第16話 銀色の旅路 魔界編 破⓶ ー3 炎熱
刹那。その人影が跳躍し、熱線の真上ーーー空中で「斧」を振りかぶった。次いで、その人影が叫ぶ。
「勇者! 合わせろ!」
叫びに合わせて勇者が跳び上がり、瞬時に剣を抜き放った。
同時、勇者の剣と戦士の斧が持ち主の魔力によって光り輝きーーー莫大な熱量を誇る光の剣を構築する。
2人は、顔を見合わせてタイミングを合わせ、その剣を熱線に向け、振り下ろした。
刹那、光の剣と、熱線が衝突しーーー白色の閃光を帯びたドーム状の衝撃波を生んだ。
激しい光の剣と熱線の攻防。
少しずつではあるが、光の剣が熱線にめり込んでいくのが魔術師には見えた。
銀の盾で防ぎきれるだけの圧になっているので、十分勝機があるように思える。
ーーーだが、油断はできない
辺りの床の表面を抉り、その破片が勢いよく飛び散る。
一部が魔術師の頬をかすめ、血が一筋滲んだ。
ーーー熱線の勢いは弱まったものの、それだけだ。龍に打ち勝つには及ばない。なら……
頰の痛みによってかは知らないが、脳が冷静に働くようになっている。
その好機を逃すわけにはいかず、魔術師は思考した。
ーーー私の持つ攻撃手段は、「銀の炎」、氷結魔法、裁断魔法……くらいか
「いや、まだある」
そう言って、不敵に笑った。
剣の扱いに長け、戦闘において凄まじく天才的。そして、散々、元気に他を巻き込んでくれた少年。
その少年がいたからこそ、守ってきたからこそ、今ーーー城にいるのだから。
その仲間の名を、魔術師は叫んだ。
「ルクス! 」
呼びかけると同時に、銀色の炎を飛ばす。
ーーー君は器用だろう。こんな荒波、乗りこなして見せろ
勇者は魔術師の思惑に果たして……気づき、戦士に目配せで伝えて空中で大きく後退。
次いで、追跡する銀色の炎を剣身で受けた。
自然現象の通りならば、そんなことをすれば銀色の炎が消えるはずだった。だが勇者の魔力により消火されず、むしろその剣を松明代わりに燃え盛っている。
魔術師は、想像通り、とほくそ笑んだ。
勇者の身体が、龍へと向けられる。
同時、突くような体勢で燃える剣を構え、魔力を精錬した。
炎が揺れる。炎が渦を巻く。
それはさながら、火龍のようで……刹那、勇者は宙で剣の切っ先を突き出した。
魔力により精錬、増幅された銀の炎が熱線を巻き込みながら、邪神龍へと迫る。
『貴様ら……』
一瞬、邪神龍は驚いた顔を見せたものの、それは怒りへの導火線に過ぎなかった。
『殺してくれるわ』
「はっ……そう言ってられんのも今のうちだぜ。ほら、すぐに焼きトカゲに……」
勇者が勝ちを確信し、かくいう魔術師と戦士も同じように勝利を信じて疑わなかった。
けれど、次の瞬間。
それは薄い期待であることを思い知らされる。
『死んで詫びろ。勇者一行が』
銀色の炎に焼きつくされ、死んでいるはずの邪神龍が傷一つなく健在だったのだから。
そして、それだけではない。
邪神龍の身体が変態していく。
真なる闇。
真なる絶望。
それらに覆われ、現れたのは。
魔術師が震える声で、その特徴を口にした。
「一頭の身体に、二頭分の顔ーーーなんだ、その異様な姿は」
「私が説明しよう」
ロストが微笑を浮かべ、言った。
「太古の時代、龍種は強大な力を秘めていた。今でこそ強いが、それ以上に、一度現れれば全てが終わるほどにね。だからこそ、魔界で大戦が続いていたが、彼らにだけは剣を向けることはしなかったらしい。しかしある時を境に、力を自ら封印し、今のように顔を1つのみしか持たなくなったそうだよ。まあ……それでも、彼を含め「3体」は元の姿に戻ることができるらしいがね」
ーーー邪神龍。その本当の脅威は、今からということか
魔術師は杖が軋む音を出すほどにまで、強く握りしめた。
邪神龍の2つの口が開く。
刹那、高密度の熱線が放たれた。
ーーー開いたと同時に!?
変態前は、口を開いてから熱線を放つまでの時間が必要であったようで対策が可能だった。
しかし、今回は違う。
放つまでの時間を要しないらしい。
もう、2つの熱線の脅威は眼前にまで及んでいる。
ーーーそれでも、諦めるわけにはいかない
魔術師は、銀の盾を構えた。
瞬間。膨大な熱量を孕んだ熱線の渦が盾に着弾した。
身体の芯から震えるような振動が、銀の盾から伝わってくる。
ーーーでも、前回とは違って後退するほどじゃない
「防げた」
そう、魔術師は確信する。
しかし、それは希望的観測に他ならなかった。
その刹那。突然、熱線が弾け飛んで魔術師の身体を吹き飛ばしたのである。
宙に投げ出されたうえに、脳震盪を起こしたように視界が定まらない。
ーーーうかつだった
吹き飛ばされながら、魔術師は歯を食いしばった。
ーーー熱線が弾け飛ぶなんて
邪神龍の変態後、一発の威力は盾で防げるほどになったが、付加効果があるのなら危機的状況に変わりはない。ならどうすれば……。
そこまで考えて、
ーーー敵がまだ力を隠してる可能性も考えられる。くそ、これじゃあ対処のしようがないじゃないか
まるで答えが出ないことに腹が立った。悔しい。
何が魔術師だ。何が勇者一行に選ばれただ。
邪神龍と相対しただけで攻撃はおろか防御すら、まともにできないなんて。
ーーーけれど、それがどうした
魔術師は右腕を血が吹き出るほど噛んで考えを改める。
ーーー考えろ。思考を止めるな。私にできる、最良の方法を見つけろ
勇者と戦士の合わせ技……違う。
あれは一発が限度。一度繰り出せば、威力は十分だが隙が大きい。
それを邪神龍の攻撃を防ぐのに使ってしまった以上、もう看破されていると見たほうがいい。なら、どうする。
床に落下すると同時に態勢を整えて、魔術師は一気に右に移動した。
銀の盾はもう、使い物にならない。
銀の炎は、敵を葬るには一歩及ばなかった。
なら……決め手に賭けよう。
魔術師は、覚悟を決める。
足に、全身の魔力を集中。次いで、「加速」する。
肌が切れるほどの速度までに達したと同時に、跳躍した。一息に、邪神龍のもとへと飛びかかる。
『バカが……自殺志願か?』
邪神龍が笑う。
嘲笑するならするがいい。
「やめろ、バカ!」
勇者が「退がれ」と叫ぶ。
ーーーでも、魔術師は負けるわけにはいかないんだよ。
そう、負けるわけにはいかない。
そのための、一撃だ。
邪神龍の鼻先にまで迫った時、魔術師は杖を振りかざした。魔力を手に持つ杖に集中させる。すると瞬く間に、てっぺんについた宝玉が銀の炎を纏った。
同時、魔術師は不敵に笑い
「爆ぜろ」
それが解句となり、銀色の炎を、爆発させた。
銀の炎を爆発させるこの大技。
それは、いわゆる「術中領域」である。「術中領域」とは、簡単に言えば合成技(今回の場合では、銀の炎に爆発魔法を合わせたもの)により生じる副産物であり、効果範囲のことだ。魔術師が発動したこの技なら、半径2キロに及ぶ炎熱地獄を展開し、術者もろとも対象者を殺し切ることができる。
だが、それはいわば、自分から死にに行ってるものと同じだ。
瞬間的に有無を言わさず、爆炎が邪神龍もろとも魔術師の全身を包み込む。
邪神龍が初めてうろたえたような声をあげた。魔術師は自身の体を炎に焼かれまいと真球状のバリアで身を守った。
だが、自分で出したとはいえこの殺人的な暑さ。
全身から汗が吹き出し、意識が朦朧とし始めている。一種の脱水症状だろうと、魔術師は苦笑した。
吸い込む酸素も熱せられていて、喉の奥が焼け付くかのようだった。
ーーーそれでも邪神龍に今度こそ、一矢に報いることができたんだ。これで、私が死んでも勇者達は魔王のもとに……
「ふざ……けるな」
「ーーーえ?」
声が、聞こえた。
「俺たちは仲間だろう!!」
近くで。こんな、炎熱地獄の中で。
勇者の声が、聞こえた。
「勇者……だめだ! 私は、あの邪神龍と心中することを覚悟してこの技を発動した! だから、この術中領域に入っては行けない! 今すぐ引き返せ!」
「何言ってんだよ」
気絶しているであろう戦士を勇者が担ぎながら、魔術師の元へと近づいてくる。
髪を、身を包む服を、肌をも焦がしながら。
「どう、して」
「言ったじゃないか。俺たちは無二の仲間だ。俺と戦士、そして魔術師……お前がいて、勇者一行なんだ。自己犠牲は死んでも許さない」
「勇者……」
暖かな笑みを浮かべ、差し出される手。その手は、笑顔は、火傷をおっていても、少年らしさを失っていない。それがなによりも魔術師にとって何にも変えがたい宝物だった。
魔術師は笑う。
ーーーそうか。彼は彼なりに成長していたんだな
勇者一行として戦いに明け暮れた日々。彼を必死に守ろうとして、努力してきた。魔術の研鑽を続け、独自の魔術を編み出し、時には勇者や戦士に教えたこともあった。
けれど、結局
ーーー私は、彼が成長していることに気づいていなかったんだな
「勇者……ありがとう」
魔術師は彼の手を取ろうと手を伸ばしーーー
「後ろだ! 勇者、奴はまだ生きている!」
彼の背後。そこに揺れ動く紅い2つの光輝点……両眼を見た。
勇者が肩越しに振り返った瞬間、「黒い暴風」が吹き荒れ、勇者の身体が真上に吹き飛んだ。
転がり落ちる戦士。錐揉みするように吹き飛ばされながら吐血する勇者。そして、炎熱地獄が掻き消された時、現れたのはどろどろに溶かされた鎧のような体表を持つ邪神龍の姿だった。邪神龍の眼には怒りと殺意が煌々と輝いて見えるほどにまで表われている。
邪神龍は唸りながら言った。
『貴様ら……殺してくれる。
もはや塵も残さん。
私に傷を追わせた罪、それはあまりに重い。死刑だ。焼き尽くし、踏み潰し、臓器を引き摺り出してから細かく切り刻んで、魔界の大地に撒いてやる』
「待て」
短く、それでいて冷徹にロストは命令する。
『っ……なぜだ。人間風情にここまでコケにされて黙ってられるわけがないだろう! 殺せろ!今すぐに!』
「死にたければ、どうぞご自由に」
邪神龍が、一瞬怯えたような眼をした。ほんの一瞬。そのわずかの間だけ、怯えたように魔術師には見えた。
ーーーあの邪神龍が? どうして
魔術師は思案する。
戦う以前にも思ったことだがなぜ、あれだけの力があってロストに従う。切り札の1つである炎熱地獄をもってしても、殺しきれなかったほどの力を持っておきながら、どうして。
「……まさか」
ーーー邪神龍の上をいくほどの実力を、あの青年が?
魔術師は自らが思ったことを苦笑し、それでもあり得ないと吐き捨てることができなかった。
落下してくる勇者を抱きとめ、彼らの動向を見守る。
「きみは、私がきみをすぐにでも殺せることを忘れた……訳ではないよね?」
「それに」とロストは続ける。
「約束を違えるな、最初にそう言ったんだ。きみは自らが繰り出した2度の攻撃で、彼らに致命傷をおわせることができなかった。……つまり、きみの負けであり、彼らの勝利だよ」
『しかし……』
「私は、約束を違えるのを良しとしない。彼らは勝ったのだから、魔王の身元に行く権利を得た。これ以上の深追いは禁物だよ」
『ぐっ……』
「それとも何かい? 軍規に背くつもりなら、今ここでその無様な首を斬って殺すこともやぶさかではないが……そうした場合、きみの家族やお仲間も皆殺しにしないといけなくなる」
『それだけは、どうかご勘弁を……』
邪神龍が恭しく頭を垂れ、ロストの後ろへと引き退がる。
ロストは苦笑しながら、口を開いて言った。
「すまなかった。お見苦しいところを見せてしまったね、勇者一行。これで、私がきみらに与える試練は終わりだ。さあ……お望み通り、魔王の間へと急ぐがいい」
「ほんとうに……通っていいのか?」
裏があるはず、そう思って魔術師は問いかける。
けれど、ロストは「『私は、約束を違えることを良しとしない』、その話をついさっき邪神龍に向かって言ったばかりじゃないか」そう言って、朗らかに笑った。
「私の心情は変わらないよ、どうか信じて欲しい」
その笑顔に、口調に、裏があるとは思えないほど穏やかさを感じられる。
魔術師は、信じてもいいのか、と少しの猜疑心を持ちつつも時間を置いて頷いた。
「分かりました。今は信じます。」
「そうか。じゃあ……」
「けれど」
ロストが何か言うよりも先に話に割り込み、魔術師は告げる。
「ほんの少しでも私たちに殺意を向けたら敵対行為とみなして攻撃します。それでよろしいですね?」
「了解だ……それで構わないよ」
魔術師はロストが了承したことを確認すると、戦士と勇者を起こしーーー大広間を後にした。
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勇者一行が、いなくなった後の大広間にて。
ロストたちは邪神龍をゲートに還し、佇んでいた。
しばらくして最初に口を開いたのは堕天使だった。
「邪神龍も言っていましたが、これでほんとうに良かったのですか?」
「よく……黙っていたな」
「ええ。殺したくて殺したくて堪らなかったのですが……自分でもよく耐えたと思ってますよ」
「まあ……ここで殺しておいても良かったのは事実だ」
「ならなぜ?」
「理由は2つ。1つは彼らの余力のなさ。魔王の間へと繋がる扉を開くのに苦労するだろうし、そこで「ただの」追手に殺されるのならそれまでだと思ったからだ」
「もう1つは?」
「お前も知ってるだろう?」
「?」
一瞬、考え……暫くして堕天使は大きく頷いた。
「ああ……魔王の姿」
「そうだ。それを知ったうえで、魔王を殺せるか否か見ものだろう?」
そう言って、彼らは笑った。
「さあ、見届けようじゃないか。勇者一行の行く末を」




