20話。始動開始の話。
シルヴィアの指先が、カチリと空の皿を叩いた。
・・・・え?
無意識に最後の一欠片を口に運び、飲み込んだところで、彼女はようやく我に返った。
皿の上にはもう、蜂蜜の香るタルトも、サクサクのクッキーも残っていない。
「・・あ。」
顔を真っ赤にして固まるシルヴィア。
さっきまで街が滅びると絶望していたはずの剣聖が、気づけば出されたお茶請けを見事に完食している。
その様子に、俺は努めて穏やかに温かいお茶を注ぎ足した。
「お茶請けを食べて、美味いと思える余裕があるならまだ大丈夫ですよ。」
この一言で、彼女の張り詰めていた肩の力が、目に見えて抜けるのがわかった。
「・・・リオ、私。
こんな時に、何を食べて・・・。」
そう言う彼女は今にも泣きそうな表情を浮かべていた。
実際、目元には涙も浮かんでいるが、でも、どことなくその表情はニコリとほころんでいる様にも見えた。
12歳という幼い少女が一人では背負いきれない重圧から俺達に話すことで少しだけだとしても解放されたのだ、この位の暴挙を笑顔で見逃す事位、どうって事は無い。
「いいんですよ。
腹が減っては良い知恵も浮かびませんから。
さて、シルヴィア様・・・
「なぁ、リオ、シルヴィアさまが全部食っちまった菓子、マーサさんに頼めば出してくれるかな?」
「ひゃ〜〜〜い」
あああああ、何してくれてんのラベルくーーん!!
君はデリカシーってやつを学ぼうよ!!
せっかく心を開こうとしてた保護猫が、また顔を真っ赤にしてうつむいちゃったじゃないの!!
「知りませんよ!
自分で母さんに頼んできて下さい!!」
「え、・・ちょ、リオ?
え?俺何か悪い事言ったか?」
納得できないんだがという顔をしながらポリポリと頭を書きつつ応接室を出ていくラベル君。
・・・・マジかよあの天然。
シルヴィアも手で顔を覆って、テーブルにオデコを当てて突っ伏してるし。
何のカオスだこれ?
それから数分、ラベル君が戻るまで、俺達の間に気まずい沈黙の時間が流れたのは言うまでもない。
ラベル君が皿一杯のお茶請けと、お代わりが入ったティーポットを応接室に持って入ってきた時、俺達二人はシルヴィアの口からデーモンの少女から聞かされた話の内容を説明されたのだ。
「あのデーモンは、いくつかの条件を突きつけてきたわ。
エブンが無くならない為の条件。
でも、話している最中に分かったの。
アイツはその条件を私個人では満たす事が出来ないって心の中で嘲笑ってた。」
シルヴィアの顔が静な怒りの感情で歪み、口の中でギリっと歯軋りをする音が聞こえた。
膝に触れている拳もギュッと握られ、小刻みに震えている。
「あの、人形みたいな気もっち悪い顔!
今思い出しても背筋がゾワってする!!!
それにアイツ、私が抗えないで苦しんでいるのを楽しんでいる、もっと上の何か、その何かを喜ばせるみたいに言ってた。
その事に腹が立つ、いいたい事があるなら、自分で来やがれっていう話!!」
シルヴィアは啖呵を切る、だが、その言葉尻は目に見えてか細くなっていった。
「でも、私はその伝令係にも勝てない。
そう思わせる何かをあのデーモンから感じたの。
だから、動けなかった、剣聖である私がデーモンを前にしてただ話を聞く事しかできなかったの。」
・・・まだ12歳とはいえ、剣聖。
あのゴブリンを倒した動きだって俺からしたら超人レベルだぞ、それなのに足が竦むってどんな相手だよ。
「まず、一番のルール。
この街の地下にあるダンジョン「エブン大空洞」そこを私を含めた上限6名だけで、一年以内に攻略しろというの。
もし期限内に最下層へ辿り着けば、侵攻は取りやめるそう約束したわ。
けれど、二つ目。
その攻略の最中、デーモンがエブンに病を広めるのを、私達は邪魔してはならない。
それが交換条件。
デーモン側は、私達が攻略に失敗した場合、、侵攻しているデーモンの軍勢を病気で弱ったエブンに攻め込ませるつもりらしい。
そして・・・・三つ目。
この一連の説明は、ダンジョンに挑む6名のパーティメンバー以外には、絶対に他言無用。
もし他言すれば、その瞬間に約束は破棄され、エブンに即座に軍勢を攻め込ませる。
だから私、誰にも言えなくて。」
だから一人でゴブリンの集落を潰してたって?
彼女が一人でデーモンの集落を潰して回っていた理由、それは、他言できない以上カスティール家の支援を受けられず、自力で何とかするしかなかったから。
それもデーモンの狙いの一つなんだろうな、シルヴィアが勝手に自滅すれば、それはそれで、邪魔な剣聖がいなくなる。
だが、シルヴィアには悪いが、デーモンの口ぶりからして、あの集落は氷山の一角。
巧妙に隠れて行動しているだろうが、俺の予想ではもうエブン包囲網は形成されつつある。
これからの一年は、もう侵攻の仕上げ段階という感じだろう。
だからこその強気の宣戦布告。
シルヴィアの苦労は報われない。
ラベル君とよく森に入って狩をしていたのに、気づきもしなかった。
そこには何らかの特殊なカラクリがあるに違い無い。
魔法とかスキルとかそこら辺のファンタジー要素がプンプンと臭ってくる。
しかし・・・1年・・・か。
俺は二人にニッコリと笑って見せる。
「一年。
逆を言えば、一年もの時間があれば俺達はいくらでも強くなれるじゃないですか。
油断して高みの見物を決め込んでいるデーモンの吠え面を拝むのが、今から楽しみで仕方ないですよ。」
その言葉のおかげか、重苦しかった応接室の空気がわずかに和らいだのを感じた。
「リオ、あなた戦えたの?」
シルヴィアが意外ね?
という感じの表情で俺に声をかける。
「じゃあ、何で俺を巻き込んだんですか!
その話をするって事は、もう俺はパーティの一員って事でしょ?
このラベルさんも含めて。」
「おへもか?」
はい、君は口に物を詰め込んで話さないで下さい。
本当に戦闘時以外は抜けてる感あるんだよなこの人。
まぁ今はシルヴィアのメンタルが保てば何でもいいか。
ラベル君を見ておかしそうに笑う年相応のシルヴィアを見てついつい俺の心がズキっと締め付けられる。
剣聖とは言え、まだこの子は12歳なんだ、この笑顔を奪わせる気なんてさらさら無いからな、糞デーモン共。
「まずは戦力の確認です。
アタッカーが二人。
シルヴィア様、ラベルさん。
そしてバッファーの俺が一人の計三名。
あと欲しいのは、最前線で耐える盾役。
傷を癒やすヒーラー。
そしてダンジョンの罠を見抜く斥候といったところですかね。
・・・とはいえ。
目ぼしい職能持ちは学院に引き抜かれているはずです。
ただのいち街に過ぎないこのエブンの冒険者ギルドに、学院落ちした冒険者、それもソロで活動しているような逸材が残っているか?」
俺は腕を組み、脳内にある、今迄ラベル君以外にも素材採取の依頼をしていた冒険者やギルドや酒場にいる冒険者達の口コミ情報を検索し始めた。
「寧ろ、それを探すのが俺のメインの仕事ですね。
これまでの商売で培った口コミ情報を頼りに、埋もれた人材を発掘してみせます。
冒険者ギルドでの聞き込みはもちろん、母さんの伝手で教会に腕のいいヒーラーがいないかも探ってもらいましょう。」
「・・・でもリオ。
一番の問題は資金よ。
他言無用で動くとなると、セブリオン商会の支援も、私の家の力もあてにできない。」
シルヴィアが、自身の首元に手を添えた。
「これからの活動資金をどうにかしないと。
私が、このアクセサリーを売るわ。
こういう事態も想定して、お屋敷から持ってきたの。」
「ダメです。
却下。」
俺は即座に首を振った。
「貴族絡みの宝飾品は出所が記録されているはずです。
そんなものを換金すれば、足がついて男爵様にバレますよ。」
それに女の子にそんな事をされたら男が廃るってもんだろ?
「じゃあ、どうするのよ。」
シルヴィアが肩を落とす隣で、ラベル君が
「ハムハム」
と、いつの間にか追加されたお茶請けを無心で頬張っている。
「ラベルさん、食べてばかりいないで少しは案を。
・・・あ。
それだ!!」
俺はラベル君が食べている菓子を指差し、声を上げた。
「あるじゃないですか。
俺がここ数年、母さんと協力して作り上げてきた、このお茶請け菓子のレシピ。
これまでの商売で築いた伝手に、この秘伝の味の使用権を売ってお金にしましょう!
俺個人の知財として!!」
俺は12歳の少年の顔に、大人の商人の笑みを浮かべた。
「えへへ。」
「・・・リオ?」
「・・・・・。」
商会の帳簿は一切汚さず、俺個人で巨額の軍資金を調達する。
敵が一年かけて病を広めるって悠長な事を言ってくれるのなら、エブンに住んでいる住人には悪いが、俺はその一年を、エブンという街を守ための準備期間に変えてやる。
不敵に笑う俺の姿を見て、不安そうだった顔のシルヴィアの表情には少し赤みが戻っていた。
ラベル君は目の前に置かれた新しいオモチャにワクワクしている子供の様な表情を浮かべて俺の次の言葉待っていた。
「さあ、反撃の準備を始めましょう!!
デーモン共に、商売人の意地がどういうものか教えてやりますよ!!!!」
夕闇の中、応接室のランプは、これまでになく力強く三人の行く末を照らしていた。




