コロシアム編 二十三話 相棒
第二カード ケルトVSレイド
帝国闘技場――コロシアム。
2日目も石造りの観客席は幾重にも連なり、見渡すかぎり人で埋め尽くされていた。
その闘技場中央。
陽光を浴びる円形の舞台へ、二つの影がそれぞれの通路から姿を現す。
片方は、黒髪を揺らしながら悠然と歩く少年――ケルト。
その表情は静かだ。だが、研ぎ澄まされた刃のような気配が全身に宿っている。
もう片方は、警棒を片手にぶら下げながら現れたレイド。
こちらは不機嫌そうに眉をひそめていたが、その眼差しの奥には隠しきれない緊張が見えた。
そして、二人の間へ飛び出すようにして、一人の男が現れる。
燃えるような赤の上着。
無駄に大きい身振り。
無駄に通る声。
審判兼実況役、ユーリである。
「さあ皆様ッ!! お待たせいたしましたァ!!」
ユーリは両腕を大きく広げて胸を張った。
「第二試合! ここでぶつかるは、同じ村育ちの少年同士だ!」
観客席から歓声が弾ける。
「東より登場! 魔導警察所属! 荒っぽさと度胸なら誰にも負けない――レイドォ!!」
わあああああああっ、と片側の客席がどよめいた。
レイドは片手を軽く上げただけで、面倒くさそうに舌打ちする。
「対する西より登場! 知性と技術を兼ね備えた魔導探偵! その穏やかな目の奥に何を秘める!? 静かなる才気――ケルトォ!!」
今度は反対側の席からひときわ大きな歓声が巻き起こる。
ケルトは歓声に応えず、ただレイドだけを見据えていた。
「それでは両者、位置についてェ!」
二人は間合いを取って向き合う。
砂が風にさらわれる。
遠くでまだ歓声が鳴っているのに、この瞬間だけは奇妙なほど静かに感じられた。
レイドが低く言った。
「……やりづらいな。お前とこういう形でやるのは」
「奇遇だね。僕もだよ」
ケルトは淡々と返す。
「でも、手を抜くつもりはない」
「そりゃこっちの台詞だ」
そう言いながらも、レイドは警棒を肩に乗せるだけで構えを深めようとしない。
ケルトはそれを見て、わずかに眉をひそめた。
「……レイド」
「なんだ」
「君、まさか」
その問いに、レイドは答えない。
ユーリの腕が振り下ろされる。
「第二試合――開始ィィィッ!!」
直後、ケルトが先に動いた。
地を蹴る音すら小さい。
静かに、だが一気に間合いを詰める。
手にした短杖から青白い魔力が迸り、斬撃にも似た鋭い衝撃がレイドへ走った。
「っ!」
レイドは横へ飛んで回避。
衝撃は地面を削り、砂塵を噴き上げる。
ケルトは止まらない。
二撃、三撃と魔力弾を織り交ぜながら詰め、レイドの逃げ場を奪っていく。
その動きには無駄がない。相手の行動を読み、その先に攻撃を置いていくような正確さがあった。
だがレイドも、ただ押されるだけではなかった。
警棒で受け、払い、身体を捻って最小限の動きでしのぐ。
観客が沸く。
互角――いや、わずかにケルトが押している。
観客の歓声にレイドは舌打ちした。
その一瞬、ケルトの指先がレイドの頬を掠めた。
赤い線が走る。
「……やっぱりだ」
ケルトが低く言う。
「君、本気じゃないね」
「は?」
「まだ使ってない」
レイドの目つきが険しくなる。
「使ってないって、何を――」
「光の三極星だよ」
観客席のざわめきがわずかに大きくなる。
誰もがその名に反応した。
レイドは顔をしかめたまま言う。
「……使う必要がねえだけだ」
「嘘だ」
ケルトは言い切った。
「必要がないんじゃない。使うのを怖がってるんだ」
「っ……!」
ケルトの次の一撃を、レイドは警棒で強引に受け止めた。
火花にも似た魔力の粒子が散る。
至近距離。
互いの息がかかる距離で、ケルトが睨む。
「君は僕を傷つけるのが怖いんだろう?」
「当たり前だろ!」
レイドが声を荒げた。
「お前相手にあれをまともに使ったら、どうなるかわからねえんだよ! 炎の大剣だぞ!? 一振りで全部呑み込む! 殺しちまったらどうすんだよ!」
その叫びを聞いた瞬間だった。
ケルトの表情が、変わった。
温厚で冷静な少年の顔から、静かな怒りがにじみ出る。
次の瞬間、彼は大きくレイドを突き飛ばし、闘技場中に響くほどの声で怒鳴った。
「僕を舐めるのも大概にしろよ!!」
観客席がどよめいた。
ケルトが怒鳴った。
レイドの目が見開かれる。
ケルトは肩で息をしながら、それでも真っ直ぐレイドを短杖で指した。
「君が選ばれた人間だってことくらい知ってる! 光の三極星を持ってることも、特別な力を宿してることも知ってる! でも――」
その声は震えていなかった。
怒りの奥にあるのは、怯えではなく、信頼だった。
「僕と君は相棒だろう!?」
レイドが息を呑む。
「二人でカマルを守るって誓っただろ!
だったら、こんなところで一人で抱え込むな! 怖いから使わない? 殺してしまうかもしれないから手加減する? ふざけるな!」
ケルトの瞳が鋭く燃える。
「僕は大丈夫だ! 君に壊されるほど弱くない!」
観客の熱がさらに高まっていく。
誰もが息を詰めて二人を見ていた。
「使えよ、光の三極星を!」
ケルトが叫ぶ。
「今ここで使って、僕に証明して見せろ! 君が、本気で僕の相棒だってことを!!」
沈黙が落ちる。
レイドは、しばらく何も言わなかった。
ただ歯を食いしばり、俯き、そしてゆっくりと警棒を握り直す。
「……ほんっと、お前は」
かすれた声で吐き捨てる。
「後悔しても知らねえぞ、ケルト」
「しないよ」
ケルトは即答した。
「来い、レイド」
レイドが目を上げる。
その瞳から迷いが消えていた。小さく笑う。
額に刻まれた痣が、じわりと赤熱する。
陽炎のような熱が立ち昇り、空気が歪む。
「――Solaris frmma」
低く、重く、言霊のようにレイドが唱えた。
「紅炎よ、来れ」
瞬間。
警棒に灼熱の炎が宿った。
紅蓮の火は刃となり、巨大な大剣へと姿を変える。
まるで太陽の一片を無理やり地上へ引きずり下ろしたかのような暴威。
闘技場の空気そのものが焼け、砂が焦げ、客席にまで熱気が届く。
「おおおおおおッ!?」
ユーリが半ば悲鳴のように叫ぶ。
「出たァァァ!! これが光の三極星!! レイドの秘めたる炎、その真価ッ!!」
観客席が総立ちになった。
レイドは炎剣を構える。
その姿は先ほどまでとは別人のようだった。
「行くぞ、ケルトッ!!」
踏み込みと同時に、炎の大剣が薙がれる。
轟音。
一振り。
それだけで紅蓮の業火が渦を巻き、竜巻へと変貌した。
燃え盛る炎の渦が唸り声を上げながら一直線にケルトを呑み込もうと迫る。
だがケルトは、そこを起点にした。
「――っ!」
地面すれすれに身を沈め、炎の流れの癖を見切る。
巻き上がる熱風に乗るようにして斜めへ跳躍。
髪の先と肩口を焼かれながらも、紙一重で回避した。
ケルトは着地する。
だが、着地した瞬間に膝がぶれた。
魔力の消耗が激しすぎる。
連続で術を使い、さらに今の回避で身体能力強化まで重ねた。
呼吸が浅い。視界の端が揺れる。
レイドはそれを見逃さなかった。
「もう限界だろ」
「まだ、だ……!」
ケルトは無理やり前へ出る。
短杖を握り直し、殴るように魔力を放つ。
だが威力は先ほどまでより明らかに落ちていた。
レイドは炎剣を解き、再び警棒だけに戻す。
そして真っ向から踏み込んだ。
ガッ!!
警棒が短杖を弾く。
ケルトの腕が痺れる。
続けざまに腹へ拳。
息が詰まる。
それでもケルトは倒れず、レイドの肩を掴んで額をぶつけ返した。
「っの……!」
「まだ終わってない!」
そこからは、魔法ではなかった。
殴り合いだった。
砂に足を取られながら、
頬を打ち、
腹を殴り、
肩をぶつけ、
互いに何度も体勢を崩しながら、それでも前に出る。
観客席は熱狂していた。
派手な魔法戦もいい。
だが、最後にものを言うのが意地と根性だという展開は、観る者の血まで熱くさせる。
ケルトが拳を振るう。
レイドがそれを躱し、脇腹へ一撃を叩き込む。
鈍い音。
ケルトの身体がくの字に折れた。
それでも短杖で殴り返そうとする。
だが、その前にレイドの警棒が手元を打ち抜いた。
短杖が砂の上へ転がる。
「……っ」
ケルトが片膝をつく。
立とうとする。
だが足に力が入らない。
レイドも満身創痍だった。
息は荒く、頬は腫れ、制服もところどころ焼け焦げている。
それでも最後に立っていたのは、レイドだった。
ユーリが腕を振り上げる。
「勝者――レイドォォォォッ!!」
割れんばかりの歓声。
レイドはその声を聞きながら、倒れかけたケルトの前に立った。
そして、しばらく無言で見下ろしたあと、手を差し出す。
「……証明になったかよ」
ケルトは肩で息をしながら、その手を見た。
口元に、わずかな笑みが浮かぶ。
「ああ」
掠れた声で、それでもはっきりと言う。
「ちゃんと……相棒だったよ」
レイドは鼻を鳴らした。
「最初からそうだっつの」




