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星織が消えた世界で、俺たちはまだ戦う  作者: 秋乃 よなが
第五章 闇の国の試練

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第二十話 闇の英雄


 光と闇の戦いの中、先に動いたのは闇だった。


 闇の魔法使いが片手を掲げると、大地に張り付くような黒い靄が広がり、視界を飲み込んでいく。


「光を掲げる者よ。その輝きこそ偽りだ。我らの混沌(ケイオス)の闇に呑まれるがいい」


 低く響く声とともに、靄は形を変え、無数の黒刃となってアルタイルに迫った。


 アルタイルは光の剣を構え、踏み込みながら斬り払う。光が放たれ、闇の刃が次々と弾かれるたび、闇は後退せずに濃くなり、足場さえも覆っていった。


 暗闇を照らすため、光の球を浮かべても、周囲は闇に吞み込まれて消えていく。


「光を奪う、だと……!?」


 その瞬間、背後から殺気を感じた。アルタイルは反射的に剣を振りぬく。だが切り裂いたのは、影の分身だった。


「見えぬ闇を、どう斬る?」


 闇の魔法使いの声が、闇のあちこちから響く。


 アルタイルは一瞬息を呑んだが、その瞳には決意が宿っていた。


「ならば、この光で照らし尽くす!」


 アルタイルは剣を地面に突き立て、両手を重ねる。剣先に光が集まり、次第に膨れ上がっていく。


「俺の光は、仲間と歩む道を照らすものだ! 決して闇になんか吞まれない!」


 光が炸裂した。剣先から放たれた閃光は、闇の靄を切り裂き、影の分身を霧散させる。


「ぐぅぅ!」


 闇の魔法使いが悲鳴を上げ、覆っていた闇が剥がれ落ちた。


 アルタイルは一気に間合いを詰め、渾身の一撃を振り下ろす。光が走り、闇の魔法使いを真っ二つに裂いた。


 闇は消え去り、残るのは荒れた大地と黒の結晶の淡い光だけ。荒い息を吐きながら、アルタイルは剣を握り直した。


 最後の魔法使いが崩れ落ちると、闇の底に一瞬だけ静寂が訪れた。だがその静けさは、終わりではなく、何か別のものの前触れのようにも思えた。


 スピカは胸に手を当て、熱を帯びた鼓動を確かめる。ベガは土塊(どかい)の崩れた音に耳を澄ませ、プロキオンは未だ漂う風の残滓を手で払いのけていた。アルタイルは剣先から滴る雫を振り払い、仲間の無事を確かめるよう順に視線を巡らせる。


「……なんとか、切り抜けたな」


 安堵の言葉が零れた瞬間、空気が変わった。


 闇の大地の奥、闇に沈む岩陰から、一人の影が歩み出る。


 足音はほとんど響かない。それにもかかわらず、存在そのものが場を圧するような気配を放っていた。


 雪のように白い髪が闇を裂き、紅い瞳が一同を射抜く。長身の青年は細身ながらも無駄のない身体つきで、腰には双剣が下がっていた。


「随分と楽しそうじゃないか、地上の民よ」


 低く冷ややかな声が、闇の空間を震わせる。


 アルタイルは剣を構え直し、ベガは仲間を庇うように一歩前に出る。スピカは無意識に水の壁を張り、プロキオンがいつでも動けるように集中した。


 その場にいた誰もが、青年が何者か、欠片を通して理解していた。


 青年は、紅い瞳に揺らめく闇を宿したまま、皮肉げに口角を吊り上げる。


「――俺はシリウス。かつて地下に追いやられた闇の民の末裔にして、闇の欠片を持つ者。……貴様たちの存在は、我らの怨嗟(えんさ)を呼び覚ます」


 闇の奥から冷風が吹き込み、彼の背中に広がる闇が生き物のように蠢いた。


 シリウスが腰の双剣を抜いた瞬間、闇が波打つように広がった。刃そのものが闇を吸い込み、赤い残光を放っているかのようだった。


「行くぞ、地上の民よ」


 言葉と同時に、シリウスの姿が消えた。


 アルタイルは反射的に剣を横に払う。鋼が鋼を叩く甲高い音が響いた。目にも留まらぬ速さで繰り出される双剣の連撃を、アルタイルは必死に受け止める。


「なんて速さ……!」


 スピカが息を呑む。


 シリウスの動きは風のようでありながら、決して軽くはなかった。一撃一撃に、憎悪と怨嗟の重みがこもっている。


 アルタイルは押し込まれながらも、光の刃を煌めかせて反撃した。眩い閃光が闇を切り裂き、一瞬だけシリウスを押し返す。


 二人は跳ねるように距離を取り、互いを睨み合った。


「なるほど、これが地上の民か。束になれば、我ら一族を追いやることも可能であろうな」


 シリウスは口の端を皮肉げに吊り上げた。


「一族を追いやった? 一体何の話だ?」


「……地上の民は自らの暗い歴史を忘れてしまったらしい。なんと愚かな」


 アルタイルの問いに、シリウスは赤い瞳をぎらりと光らせた。


「光を掲げる貴様たちの祖先が先導し、地上の民たちは俺たち一族を地上から追い立てたのだ。その結果が、今のこの世界の歪みだ。――俺たちは忘れない。だからこそ、世界の崩壊を望むのだ」


 アルタイルは剣に握る手に力を込めた。


「世界を壊す? お前は欠片の声を聞いたんだろう? それで救われる命があるというのか!?」


「……ふん。救われる命などない。だが、滅びは全ての者に平等だ。この歪んだ世界を立て直す機会なのだ」


 シリウスの声は冷たい。しかし、揺るぎないものだった。


 シリウスの返答に、アルタイルは剣を掲げ、深く息を吐いた。


「ならば俺はお前と戦うしかない。闇に呑まれる未来を拒むために」


 光と闇が、再び衝突しようとしていた。


 シリウスの双剣が残像を描きながら、アルタイルの胸を狙う。アルタイルは咄嗟に光を纏わせ、剣を盾代わりにして受けた。しかし衝撃が腕を痺れさせ、膝が地面に沈む。


「くっ……!」


 追撃が迫る。赤い閃光のような剣が振り降ろされる。その瞬間、轟音とともに光の壁が割り込んだ。


「させるかっ!」


 ベガが前に出て、火炎を噴き上げる。しかしシリウスは炎を恐れず、闇の刃で薙ぎ払った。火の粉が散り、闇の風が吹き荒れる。


「無駄だ。お前の火も、俺も闇に呑まれる」


 シリウスは軽く笑い、逆手に構えた双剣をベガへと突き込む。ベガは防御に回るが、僅かに肩を裂かれ、血が飛んだ。


「ベガさん!」


 スピカが水の壁を生み出して援護に入る。透明な水壁がシリウスの剣を弾くが、闇がじわじわと水を浸食し、壁はみるみるうちに黒ずんで崩れ落ちた。


「なんて力なの……っ」


 スピカの声は恐怖に震えていた。


 そこへ、プロキオンが土の槍を連続で繰り出す。地面から隆起した鋭い槍がシリウスを貫かんと迫るが、シリウスは舞うように身を翻し、一つ残らずかわしていく。その動きは、優雅ですらあった。


「遅い」


 短く吐き捨て、シリウスは一閃、土の槍ごとプロキオンを吹き飛ばす。


 仲間が次々と倒される光景に、アルタイルは歯を食いしばった。


「……これが、闇の英雄の力……っ」


 シリウスは紅い瞳を細め、冷ややかに言い放つ。


「英雄? 違うな。俺はただの仇なす影だ。お前たちが背負ってきた光の歴史を葬り、この世界に混沌を招く者にすぎない」


 アルタイルたちは必死に立ち上がるが、その姿は満身創痍。シリウスの存在が、彼らの力の限界を容赦なく突きつけていた。


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