第5話 狂気の行進
斧がカマルの鼻先に迫ったその時、イシュカーが水晶魔法を発現させた。
男の両手ごと水晶で固められる。
男がぐらつく。
倒れかかるそれをカマルは横なぎに蹴りつけて回避した。男は床で倒れ込み、痙攣している。
激痛が襲っているのだろう。しばらくは襲いかかってこないはずだ。少し安堵する。
「イシュカーさん、レイド、ありがとう」
「いえ」
「いいってことよ、大丈夫か」
カマルに手を差し伸べるレイド。
それを右手でちょいと押して「大丈夫、心配ないよ」と言って返した。
一旦咳をして「なんとか」と笑う。
「異教徒は死すべし」「殺す」などと物騒な言葉を吐き散らかし続ける男を見ながらイシュカーは言った。
「おそらく信者です。赤い目をしてるのが分かりますか? これは精神操作魔法です。
おそらく1人だけでなくこれからどんどん湧いて出てきますよ」
「上等……!」
レイドとカマルは互いの拳を合わせて笑った。
窓から差し込む光が見えた。
何本もの光だ。
線を帯びているから懐中電灯だろう。
外を見ると、10人以上もの武器を持った人たちがわらわらと寄ってきている。
中には散弾銃のようなものを持っている人もいるようだ。
「あれって……銃器だよね、あれで……私たちを殺そうって?」
「最近、物騒ですし、自衛のために銃器を常備している民家もあるようです」
イシュカーが冷めた言い方をする。
「いやいや」カマルは思わずツッコミを入れた。
「だからと言って殺意高すぎやしませんか?」
ふと何気なく視線を動かした時、思った。
ーーーえ?
小さい人影が見えた。
カマルよりも小さい子どもが短剣を手に持って歩いている。
目が、赤い。
カマルはイシュカーに聞いた。
「教主は子どもも操るんですか?」
その声はきっと震えていただろう。
「信者以外も例外ではないです。精神操作魔法に操れないものはありませんよ」
けれど、それは恐怖からではない。
激怒。激しい怒りの感情が胸の中を支配する。
「許せない……許してなるものか」
カマルの握る拳に力がこもる。
瞬間。
「カマル、避けろ!」
「四重障壁!」
声が重なる。
イシュカーが四重の水晶でできたバリアを張る。
しかし、
ばららっとばら撒くような連続で続く音。
瞬間。窓ガラスが割れる。破片が飛び散る。
大量の破片が、わずかに逸れた一個の弾丸がカマルに突き刺さらんとした。
レイドがカマルに覆い被さる。
レイドが痛みに呻く声を上げた。
見ると、右肩に銃弾を掠めた血の痕があり、背中にはガラス片がいくつも突き刺さっていた。
「レイド! そんな……ごめ……」
「謝んな、ノロマだとしても、ここで戦意喪失する意味ねえよ。切り替えろバカ」
「でも、傷が……破片も」
破片が深々と突き刺さり、痛々しい。
それでもなおもカマルを安心させるように苦悶の表情をせず、レイドは笑った。
カマルはそれが悲しかった。
けれど、レイドは言う。
「許せねえ、って言ってたろ? 俺は大丈夫だ。
奴らを吹っ飛ばしてカルデアの教主をぶっ潰すんだろ。いくぞ」
「うん……」
「できるだけ身を低くして。苦しいだろうけど、人影が少しでも相手から見えないようにすることが最善です。それでも、早くここから出てあいつらを刺激せずに突破しないと」
イシュカーの言葉に従い、身を低くする。
「俺が火炎で脅そうかと思ったけども、避けないかも知れないしな。大事故を防ぐためにはしゃあねえ」
レイドは後ろを振り返って言った。
「カマルも縮こまってねえで行くぞ。足を動かせ。置いてくぞ」
「ま、待ってよ!」
カマルは焦りながらも後ろに続いた。
イシュカーも水晶でできた壁を割れた窓ガラスに沿って張ると後に続いた。
イシュカーが小声で言う。
「声や物音が響いたり、人影が視界に入ると攻撃をするようです。十分に気をつけて」
レイドとカマルは頷いた。部屋を出る。
暗い廊下だ。
天井にあるランプは消えている。外から刺し込む月明かりと街灯が廊下を怪しく照らしていた。
足音を立てないように少しずつ少しずつ前に進む。
カマルは腰が少し痛くなってきた気がしたが、ぶんぶんと首を横に振った。
(私はまだそんな歳じゃない。……てか、それどころじゃない。奇襲をかけるにしても、隠れながら逃げるにしても大きい音一つ立てたらジ・エンド……殺されてしまいだ)
しばらくしてーーー
ガン!ガン!と何かを叩きつけるような音が響いた。
部屋の方だ。
外から聞こえたかと思った。
違う。
部屋の中の男だ。
水晶の手錠を床か壁に叩きつけているのだ。
「あの……クソ野郎。『太陽』で吹き飛ばしてやれば良かったか」
「ダメだよ、光の三極星は力が強すぎる」
チッとレイドが舌打ちする。
だが次の瞬間にはガラスが「全て」割られ、操られているであろう人たちが雪崩れ込んできた。
圧倒される。確実な殺意。
確実に、人を殺すために操られた人たち。
無表情で、ただ機械的に動く、そんな風に見えた。
だが、動きはのろくない。早い。
拳銃を構えてからの初速が素早かった。
雷鳴が轟くような大きい音と共に、弾丸が射出される。
それが前の人の頭を抉ろうがお構いなしに。
イシュカーは寸分違わないタイミングで障壁を張ってガードした。
人の波が止まる。
イシュカーは短く、それでも鬼気迫る声で言った。
「後ろを見ないで! もう時間はありません。
障壁を張りましたが、あれだけの人の数では意味がありません。突破されて、じきに前から来る民衆と挟むようにして迫り来るでしょう。
そうなっては遅い。早く突破しなければ!」
イシュカーの言葉に頷き、レイドとカマルは走った。
そして、玄関にたどり着く。
だが、そこも人の波があった。
「くそ……」




