二十三話間話 咎人へ向ける太陽 ②
帝国中央裁判所、その一室。
裁判長は険しい顔つきで、目の前の男を見ていた。
闘王リア。
帝国最強と名高いその男は、広い部屋の中でも一歩も引かぬ態度で立っている。
「認められませんな」
裁判長は低く言った。
「オーガルは重罪人です。窃盗、器物損壊、騒乱の誘発……到底、討伐隊に加えてよい人間ではない」
「重罪人だからどうした」
リアは即座に返した。
「博物館を襲ったあの魔物……ロストとやらは、お前たちが法だの秩序だのを語っている間に、人も街もまとめて焼き払える化け物だぞ」
「それでも法は法です」
「法で勝てるのか?」
裁判長が言葉に詰まる。
リアは続けた。
「オーガルは使える。身のこなし、度胸、判断力、どれも一級だ。罪人だろうが関係ない。来るべき災厄に備えるなら、戦力は一つでも多い方がいい」
「認めれば法を犯すことになります」
「帝都が滅びれば、法も何もないだろう」
静かな声だった。
だがそれゆえに重かった。
裁判長は眉をひそめる。
それでもなお、首を縦には振らない。
「なりません。あなたほどの実力者であっても、法をねじ曲げることは許されない」
リアは無言で剣を抜いた。
鋭い刃が、裁判長の喉元すれすれで止まる。
部屋の空気が凍った。
護衛たちが息を呑む。
しかし、誰一人としてその剣を止めに入れない。
リアの眼光が、まっすぐ裁判長を射抜いていた。
「勘違いするな。私は感情で言っているんじゃない」
「……なら、これは何ですかな」
裁判長の頬に冷や汗が伝う。
「確認だ」
リアは低く言った。
「お前が守りたいのは法か。それとも帝都か」
沈黙。
「オーガルを討伐隊に入れろ。監視が必要なら私が見る。暴走したなら私が斬る。責任も私が持つ」
剣先が、わずかに喉元へ寄る。
「それでも認めないというなら……貴様は咎人一人にこだわって、帝都そのものを見捨てる愚か者だ」
長い沈黙のあと、裁判長は小さく息を吐いた。
「……条件付きです」
リアは剣を引かないまま、先を促す。
「討伐隊への一時加入のみ許可する。監視役はあなた。勝手な行動をした場合、その場で処断することも認める」
「それでいい」
リアはようやく剣を収めた。
⸻
夜風が吹いていた。
裁判所から少し離れた路地裏。
建物の影に身を潜め、オーガルはじっと待っていた。
逃げるつもりなら、とうに逃げている。
けれど、あの男が一人で中に入っていった背中を見た時から、妙にその場を離れられなかった。
ほんとに行った。
ほんとに、私なんかのために。
やがて、足音が近づく。
「待たせたな」
低い声。
姿を現したのは、闘王リアその人だった。
オーガルは目を見開く。
「……まさか」
「認めさせた。条件付きだが、お前は討伐隊に入れる」
「は……?」
一瞬、意味が分からなかった。
あの裁判長を?
あの堅物を?
この短時間で?
リアは当然のように言う。
「お前は使える。だから残す。それだけだ」
その言葉に、オーガルの胸が妙にざわついた。
利用価値があるから助けた。
ただそれだけの話だ。
なのに。
どうしてだろう。
頬が、少し熱い。
「どうした」
「いや……別に」
オーガルは顔をそむけた。
夜風は冷たいはずなのに、熱は引かない。
自分でも分からなかった。
リアが怪訝そうに見る。
「顔が赤いぞ」
「う、うるさい!」
思ったより強い声が出て、自分でも少し驚く。
けれどリアは気にした様子もなく、踵を返した。
「行くぞ。討伐隊の連中を待たせるわけにはいかん」
その背中を見た時。
オーガルはほんの少しだけ唇を噛み、それから小さく言った。
「……ありがと」
リアが足を止める。
「聞こえんな」
「聞こえてるくせに……!」
オーガルはますます顔を赤くして、そっぽを向いた。
その熱の意味を、この時の彼女はまだ知らない。




