第16話 銀色の旅路 魔界編 破⓶ ー2 邪なる者達
1人は、どす黒い両翼を背にした男。
もう1人は、人間のように見えた。
ーーー恐らくは亜人種
魔術師は記憶の一片を引っ張り出し、思考する。
ーーー人間界に溶け込み、王族や重要参考人を殺害するために造られた人間の亜種。スパイ要員か。
だが、あの男から感じる莫大な魔力。それからは、スパイ要員と言う位置付けを完全否定しているように感じられる。
ーーーでは、一体何者?
魔術師の目が訝しむように細められた時、その男が口を開いた。
「待っていたよ、勇者一行。私は魔王直属部隊『災禍の四つ風』を統括するリーダー、ロストだ」
ーーー魔王直属部隊だと?
魔術師の目が驚きで見開かれた。
ーーー亜人種でここまでの強烈な魔力、そして魔王直属部隊のそれもリーダー
いよいよを持って雲行きが怪しくなってきたと思い、魔術師は眼前で微笑む男を注視した。
「話は変わるが、先ほど、私たちの紹介をしたのはそこの黒い翼を持つ魔物ーーー『堕天使ミカエル』。どうぞ、お見知り置きを」
傍の男を紹介し、ロストと名乗った亜人は話を一度切った。
まるで執事が挨拶するかのように、胸に右手を当て、深々と一礼する。
しばらくして顔を上げると、ロストはまた口を開いた。
「さて本日、君たちのお相手をするのは私たち2人。本当は、部隊名通り4人でお相手したいところだが……あいにく、その2人は別の仕事で出払っているよ。完全な状態で、お相手できないこと、すまないと思っている」
「別に構わない」
ルクスが一歩前に出る。
フォンリードが静止を促すが、ルクスはさらに一歩前に出た。
「貴様ら『魔物』は、僕にとって不必要な存在だから。死に急いでるようで安心だよ」
抜剣し、その先をロストに向ける。
「俺ら『人間』が受けた痛み……ここで思い知れ」
「おい……そこの剣士さん」
「なんだよ、堕天使なんてゆうご大層な魔物」
「好き放題言ってくれますねえ、ゴミ風情が」
「ゴミ? 貴様らの方がゴミだよ。僕たちにしてきた仕打ちを全て脳内から忘れ去ったのかな。ああ、君の頭がゴミだから仕方ないか」
「貴様……人間如きが、私を愚弄するか」
憤怒の顔となり、ミカエルが動く。
それをロストが制止した。
「待て」
「何故です?」
ミカエルが肩越しに後ろを振り返る。
「ここは友好的に戦おうじゃないか。私たちが相手するのはやはり忍びない。まずは勇者一行のお手並み拝見と行こう」
「ああ……」
そう言われて納得したようで、ミカエルはうなずいた。
「『あれ』を出されるのですね」
ーーー『あれ』とはなんだ?
魔術師の疑問はすぐに解消される。
「勇者一行、先ほどの挨拶した内容と少し違うがーーーまずはお手並み拝見と行こう。私達の配下を紹介するよ」
「ふざけるな」と言いかけるルクスを今後こそ制止し、フォンリードは首肯した。
「ああーーー別に構わない」
「ありがとう」
「では紹介しよう!
邪神龍……出番だ!
今、『ここ』に来るがいい!」
そう。凄まじく危機的な状況を伴って。
ーーー邪神龍!? 邪神龍と言ったのか!
魔術師の脳裏に焦燥の念が、浮かぶ。
同時に、膨大な知識の中の1つが脳内を駆け巡った。
邪神龍。それは、魔界奥底にあると言われている『巣』に存在する、龍種だ。
たった一体だけでも全てを灰燼に帰せるほどの圧倒的武力を誇る。しかし、群れで行動することが多くーーーあまり人の目に付かないと言うが、一年前。
邪神龍による熱線をもろに受けた帝国軍は、瞬時に壊滅。
魔法による防御すら効かぬ一撃が、何よりの脅威だった。
ロストが、異界へと通じる門を開く。その門から出てくる、漆黒の龍ーーーそれこそが、邪神龍。
その龍は、ただ黒いだけではなく凹凸が激しい鱗を鎧とした体躯を持つ。
その鱗は、光の三極星を除いた全ての攻撃の威力を殺すことができるという。
ーーーとは言え、真実は不明瞭だ。ひょっとしたら光の三極星すらも
魔術師の額に脂汗が滲んだ。
邪神龍が爪を振るえば、その周辺に突風が吹き荒れる。十分な防具がなければ切り刻まれ、生命活動は停止するしかない。
そんな、人間界にとっての『災厄』が魔王の城4階に舞い降りたのである。
邪神龍は地に降り立つと同時に、鼻をすんすんと震わし、周囲の「におい」を嗅いだ。
しばらくしてーーー邪神龍の紅き眼が、勇者一行を捉える。
次いで、
『会いたかったぞ、勇者一行。我らが同胞を殺した臭いがしたものでな、殺したくて殺したくてたまらなかったところによく来てくれた』
醜悪に嗤った。
「待ちなさい、ガウス・クロウ。
今回は殺さず、友好的に闘おうという約束をしてある。それを違えるのはしのびない」
『しかし、ロストよ。貴奴らを焼いて殺さねば魔王の首が跳ねられる。それだけは避けねばならないはずだ』
「ああーーーだから、お前に任せるんだよ」
『ほうーーーそれはいいな』
邪神龍の表情が再び、醜悪な笑みに歪んだ。
魔術師は歯噛みし、
「そん、な……話が違う!」
思わず叫ぶ。それが屈辱的で、歯を砕く寸前まで食いしばった。
そこに、ロストが言った。
「恐怖で身がすくむか?
死が間近に迫り身体が震えるか?
勇者一行と言えど、所詮は人間」
唄うように。
踊るように。
独特な抑揚をつけて、言葉を紡ぐ。
「ここで審判を下そう。邪神龍に勝つことができたならば、王の間へと急ぐがいい。しかし、敗退し、致命傷を負わされたならそれまでだ」
そして、ロストは不意に微笑みーーー告げた。
「さあ、始めよう。最高のショータイムを!」
直後だった。
邪神龍の口が開き、紅の焔が迫り上がってくるのが見えた。
勇者が忌々しげに叫ぶ。
「く、そ……これだから魔物は!」
「フォンリード殿、対応を!」
戦士が駈け出さんとする勇者の首根を掴み、魔術師の背後へと後退する。
魔術師は胸中に燻る怒りを必死に抑え、冷静になり、杖を掲げる。そして、防御魔法を発動した。
「silvers shield(銀の盾)……!」
魔術師の身体から可視化された魔力が放出され、杖のオーブへと集中する。
だが、それが解放されるまでは時間がかかる。
ーーーこの魔法が発動する瞬間が、あの龍の火炎より遅ければ「死」
極度の緊張感が魔術師を襲う。
火炎が燃焼する音だけが聞こえる静寂。
その静寂を最初に破ったのは、邪神龍だった。
紅色の業火を一点に超圧縮することに放たれる熱線。
その悪魔的脅威を魔術師たちに向けて放つ。
もう猶予はなかった。
勇者一行が全滅するまであと、3秒と言ったところである。
魔術師たちを瞬く間に灰燼と帰すかと思われたその時。
魔術師の杖のオーブに集約されていた魔力が解放される。刹那、魔術師の前方に銀に輝く魔法の盾が出現した。
熱線の猛威を、盾が阻む。
しかし徐々に徐々に、熱線に重みが増し、魔術師の身体がじりじりと後ろに退いていった。
ーーーこのままでは押し負ける
フォンリードの額に多量の脂汗が滲んだ。
それが垂れて右目にかかり、視界が半分歪む。
それが煩わしくて、歯噛みした。
ーーーこの状況を打破できるだけの打開策は……なにかないのかっ!
自分の知り得るだけの知識を探る。
ーーー防御魔法、カウンター、攻撃魔法、アンチマジック……だめだ。どれも一発逆転には及ばない!
その時
「僕と、戦士の合わせ技ならどう?」
ルクスが魔術師の傍らに立ち、そう提案した。
「ーーーなにを言っているんですか」
フォンリードは、こんな時に何を言っていると呆れ、振り向かなかった。
馬鹿の一つ覚えじゃないんだから、と。そもそも、勇者はまだ子どもだ。
ーーー私が守らなければ
その思いがある故に、ルクスの言葉に魔術師は取り合わなかった。
(こんなところで、魔力を全て消費するのは自殺行為かもしれない。けれどーーー負けるくらいなら! )
歯を食いばり、熱線の圧に耐えながら防ぎ続ける。
けれど、そんなあからさまな態度に勇者は眉1つ動かさず、言葉を紡いだ。
「もう、君の銀の盾が破壊されるまで時間がない。だから、僕たちが賭けにでる」
心が、揺らいだ。
それがたまらなく可笑しくて、
ーーー「負けるくらいなら」と体内魔力を全て使おうと思ってたんだけどな
ふと、小さく笑ってフォンリードは勇者に顔を向ける。
ルクスが穏やかな表情で、こちらを見ていた。
「やっと……こっちを向いてくれたね」
「勇者ルクスーーー答えて」
「?」
キョトンとした顔になる勇者を見て、魔術師はクスッと笑って言った。
「ーーーほんとうに、奴に一矢報いれるのですか?」
「ああーーー任せろ!」
そう言って、勇者は笑った。
「な、ユークハルト!」
そして、後ろへと呼びかける。
と、魔術師は自分の傍らを横切る人影を見た。その速度は尋常ではなく、ただ黒い帯にしか見えない。
だが、そこに微かに武器の金属めいた光沢が見えた気がした。




