第十八話 奈落の底にて
冷たい風が、大穴の縁から吹き上がってきた。下へ行こうとするアルタイルたちを拒むかのように、どこか湿った匂いを含んだ空気が頬を打つ。
アルタイルは足元の漆黒を眺めて、深呼吸を一つした。
見下ろしても闇しかない。その底が本当に実在するのかさえ疑わしくなるほどの漆黒だ。
「……行こう」
短く言った声は、なぜか自分の耳にも小さく聞こえた。
アルタイルは手をかざし、光の球を浮かべた。プロキオンが最初の階段を作り出す。四人はゆっくりと降下を始めた。
ただ大穴を降りる。その単純な行為が、今は命を懸けた冒険のように思えた。
アルタイルの光が照らし出すのは、ほんの数歩先の足場だけだった。プロキオンの粗削りの階段を進み、スピカの水の坂道を下る。
「道は水で作っていますが、滑ったりしないので安心して進んでください」
アルタイルたちが進むたびに後ろの足場は崩れていく。それが魔力を温存するために意図的にやっていることと分かっていても、今すぐ自分たちの足場が崩れ落ちていくような恐怖感に見舞われた。
アルタイルの光とベガの火が届くのは、ほんの狭い範囲だけ。その外は、漆黒の闇が支配していた。
螺旋を描いて降りているはずなのに、ただ果てしなく沈んでいるような感覚に襲われ、アルタイルは唾を飲み込んだ。
スピカとプロキオンが交互に足場を作り、アルタイルとベガが光と火で照らしながら、四人は降りていく。
「……聞こえる?」
しばらくするとスピカが足を止め、小声で囁いた。
耳を澄ますと、低いうなりのような音があった。風が壁を這う音に似ていたが、どこか、地の底から響いている声のようにも思えた。
「……気にするな。風の音だ」
プロキオンの声は固く、それ以上の会話は途絶えた。
一つ、また一つと足場を組み、四人は果てしなく続く漆黒を進む。どれほど降りただろうか。感覚さえも狂い、時間が伸び縮みするようだった。
やがて冷気はさらに濃くなり、闇の底に淡い光がぼんやりと浮かんでいるのが見えた。
「……底、か」
アルタイルが息を吐く。最後の足場を作り、彼らは闇の底へと降り立った。
地の底に辿り着いた瞬間から、世界は別物になっていた。
ところどころに岩盤の大地から突出した黒い結晶は、月光のように淡く光を放っている。だがその光は弱々しく、闇を払うにはほど遠い。むしろ周囲をさらに歪め、不気味な影を揺らめかせていた。
空を見上げれば、太陽もなく、星織の光もなく、ただ重く沈む闇が覆い尽くしている。
そのとき、誰もが無言で互いを見やった。言葉はいらなかった。この地に立っただけで、世界が違うのだと直感できたからだ。
――ここが闇の国、なのだと。
「まずは闇の都を探そう」
アルタイルの掛け声で、探索を始めようとしたその瞬間だった。
カツン、と乾いた岩を踏む音が闇の奥から響いてきた。何かがこちらへ近づいている。
アルタイルたちが反射的に武器を構えると、薄暗い結晶の光に照らされて、紫ローブたちが闇の中から姿を現した。
「……やはりここまで来たか」
四人。先ほどとは別の一団だろう。だが、その目に宿る狂気は同じだった。
「さっきやられた連中の仲間か?」
「仲間? ははっ、我らは一つ。混沌の導きにより、死もまた解放だ」
ベガの問いに、紫ローブたちは笑った。
その次の瞬間、紫ローブの一人が放った火魔法がアルタイルたちへと襲い掛かる。彼らは再び、戦いへと身を投じるのであった。




