさんから、貴方の腕前を聞きまして。
是非、うちのパーティの専属の盾役として、働いて頂けないでしょうか?」
俺のスカウト話に、ドゥンの肩がビクッと跳ねた。
しかし、彼はすぐに自嘲気味にフンと鼻を鳴らし、今度は完全に顔を背けてしまった。
「・・・オラ、飯泥棒・・だ。
さっき、言われたべ。
オラ、攻撃さ、さね。
役立たずんだ。
・・・そったら、話しんじらんね。
けれ。」
必死に標準語っぽく喋ろうとしているのだろうが、感情が高ぶったせいか、語尾に酷い田舎訛りがポロポロと溢れ出している。
なるほどな。
彼がギルドで寡黙を貫き、内向的で引っ込み思案になっていった理由が分かった。
この凄まじい体格と強面で
「オラ、そったらことさねえべ」なんて喋ったら、周囲の荒くれ者たちにどうからかわれるか、想像がついたんだろう。
嫌、実際にいじられたんだろうな。
隣で聞いていたシルヴィアが、フードの奥で目をパチクリとさせている。
彼女は今でこそガウェイン男爵の養子となり、剣聖として上品な言葉を喋っているが、元はと言えば10歳のあの日迄、自分達と同じ平民。
貴族の洗練された言葉とは対極にある、限界突破したド田舎のネイティブな訛りに、言語の壁というよりは「何処の地方の言葉かしら?」と純粋に興味を示している顔だ。
俺も俺で、前世で訛りのきつい方との取引を何度も行っている、この程度を聞き取れない様では、お話にもならない。
「ドゥンさん。
さっきのやつみたいなのが言った言葉なんて、気にしない方が身の為です。
彼は、、いえ、今迄貴方とパーティを組まれた人達は貴方に戦士として、攻撃力を求めた。
だから低評価を下した。
でも、それは適材適所を理解しない奴の意見です。」
俺は一歩、ドゥンに近付き、彼の目の前でビシッと指を突きつけた。
「我がパーティが貴方に求める事はただ一つ。一歩も動かず、敵の攻撃を全て防ぎ切ることです。
攻撃?
そんなもの、必要ありません。
うちのメインアタッカーは、そんじょそこらの有象無象とはワケが違いますから。」
ドゥンが驚いたように大きな目を丸くする。
すかさず後ろから、ラベル君が
「おう、ドゥン。
あんたのその絶対に破られない盾、俺達のパーティに本気で欲しいんだ、力を貸してくれないか?」
と言い添える。
ドゥンは大きな手をそわそわと動かし、ついに耐えかねたように頭をガシガシと掻きむしり、もの凄いスピードで本音の言葉を炸裂させた。
「んだって、おめぇ、オラ、本当に攻撃できねぇんだど!
まどもにみれねんだ、おっかねぇんだべ!
それにオラ、こんな喋り方だからよぉ、街の人さバカにされて、恥ずかしくて、パーティ組んでもいつもお荷物でっ、だ、だから、オラなんか、ハナからお呼びじゃねぇべさ!!」
一気にまくし立てられた限界突破の田舎訛り。
そのあまりにも巨体に似合わないピュアな告白に、シルヴィアが
「ふふっ」
と思わず小さく吹き出した。
「あああぅ」
と顔を真っ赤にして頭を抱え込むドゥンに、シルヴィアはフードを上げて、元平民らしい親しみやすい笑みを彼に向けた。
「ごめんなさい、悪気は無いの。
ただ、私と同じだなって思って。
私も元々は平民でね、お養父様の養女になるまではお貴族様の上品な言葉なんて全然喋れなかったの。
だから、あなたの気持ちが少しだけ分かる気がして。
・・・それに、攻撃なら私がいくらでもするわ。
私は剣を振ることしかできないから、ドゥンさん、あなたみたいに守ることに命を懸けられる人が、前衛として私の前にいてくれたらすごく心強い。」
剣聖シルヴィアの、そして同じ元平民としての言葉。
ドゥンは完全に圧倒され、口をパクパクと開けたまま固まってしまった。
よし、外堀は埋まった。
俺はニヤリと、あくどい商人の笑みを浮かべた。
ラベル君の俺の左肩に置かれた手にもギュッと力が加わる。
「そういうことです、ドゥンさん。
貴方のそのデーモンへの恐れは決して悪い事ではありません。
むしろその恐れこそが、膂力をすべて防御に変換する、貴方の職能、守護騎士の本質だったわけだ。
喋るのが恥ずかしいなら、俺たちの前ではずっと無口な寡黙な重戦士のフリをしていて構いません。
あなたの心の盾は、俺が必ず守ります。
さあ、今迄貴方を嘲笑ってきた奴等のの下らない評価を見返してやりましょう。
俺達のパーティに入ってくれませんか?」
俺は右手をドゥンの前に差し出した。
差し出された手と俺達の顔を交互に見つめていたドゥンは、やがて大きな手で顔を覆うと、深く、深くため息をついた。
数秒後、覆っていた手が離れ、真剣な眼差しを俺達に送るドゥン。
その目にはガミンに突き飛ばされた時には決して見せなかった、熱い光が灯っている。
「・・・オラ、、。
喋るのが苦手だ。
足ば引っ張るかもしんねぇ。
・・・だけんど、あんた達がそこまで言ってくれるなら、この大楯、あんた達の為に使わせてくれべさ。」
オドオドしていない、真剣な彼の言葉、訛りは全く気にならない。
気持ちのこもった言葉は、俺達三人の腹の底から湧き立つ熱い気持ちを更に湧き上がらせた。
ドゥンから差し出されたバカ太い腕の先についたゴツイ拳を俺は両手で握り返し上下にゆすった。
「せんば、リオ君のちっさい手じゃぁ、握手にならんど、アハハハ。」
「こういうのは、気持ちが大事なんですよ!」
その顔は19歳らしい、どこか晴れやかな笑顔だった。
ここに、我がパーティの4人目のメンバーが確定した。
「 ドゥンさん、これからよろしくお願いしますね。
・・さて、さすがに今日は色々と動きすぎて正直クタクタです。
本格的な作戦会議は明日にしましょう。
ラベルさん、ドゥンさん、今日はここでおひらきです。
明日、また朝一でギルドに落ち合いましょう。」
「おう、了解。
俺は宿に帰るわ。
その前に、ドゥンさん!!
今日は俺が奢るからさ、ドゥンさんの話、聞かせてよ。」
純粋に知りたい知りたいオーラ全開のラベル君の猛攻に屈したのか、鉄壁のドゥンさんも折れたらしく、渋々と言う感じではあるが
「ウス・・・よろしく、お願いしますだ。」
と答えたドゥンの顔は満更でも無さそうである。
彼も飲みたい気分なのは間違い無いだろう。
そういう心のケアも、やはり天然に行ってしまうラベル君の人たらしの才能、やはり彼は何か持ってるんだろうな。
ラベル君に肩を組まれ、ドゥンはまだ少し緊張しながらも、嬉しそうにギルドの奥へと消えていった。
「さて、俺たちも帰りましょうか、シルヴィア様。」
「ええ、そうね。
リオ。」
ギルドを出ると、エブンの街はすっかり綺麗な夕闇に包まれていた。
シルヴィアはガウェイン男爵の養子とはいえ、今回の隠密行動の件もあるため、宿ではなく、ひとまずセブリオン家の客間に泊まることになっている。
家に帰ると、マーサの美味しい夕食を頂き、ドゥンが見つかった報告をして、それぞれ自室へと戻った。
深夜。
俺は自分の部屋のベッドに仰向けに横たわり、天井を見つめながら、これからやらなければならない事を順序通りに組み立てていた。
まず資金面。
ミーシャへのお菓子のレクチャーはマーサに頼んで了承を得られた。
レシピは前世の知識を元にして書けばいいが、実際作るとなると俺はからっきしなのだ。
女の子に教えるなんて楽しみとマーサは喜んでいたが、色々自分もやる事があるだろうに、負担になっているだろうが、彼女のあの性格だ、それを表に出す事は無いんだろう。
これからパーティの事がある手前、マーサのケアに回せる時間はどうしても少なくなる。
ん〜どうしたもんか?
どうしたもんかと言えば、軍資金の事か、菓子が実際に流通して、まとまった、軍資金が入るにはどうしてもタイムラグがある。
それまでの間、ドゥンの楯以外の防具を新調する資金や、これからの活動資金。
もう、全員分変えれるなら変えちゃいたいよな、、。
ぎゃーーーー、幾ら金があっても足りねーじゃねーか!!!
・・・・落ち着け・・俺。
はぁ・・・これは一回、パガス親方とトール君に相談してみないとだな。
次は、個人のレベルアップとパーティの連携練度を上げるための訓練をどうするか?
これは、そうだな、あいつらがエブン消滅に向けて秘密裏に作っているはずのデーモンの拠点をこちらが先制して撃破していく。
・・・これ一択か?
他言無用とは言われているが、拠点を潰すなとは言われて無いし。
デーモンの魔石を売れば、金にもなるし一石・・・なん鳥だ?
だけど換金場所である、ギルドにどう説明する?
拠点を間引くにしても、全ての集落が昨日程度という保証はどこにも無い。
俺達の実力以上のデーモンがいる拠点があったりしないか?
パーティ戦の熟練度を上げる。
実戦の中でドゥンに絶対的な壁としての立ち回りを確立してもらい、シルヴィアとラベル君の連携も調整する。
何より俺だ。
戦闘経験が浅すぎて、俺自身に俺がパーティという足し算の関係性の中で何が出来るのかがわかっていない。
俺の推奨スキルで出来ることって何だ?
・・・・・・はぁ。
メンバーにあんなに偉そうなことを言って、俺自身のこの体たらくは何なんだ・・・。
12歳にも関わらず、胃がキリキリと痛くなりそうな課題が、トントンとこの数分で積み重なっていく。
それらの課題と並行しながら、残る二つのピース、回復職と斥候を探す。
・・・・あああああ。
俺は枕に突っ伏すと大きなため息を吐いた。
その時だった。
コンコンと静かに部屋の扉がノックされた。
「リオ、起きているかしら?」
扉の向こうから聞こえてきたのは、シルヴィアの少し遠慮がちな、だけど澄んだ声だった。
「はい、起きてますよ。
どうしました?
枕が合いませんでしたか?」
ベッドから声をかけると、扉の向こうでシルヴィアが小さく吹き出す気配がした。
「ふふ、違うわよ。
・・・・あのね、どうしても今、伝えておきたくて。」
一呼吸の間。
夜の静寂の中に、彼女の少しはにかんだような、真っ直ぐな声が響く。
「ありがとう、リオ。
今日、あなたと一緒に街を歩いて、新しい仲間と出会えて・・・私、本当に楽しかったの。
あなたがこうして私のために色々と考えて、導いてくれて、本当に心強いわ。
・・・おやすみなさい。
また明日ね。」
パタパタと、軽いスリッパを履いたシルヴィアの足音が廊下を遠ざかり、客間の扉が閉まる音が聞こえた。
「・・・ふっ」
残された俺は、暗闇の中で小さく笑みをこぼした。
メインアタッカーのモチベーション管理としては、これ以上ない100点満点の結果だったみたいだな。
信頼関係の構築も、すこぶる順調と言っていい。
恋愛感情抜きにしても、これだけ真っ直ぐ信頼を寄せられれば、裏方冥利に尽きるというものだ。
パンパンと俺は両手で頬を叩く。
「さて。
まずは明日、ドゥンを連れてパガス親方のとこに行こう。」
目を瞑ると意外にも早く、俺は心地よい睡眠の海へと深く落ちていった。




