第16話 銀色の旅路 魔界編 破⓶ ー1 災禍の呼び声
今にも崩れそうな本のタイトルは、「魔界政府と産業革新」という、分かりやすいものだった。
魔術師は、人間界にありそうなタイトルだと思った。
ユークハルトが本を崩さないように慎重に開きながら、内容を口にする。
「『魔界政府が正式に誕生したのは、魔王城下イデオロンド街の治安維持が確立してすぐのことである。
年月にして、ハルマ第15代魔王時代109年の4月。魔王は、実験的に政治体制を作り上げた。
民衆の意見を取りまとめ、配下が決議し、魔王が調印を押すものである。つまりは、民主主義だ。
その体制により、産業革新は加速した。
魔導機械工学系統である、通信機器の最適化や武装兵器の強化。
魔術学問の深掘り。
民衆の望む飲食物の種類増加及び栄養失調防止効果の付加。
また、これらの前身である治安維持……監視体制の強化のため、街全体に監視カメラを配備した。
さらには、魔界軍の種別の細分化など、多岐にわたり、革新を推し進めた。
こうすることで敵対勢力である東西南北4つの無法治地区に牽制し、ハルマ第15代魔王は、ご子息である、テオドラ様が指揮しやすいよう、環境を整備なされたのである』」
ページを捲る。
その手が少し震えた。けれど、声はしっかりと出していた。そういうところが彼女の強みだとフォンリードは思った。
「『また、人間界と魔界は合わせ鏡のようになっており、技術革新や政治体制が整えば人間界側でもそうなりーーー逆に破壊が起きれば虐殺などの不幸が襲うことになる。逆も然りだ。
そのため魔界の魔法科学でこれの究明とともに、対策を練ることが急務である』」
勇者は驚愕のあまり、目を見開き口を半開きにして黙っていた。
魔術師もまた驚愕を隠せなかった。
どれだけの技術革新だ。
人間界よりも先に進んでいるかもしれない。
「ユークハルト、続きを……」
いいかけて、その先は続かなかった。
突然、後方のスピーカーから周波を合わせるような、それでいて機械を擦り合わせたような不快な音が部屋中に響き渡った。
あまりにうるさく、魔術師たちは耳を塞ぐ。
十数秒後、不快な音が止んだ。
代わりに、
『ようこそ、諸君』
という、合成音じみた声が聞こえてくる。
その声は言う。
『我らが父ーーー魔王の城へ。さて、君たちはこう思ったはずだ。スピーカーから聞こえる声の主は一体誰だ、とね。
私の名など、君らには話すつもりは毛頭ないが……所属だけ開示しよう。我らは、魔王直属部隊「災禍の四つ風」。自分で言うのもなんだが、エリートだよ。
さあ、この辺で切るとしようか。4階で待っているよ。震えながら、上ってくるがいい……ゴミどもめ』
その一連の音声。
それだけで、この声の人物の性格が、フォンリードは手に取るように分かった。
(ーーー自意識過剰、極度の人間嫌い。「the 魔物 」って感じだな)
そう心の中で呟き、彼女はため息を吐いた。
その心の声が聴こえたのか戦士は魔術師の方を向いて、
「声に出てるから、内で思ってることが分かりやすいな」
と呆れたように笑った。
しばらくしてーーー何気なしに、
「さてとーーー誘われたんだし、行ってみない? みんな」
勇者が、そんなことを言い出した。
魔術師は首を振る。
「だめです」
「どうして?」
聞く勇者に魔術師は、苛立ちを隠さずに答えた。
「どう考えてもこれは罠ですよ」
「じゃあなに。ここで過ごすの? 怯えながら?」
「いいえ。行かないとは言ってません。
ここで、対策を考えてから行くのが一番安全性が高い」
「あのさあ」
勇者の目が細まる。
「そんなこと言ってたら、目まぐるしく戦況が変わるなかもいちいち考えるわけ? 」
「ルクス……」
「死ぬかもしれない状況なんて、俺たちは何度もくぐり抜けてきたじゃないかよ。大丈夫だって、ほら」
勇者が手を差し出してくる。
魔術師は一瞬、握るべきか迷い、伸ばしかけた手を戻そうとした。
だが、それを勇者に掴まれる。
俯く魔術師に、明るい表情で彼は言った。
「契約成立! じゃ、行こうぜ」
そして、4階。闘技場のためにこしらえたかのような充分すぎる大広間。
その奥にある5階に通ずる階段の前に、2人の人影が見えた。




