17話。 ここ2年位の話。
エブンの街から少し離れたスライムが出没する平原。
俺が以前スライムを狩っていた場所。
ここは今や、一大狩場として有名な場所になっていた。
スライム石鹸の重要な材料だもんなぁ、それにしても、毎日狩られているのにも関わらず、本当によくスライムも絶滅しないで湧き出るものだ。
当初はこの辺りのスライムがいなくならないように冒険者ギルドと連携して、スライムオイルの買取の制限をしていた時期もあったが、その心配も杞憂に終わった。
なんせ、前世のゲームみたいに、無限というのはアレかも知れないが、これまた、こちらの都合よく出没するんだよな。
ある程度出没すると瓶の蓋を閉めたかのように出てこなくなるし。
なので、石鹸騒動が始まって数ヶ月程経ってからは、かけていた制限もなくなり、ギルドのお目溢しで、冒険者以外の貧しい子供からも買取を行うようになった。
エブンの冒険者諸兄もそこら辺は弁えたもので、いざこざが噴出しないように現在も努めてくれている。
少年少女達の声が行き来する平原を少し歩くと、丘が見える。
その中心には大きな木が鎮座していた。
昔テレビで見た、懐かしいCMソングを思い出すような大樹。
俺はこの場所が好きだ。
ここを見つけてからは、1ヶ月に数度は訪れる、俺の癒しスポットだ。
周りを見回すが、運よく今日は俺一人だけらしい。
時間帯だからだろか?
というのも、ここら一帯にはデーモンが寄り付かない。
大樹に手を置き、挨拶がてらに鑑定を行う。
「鑑定」
【対象:平原の守護大樹】
★・個体名: 始まりの止まり木(通称:エブンの大樹)
・品質: 極上
・評価:☆☆☆
・ 特性:
・「聖域の核」:周囲数百メートルに対し、低位デーモンの侵入を阻害する「結界」を常時展開中。
・「精神の安定」:樹冠の下で休息する者の疲労回復速度を2%程上昇させ、精神的な混乱を緩和する。
・「記憶の蓄積」:この地で起きた事象を微弱な魔力の波として年輪に刻んでいる。★
昼頃になるとここら辺がさっきの平原にいた少年少女達で混み出すのはこの精神の安定っていう特性によるものなんだろうな。
「人が来るまで、ぼーっとしてるか。」
大樹のおかげで陽射しは直接入ってこない、ポカポカな陽気に飲み込まれ、俺は草むらを寝床に、バタッと横になる。
「俺がリオになって、もう2年か」
当初、ただの道具屋だったテオの店は、今やセブリオン商会にまで成長した。
その躍進の立役者は、間違いなく「教会」と「トール」だ。
まず、石鹸。
これは清潔、という概念を教義に組み込むことで、教会を最大の製造・普及拠点にする戦略が当たった。
教会には、身寄りのない者や生活に困窮した人々が集まる。
俺はそこに石鹸の製造工程を奉仕作業という形で持ち込んだ。
教会は信徒に身を清めることの尊さを説きながら、その手で聖なる洗浄剤を作り出す。
マーサが技術指導、テオが原材料調達、生産、販売、配送の一元管理を担い、教会が労働力と信頼を提供する。
この聖俗連携の仕組みにより、石鹸はエブンの街、嫌、このオットーという国になくてはならない信仰の必需品へと昇格した。
おかげで、街の衛生環境は劇的に改善された。
教会は安定した寄付金という名の収益を得て、セブリオン商会は街のインフラとしての地位を不動のものにしたわけだ。
そして、もう一つがトール君の靴だ。
あの日、俺が口にした攻めるための防具というアイデアを彼は見事に形にしてみせた。
パガス親方の剛の技術、彼自身の柔の技術、その両方の特性を活かしきった彼の靴は、当初の予想を遥かに超える評価を叩き出した。
トール君はセブリオン商会の援助もあり、若くして独立し工房は連日大忙し、商会はその独占販売権を握る事で、中堅から上級の冒険者のステータスになった防具靴は冒険者ギルドに対しても無視できない影響力を持つようになった。
トール君自身は、靴造りに時間が取られて、攻める為の装備の研究が捗らない事がもっかの悩みだそうだが、それは今育てているお弟子さん達の成長を待たなければ、今の時代ではどうにもならないだろうな。
トール君、ふぁいとぉ〜。
俺もこの2年の間、カスティールの館にテオのカバン持ちで出入りするうちに、あの熊のような大男、ガウェイン男爵様に気に入られてしまった様子で、コート・オフィサー殿、などと、行くと毎回からかわれているが、実際の意味は俺にもわからん。
ただ、音の響きが良いので、甘んじて受け入れる事にしている。
重要なのは、俺もガウェイン様の養女、シルヴィア様と共に、かつての、本来のリオが憧れた「英雄学院」に進めと言われている事か。
「私の推薦だ、合格はまず間違いないぞ。
その才能を広く役立てろ!
ガハハハハハ!!」
と言っていたが、おっさん思考で言えば、今更高い金を払って学院に行った所で、なんだよな。
レビュアーが戦闘向きか?
と問われれば、スキルの「推奨」を使えば、支援職として充分やっていけそうなんだが、成人して、商人として自由に商売が出来るようになった方が今は楽しそうと思うようになってきた。
出来れば冒険者ギルドにも登録して自由に冒険もしてみたいし。
そう考えると、英雄学院ってある意味、凄い職能をギフトで与えられた者を閉じ込めておく牢獄なんじゃないかと思う節もある。
「はっ」
俺は自虐的に笑う。
担がれた神輿かよ。
なんか陰謀論っぽいなこの設定。
どちらにせよ、今の幸せな生活が続いているのも、英雄や冒険者といった人達のおかげなのだ。
憧れてなる職業をとやかく言う気はない。
それに、守りたいという気持ちは理解できる。
こちらに転生してたった2年だが、家族、だけで無く、俺に関わった手の届く範囲の人達を守りたいという気持ちが俺の中で大きくなっているのを感じる。
若干一名、ラベル君は自分一人でも何とでもしそうだが。
あ、でも彼、恋愛運と仕事運が、、、。
まぁこれを語り出したら切りが無くなりそうで怖い。
下から声が聞こえ始めた。
俺は起き上がり、そのまま立ち上がる。
俺の身長もこの2年で大分伸びたな。
ここから見える景色が少しだけ変わって見える気がする。
本当に気持ちのいい風が吹く場所だ。
「また、来ます。」
俺はまた大樹の幹に軽く手を置き別れを告げた。
平穏で、快適で、少しだけ退屈な、完成された日常。
だが、その時の俺はまだ気づいていなかった。
その根の深層、微かな魔力の揺らぎの中に、以前にはなかった不快なノイズが混じっている事に。
大樹が落とす長い影の先に、論理や効率では測れない「異物」が忍び寄っている事に。




