第二十話 闇の英雄
光と闇の戦いの中、先に動いたのは闇だった。
闇の魔法使いが片手を掲げると、大地に張り付くような黒い靄が広がり、視界を飲み込んでいく。
「光を掲げる者よ。その輝きこそ偽りだ。我らの混沌の闇に呑まれるがいい」
低く響く声とともに、靄は形を変え、無数の黒刃となってアルタイルに迫った。
アルタイルは光の剣を構え、踏み込みながら斬り払う。光が放たれ、闇の刃が次々と弾かれるたび、闇は後退せずに濃くなり、足場さえも覆っていった。
暗闇を照らすため、光の球を浮かべても、周囲は闇に吞み込まれて消えていく。
「光を奪う、だと……!?」
その瞬間、背後から殺気を感じた。アルタイルは反射的に剣を振りぬく。だが切り裂いたのは、影の分身だった。
「見えぬ闇を、どう斬る?」
闇の魔法使いの声が、闇のあちこちから響く。
アルタイルは一瞬息を呑んだが、その瞳には決意が宿っていた。
「ならば、この光で照らし尽くす!」
アルタイルは剣を地面に突き立て、両手を重ねる。剣先に光が集まり、次第に膨れ上がっていく。
「俺の光は、仲間と歩む道を照らすものだ! 決して闇になんか吞まれない!」
光が炸裂した。剣先から放たれた閃光は、闇の靄を切り裂き、影の分身を霧散させる。
「ぐぅぅ!」
闇の魔法使いが悲鳴を上げ、覆っていた闇が剥がれ落ちた。
アルタイルは一気に間合いを詰め、渾身の一撃を振り下ろす。光が走り、闇の魔法使いを真っ二つに裂いた。
闇は消え去り、残るのは荒れた大地と黒の結晶の淡い光だけ。荒い息を吐きながら、アルタイルは剣を握り直した。
最後の魔法使いが崩れ落ちると、闇の底に一瞬だけ静寂が訪れた。だがその静けさは、終わりではなく、何か別のものの前触れのようにも思えた。
スピカは胸に手を当て、熱を帯びた鼓動を確かめる。ベガは土塊の崩れた音に耳を澄ませ、プロキオンは未だ漂う風の残滓を手で払いのけていた。アルタイルは剣先から滴る雫を振り払い、仲間の無事を確かめるよう順に視線を巡らせる。
「……なんとか、切り抜けたな」
安堵の言葉が零れた瞬間、空気が変わった。
闇の大地の奥、闇に沈む岩陰から、一人の影が歩み出る。
足音はほとんど響かない。それにもかかわらず、存在そのものが場を圧するような気配を放っていた。
雪のように白い髪が闇を裂き、紅い瞳が一同を射抜く。長身の青年は細身ながらも無駄のない身体つきで、腰には双剣が下がっていた。
「随分と楽しそうじゃないか、地上の民よ」
低く冷ややかな声が、闇の空間を震わせる。
アルタイルは剣を構え直し、ベガは仲間を庇うように一歩前に出る。スピカは無意識に水の壁を張り、プロキオンがいつでも動けるように集中した。
その場にいた誰もが、青年が何者か、欠片を通して理解していた。
青年は、紅い瞳に揺らめく闇を宿したまま、皮肉げに口角を吊り上げる。
「――俺はシリウス。かつて地下に追いやられた闇の民の末裔にして、闇の欠片を持つ者。……貴様たちの存在は、我らの怨嗟を呼び覚ます」
闇の奥から冷風が吹き込み、彼の背中に広がる闇が生き物のように蠢いた。
シリウスが腰の双剣を抜いた瞬間、闇が波打つように広がった。刃そのものが闇を吸い込み、赤い残光を放っているかのようだった。
「行くぞ、地上の民よ」
言葉と同時に、シリウスの姿が消えた。
アルタイルは反射的に剣を横に払う。鋼が鋼を叩く甲高い音が響いた。目にも留まらぬ速さで繰り出される双剣の連撃を、アルタイルは必死に受け止める。
「なんて速さ……!」
スピカが息を呑む。
シリウスの動きは風のようでありながら、決して軽くはなかった。一撃一撃に、憎悪と怨嗟の重みがこもっている。
アルタイルは押し込まれながらも、光の刃を煌めかせて反撃した。眩い閃光が闇を切り裂き、一瞬だけシリウスを押し返す。
二人は跳ねるように距離を取り、互いを睨み合った。
「なるほど、これが地上の民か。束になれば、我ら一族を追いやることも可能であろうな」
シリウスは口の端を皮肉げに吊り上げた。
「一族を追いやった? 一体何の話だ?」
「……地上の民は自らの暗い歴史を忘れてしまったらしい。なんと愚かな」
アルタイルの問いに、シリウスは赤い瞳をぎらりと光らせた。
「光を掲げる貴様たちの祖先が先導し、地上の民たちは俺たち一族を地上から追い立てたのだ。その結果が、今のこの世界の歪みだ。――俺たちは忘れない。だからこそ、世界の崩壊を望むのだ」
アルタイルは剣に握る手に力を込めた。
「世界を壊す? お前は欠片の声を聞いたんだろう? それで救われる命があるというのか!?」
「……ふん。救われる命などない。だが、滅びは全ての者に平等だ。この歪んだ世界を立て直す機会なのだ」
シリウスの声は冷たい。しかし、揺るぎないものだった。
シリウスの返答に、アルタイルは剣を掲げ、深く息を吐いた。
「ならば俺はお前と戦うしかない。闇に呑まれる未来を拒むために」
光と闇が、再び衝突しようとしていた。
シリウスの双剣が残像を描きながら、アルタイルの胸を狙う。アルタイルは咄嗟に光を纏わせ、剣を盾代わりにして受けた。しかし衝撃が腕を痺れさせ、膝が地面に沈む。
「くっ……!」
追撃が迫る。赤い閃光のような剣が振り降ろされる。その瞬間、轟音とともに光の壁が割り込んだ。
「させるかっ!」
ベガが前に出て、火炎を噴き上げる。しかしシリウスは炎を恐れず、闇の刃で薙ぎ払った。火の粉が散り、闇の風が吹き荒れる。
「無駄だ。お前の火も、俺も闇に呑まれる」
シリウスは軽く笑い、逆手に構えた双剣をベガへと突き込む。ベガは防御に回るが、僅かに肩を裂かれ、血が飛んだ。
「ベガさん!」
スピカが水の壁を生み出して援護に入る。透明な水壁がシリウスの剣を弾くが、闇がじわじわと水を浸食し、壁はみるみるうちに黒ずんで崩れ落ちた。
「なんて力なの……っ」
スピカの声は恐怖に震えていた。
そこへ、プロキオンが土の槍を連続で繰り出す。地面から隆起した鋭い槍がシリウスを貫かんと迫るが、シリウスは舞うように身を翻し、一つ残らずかわしていく。その動きは、優雅ですらあった。
「遅い」
短く吐き捨て、シリウスは一閃、土の槍ごとプロキオンを吹き飛ばす。
仲間が次々と倒される光景に、アルタイルは歯を食いしばった。
「……これが、闇の英雄の力……っ」
シリウスは紅い瞳を細め、冷ややかに言い放つ。
「英雄? 違うな。俺はただの仇なす影だ。お前たちが背負ってきた光の歴史を葬り、この世界に混沌を招く者にすぎない」
アルタイルたちは必死に立ち上がるが、その姿は満身創痍。シリウスの存在が、彼らの力の限界を容赦なく突きつけていた。




