大捕物編 第二十一話 裁判の行方
帝都中央裁判所。
重厚な石造りの建物の中、その法廷には張り詰めた空気が満ちていた。
傍聴席にはざわめきが広がり、中央には拘束具をつけられた女が立っている。
紅い長髪は乱れ、右頬には痛々しい腫れが残っていた。
左腕にも包帯が巻かれている。
怪盗オーガル。
昨夜、帝国博物館からマフティフの殺戮とブルーローズライトを盗み出し、魔道警察との大捕物の末に逮捕された女である。
法廷の高台に座る裁判長が、冷え切った声で言い渡した。
「被告オーガル。貴様は帝国博物館への不法侵入、展示物の損壊、国家指定文化財の窃盗、そして魔道警察への抵抗の罪に問われている。なにか申し開きはあるか」
法廷が静まり返る。
オーガルはゆっくりと顔を上げた。
痛みを堪えるように小さく息を吐き、それでも不敵に笑おうとする。
「申し開き、ね……あるに決まってるでしょ」
少しだけ、呂律が重い。
だがその目はまだ死んでいなかった。
「私はただ盗みたかったわけじゃない。博物館にあった文献……イルカムダムの架け橋事件の記録、それを手に入れる必要があったのよ」
傍聴席がざわつく。
裁判長の眉がぴくりと動いた。
左右に控える役人たちも、わずかに顔色を変える。
オーガルは続けた。
「あの文献の裏表紙には、魔法陣が刻まれてる。見た目じゃほとんど分からない、隠された文様……それに特定の刻印を重ねることで、禁忌の歴史が映像みたいに再生される」
「被告。無関係な妄言は慎め」
「妄言じゃない」
オーガルは裁判長を真っ直ぐ見返した。
「禁忌っていうのはね――帝王が魔物と手を組んで、兵士だけじゃなく民衆まで見殺しにした歴史よ。イルカムダムの架け橋事件は事故でも戦闘の巻き添えでもない。帝国が、自分たちで、自分たちの民を……」
その瞬間だった。
一人の男が傍らから突然踏み込み、オーガルの顔面を殴りつけた。
鈍い音が法廷に響く。
「がっ……!」
オーガルの身体が大きく傾き、床へ膝をつく。
右頬の骨が嫌な音を立てた。口の端から血が伝う。
傍聴席から悲鳴があがった。
だが、それを制するように裁判長が木槌を叩く。
「静粛に」
まるで、今の暴力など取るに足らないものだとでも言うように。
「被告は精神錯乱の兆候が見られる。これ以上の陳述は法廷の秩序を乱す恐れがある」
「ま、っ……で……」
オーガルは顔を上げようとする。
だが右頬を砕かれた痛みのせいで、言葉がうまく形にならない。
「連行しろ」
冷たい一声で、衛兵たちがオーガルの両腕を掴んだ。
彼女はなおも抗おうとした。
血の混じる唾を吐き、腫れ上がった頬を震わせながら、必死に何かを言おうとする。
「い……は……」
「黙れ」
腹を蹴られ、オーガルは咳き込んだ。
その姿に、法廷内の何人かは青ざめたが、誰も止めようとはしなかった。
傍聴席の後方でその様子を見ていたカマルは、思わず拳を握りしめる。
「ひどい……」
「……ああ」
隣のケルトの声も低い。
レイドはあからさまに舌打ちした。
「裁判じゃねえ。ただの口封じだろ」
ルークも険しい目つきで法廷を見つめていた。
裁判長は咳払いをひとつし、何事もなかったかのように宣告する。
「被告オーガルに対し、本来であれば死刑相当の判決を下すところである」
法廷が再びざわつく。
オーガルは床に崩れたまま、かろうじて顔を上げた。
右目の下は腫れ、唇も切れている。
それでもその瞳には、消えない反抗の火が宿っていた。
「しかし」
裁判長が言葉を区切る。
「被告の身体能力、および魔導機動技術は一定以上の価値を有すると判断された。よって特例として、これより1ヶ月後に開催されるコロシアムに出場し、優勝した場合に限り保釈とする」
一瞬、法廷が静まり返った。
次いでどよめきが広がる。
「優勝……?」
「死刑の代わりにコロシアムだと?」
「そんなの実質――」
実質的には見世物だ。
生き残れる保証もない。むしろ、公開処刑に近い。
だがオーガルは、ふらつきながらも笑った。
頬が腫れ、まともに喋れないはずなのに、それでも彼女は笑う。
「……は、っ。なによ、それ」
掠れた声で、血を滲ませながら呟く。
「最初から……殺すつもり、なら……そう言えば、いいじゃない……」
衛兵が肩を掴む。
それでもオーガルは目を逸らさなかった。
裁判長を。
帝国を。
この場にいる全員を睨みつける。
「でも……いい」
潰れたような声で、それでも確かに言う。
「勝てば、いいんでしょ……」
その言葉に、法廷の空気が変わった。
ただ怯えているだけの女ではない。
折られても、潰されても、まだ立ち上がろうとしている。
その事実が、傍聴席の一部に妙な熱を生んだ。
カマルはその背を見つめていた。
昨夜、自分の魔法で撃ち落とした相手。
派手で、生意気で、どこか芝居がかった女怪盗。
だが今、目の前にいるのはそれだけではなかった。
真実を暴こうとして、口を封じられた人間だ。
「……イルカムダムの架け橋事件」
カマルが小さく呟く。
「やっぱり、なにかあるんだ」
「ああ」
ルークが静かに頷く。
「そして帝国は、それを隠したいらしい」
法廷の中央で、オーガルは拘束されたまま連行されていく。
すれ違いざま、彼女はほんのわずかに顔を動かし、カマルたちの方を見た。
その目は語っていた。
ーーーまだ終わっていない、と。
重い扉が閉ざされる。
その音が法廷に響いた。
怪盗オーガル。死刑相当。
ただし、コロシアム優勝を条件に保釈。
あまりにも歪んだ判決だった。
だが同時にそれは、新たな戦いの幕開けでもあった。
そして1ヶ月後ーーー。
帝国の闇を飲み込み、さまざまな思惑を抱えながら巨大な円形闘技場……コロシアムの試合が幕を開けようとしていた。




