15話。トールの想いと価値の話。
「靴?」
俺の言葉に、ラベル君は不思議そうに首を傾げた。
「今履いてる靴なら、普通に売ってるのを買って、革職人に革を厚く丈夫にしてくれって補強してもらってるけど。」
言いながらラベル君は自身が座っている椅子をズリズリと俺に靴が見えやすい位置まで移動させ、足をクネクネと動かして、俺に靴を見せようと足の甲や裏を向ける。
「・・・靴は丈夫さが命だからな。
それ以上に何が必要なんだ?」
「丈夫なのは大前提です。
その上で、疲れない、滑らない、もっと速く動ける。
いわば、足元の防御力を維持したまま、機動力を跳ね上げる装備ですよ」
「機動力?」
「動きやすいって意味です。」
「今履いてる靴も動きやすいぜ?」
うん、ラベル君だぜ。
こうなる事なんて充分想定内。
百聞は一見にしかず、一度履いてしまえば違いなんてどんなに鈍いラベル君にだってわかって貰える筈。
しかし、この人、最近ギルドにいる事が多いけど、暇なのか?
まぁ、暇なら都合がいい。
「では、行きましょう!」
「え?
リオ?行くって、何処行くんだ?
おいって!」
俺は立ち上がり、ラベル君の腕をガシッと掴み、引っ張り上げると、そのまま扉を勢いよく開けて冒険者ギルドを後にした。
防具屋「鉄の槌亭」の作業場。
扉は開いており、その扉の前には箱馬が置かれ、自然に閉まらないように固定されていた。
その為、作業場に近づくにつれ中から金属を心地のいいリズムで叩く音や、職人達の活気のいい掛け声や、笑い声が聞こえてくる。
「ごめんくださーーい!!」
俺が元気良く挨拶して作業場に入ると、一気に中の人間の目が俺に集中する。
「トール!!
お前に客だぞ!」
職人さんの一人がまた違う部屋に向かって大声で叫ぶ。
最近ここにラバーガムの加工の実験で通っていたので、トールさん以外のパガスさんの弟子の皆様ともすっかり顔見知りになった。
付け届けの酒とマーサ特製のつまみの数々が効いた結果だろう。
「すいません、ありがとうございます。」
職人さんはいいって事よという感じで手を振ると自分の作業に目を戻す。
いやぁ〜こういう感じ、たまらなくかっこいいなぁ。
滅茶苦茶いいよ。
などと感慨にふけっていると、奥からトールさんがトコトコとこちらにやって来た。
「どうも、ぼっあ、いえ、リオ君、今日はどうしたんだい?」
「はい、進捗の確認と、ご提案に。」
「ご提案?
あ、ここじゃなんだから奥へどうぞ?
あ、リオ君、そちらの方は?」
トールの視線がラベル君に向けられている。
そうだよな、この二人、初対面だもんな。
「こちらは、店のこう、
ゴホン。
冒険者のラベルさんです。」
「どうも、ラベル・エンケです。」
「あ、はい、職人のトールと言います。」
二人が握手を交わしてから、今はトール専用の作業場になっている少し狭い区画に案内された。
「それで、リオ君、ご提案っていうのは?」
「こちらのラベルさんを、靴の試作の第一号、最初のモニターに推薦しようと思って。」
「俺は、君がいいって言うなら、それでいいけど。」
俺は、作業場の周りに飾りの様に吊り下げられている色々な道具を目を輝かせて見回しているラベル君に聞こえない様、トールに耳打ちする。
「こう見えて、ラベルさんの冒険者としての実力は結構な物なんです、抜群の身体能力を持つ彼がこのエブンの街や、ダンジョンであの靴を履きこなせば、これ以上無い宣伝になります。
女性人気もあるので、嫉妬した男どもが我先にと店に靴を求めて押し寄せるなんて未来もあり得るかも知れません。」
「ああ、何となく解る気がする。
彼かっこいいしね。
でも、押し寄せるっていうのはちょっと嫌かもしれない。」
「何言ってるんですか!
それ位の覚悟で挑まないと、商売なんて成り立ちませんよ。」
「はぁ、・・・気が重い。」
「トールさん、ファイトですよ!
パガス親方に認めてもらうんでしょ」
「・・・・そうだね。」
トールさんは立ち上がり、覚悟を決めたかの様な表情を見せた。
彼は十六歳という若さだが、その指先には既に革の呼吸を読む繊細さが宿っていた。
彼はラベルさんを椅子に座らせると、膝をついてその足を丁寧になぞり始めた。
「・・・なるほど。
ラベルさんの足は、土踏まずのアーチが深い。
それに右足の親指の蹴り出しが特に強いですね。
ここをボアの厚革で補強して、カシメの位置を少し外側にずらしましょう。そうすれば、急旋回しても軸がブレないはずだ。」
職人らしい鋭い指摘に、ラベル君も
「へぇ、そんなことまで分かるのか」
と感心した様子だ。
作業の合間、ラベルさんが少し席を外した隙に、トールがポツリと本音を漏らした。
視線は、手元のボアの皮を見つめたままだ。
「・・・リオ君。
俺、本当は親父に、パガスの親方のところで、ドワーフの剛健な技を学んでこいって送り出されたんだ。
でも、やっぱり実家の革職人のしなやかさも捨てられなくて。」
トールは自嘲気味に笑い、道具を握る手に力を込めた。
「親方のような剛の防具も打てない。
かといって実家のような柔の革細工に専念しているわけでもない。
自分はどっちつかずの中途半端な奴なんじゃないかって、ずっと悩んでたんだ。」
俺は、前世で、何でもできるが、強みがないと、自分の立ち位置に悩んでいた若手社員の顔を思い出した。
「トールさん、それは中途半端じゃありませんよ。」
俺は努めて穏やかに、だが確信を持って告げた。
「トールさんが目指すべきは、その両方を兼ね備えた職人です。
重くて硬いだけの鎧は堅牢だが、勝利に直結するかと言われれば否です。
トールさんが作る靴のように、柔軟に動き、かつ衝撃から身を守る。
いわば攻めるための防具・・・それは、この世界にまだない新しい形なんじゃないでしょうか?」
「攻めるための・・・防具。」
トールの瞳に、迷いを振り払うような熱が宿った。
自分の進むべき道を、俺が示した言葉によって得た瞬間だった。
・・・素晴らしいな。
この人は単なる技術の習得に留まらず、新しい価値を創造しようとしている。
俺は、前世の記憶にも鮮明に残る、将来超有望な若手を見つけた時の喜びを感じていた。
トールの将来性は未知数。
だが、この世界で彼が、機動力防具、というジャンルを確立した時、その時は俺も彼の側にいれたらいいなと思ってしまう。
「リオ君。
俺、やってみるよ。
靴だけじゃない、親方の剛と、実家の柔。
その両方を混ぜ合わせた、俺だけのオリジナル装備を作ってみせる。」
目の前で、一人の若き才能が、既存の枠組みを飛び越えようとしていた。
「ええ、期待していますよ、トールさん。」
俺は温かい笑みを浮かべながら、心の中で、この若き天才職人との独占契約に向けた計画を静かに練り始めるのだった。




