第二十三話 迫り来る崩壊の中で
祭壇の間に、重苦しい沈黙が落ちる。仲間の喉元に突き付けられた刃を前に、アルタイルは一歩も動けなかった。
「やめてくれ、プロキオンさん! あなたはそんなことをする人じゃない!」
必死に叫ぶアルタイルの声が石壁に反響する。
だがプロキオンの表情は、怒りでも憎しみでもない。ただ虚ろな瞳に、冷酷な決意だけが宿っていた。
「……全員欠片を外せ。お前たちを星織の鎖から解放してやる」
石の刃がさらに深くスピカの喉へと押し当てられる。
痛みに歪んだスピカの表情を見てアルタイルが駆け出そうとした瞬間、突風が祭壇を駆け抜けた。
「離れろ!」
風が鋭い矢となって、石の拘束を砕く。スピカの身体が自由になり、強い腕が彼女をさらった。
「――ハダル!?」
驚愕する仲間たちの視線の先。銀白の髪をなびかせ、琥珀の瞳を鋭く光らせた男――風の英雄、ハダルが立っていた。アルタイルのこわばっていた肩から、一気に力が抜ける。
「遅れて悪かった。状況はよく分かっていないが……これ以上仲間を好きにさせない」
スピカを背後に庇い、風の弓を構える。その姿に、アルタイルの胸に再び希望が灯った。
「風の、英雄……!」
土の欠片に支配された声が、プロキオンの口から漏れる。
緊張が一気に張りつめる。こうして、星織の祭壇での決戦の幕が切って落とされた。
アルタイルが剣を構える。だが、足元で地鳴りが轟き、祭壇そのものが崩れ始めた。天井から砂塵が降り、光を失った柱が悲鳴のように軋む。
「欠片様! 計画通り、欠片様の力を埋め込んだ破壊の魔法陣が発動しました!」
轟音と共に、祭壇の床が裂けていく。
「プロキオンさん! 一体何をする気だ!?」
アルタイルが剣を掲げ、まっすぐにプロキオンへ突き進む。対するプロキオンは腕を振り下ろし、大地をうねらせて応じた。床石が隆起し、岩槍のようにアルタイルを貫こうと迫る。
「……祭壇がなければ、織り直しなどできまい!」
プロキオンは笑っていた。
一方、祭壇の縁ではベガが炎を振るい、混沌信者を牽制していた。
「火の国の噴火もアンタらの仕業だな!? よくも……!」
ベガが大剣を振るうたび、紅蓮の火柱が駆け抜ける。
「おおっと。油断すれば大やけどじゃすまないな」
混沌信者は嘲笑し、闇魔法で祭壇の石柱を次々と崩落させる。頭上から落ちる瓦礫を、ベガが爆ぜる火で撃ち砕く。
その背後で、スピカはベガのサポートに回っていた。
「ベガさん、無茶はしないで!」
彼女の祈りが水の壁となり、崩落の衝撃からベガを守る。
そこへ疾風のごとく駆け込むのは、ハダルだ。風の刃が大地の防壁を切り裂き、アルタイルとともにプロキオンを挟み撃ちにする。
「……滅びを恐れる必要はない。今こそ腐った世界を、創り直すのだ!」
圧倒的な力が解き放たれ、大地そのものが反乱を起こしたかのように隆起する。
床が割れ、巨大な岩の腕が祭壇を薙ぎ払う。アルタイルたちは跳躍して避けるが、爆風と瓦礫に弾き飛ばされた。
「ぐっ……!」
ベガが膝をつき、スピカはあわてて水の壁を展開する。水の壁が体勢を崩した彼女を守るが、次々と崩落が迫り、立て直す余裕がない。
ハダルが風で瓦礫を散らし、叫んだ。
「このままじゃ埋められるぞ!」
見上げれば、天井に走る裂け目から光が差し込む。だがその光さえ、崩壊の兆しのように不安定に揺れていた。
「プロキオンさん! 目を覚ましてくれ! 俺たちは敵じゃない! 仲間だ!」
アルタイルが喉を裂くように叫ぶ。
「黙れ――!!」
無数の岩槍が一斉に突き上がり、四人を貫かんと迫った。
祭壇の間は、もはや原型を留めていなかった。隆起した岩壁が迷宮のように広がり、天井からは瓦礫が絶え間なく降り注ぐ。
その中心でプロキオンの眼差しは赤黒く濁り、土の欠片の意思に完全に蝕まれていた。
「滅びを拒むな! この世界は腐り果てた! 砕き、踏み潰し、土台から創り直すしかない!」
叫ぶたび、大地が呻き、床から石柱が突き上がる。
「くそ…っ。正気に戻りな、プロキオン!!」
ベガが火の大剣で石柱を焼き切り、スピカが息を荒げながら仲間を守る。しかし、押し寄せる力は止まらない。
「うおおぉぉぉおお!!!」
プロキオンの咆哮とともに、大地の監獄が四人を吞み込もうと迫る。
ハダルが風で切り裂き、アルタイルが光で押し返す。だが防ぐのが精一杯で、攻めに転じる余裕はなかった。
呻きながら土のガントレットで強化された拳を振り下ろすプロキオン。その一撃は、アルタイルが全身で受け止めた。
衝撃が爆ぜ、光と土が拮抗する。
だが、次の瞬間。祭壇全体が大きく軋み、床に亀裂が走りひび割れ始めた。混沌信者の仕掛けた術式が本格的に動き出し、空間そのものが崩壊の音を立てていく。
「このままじゃ塔が崩れるぞ……!」
ハダルが叫ぶ。それでもアルタイルは、剣を握る手を離さなかった。




