17 ホームズさんのような名探偵になるには、どうすればいいのですか?
あれから、1ヶ月程経ったが、ベーカー街イレギュラーズの、
「モリアーティを発見した」
という報告はなかった。ホームズさんは、わたしたちの時代では、『唇のねじれた男』と呼ばれている事件を扱っているようだが、事件のことは、相変わらず、わたしたちには、一言も口にせず、数日間、221Bを空けることもあった。
ある夜、ワトソンさんと真司、それにわたしは、ホームズさんの奏でるバイオリンの曲に酔いしれていた。ホームズさんは手を止めるといった。
「アサコ、シンジ、君たちは、100年以上も昔のこの時代にやって来たが、目的は、ただ、単に、私に会いに来たというだけなのかい? 私は探偵だ。何か聞きたいことがあったのではないのかね?」
わたしたちは、ただ単に、
ホームズさんに会いたい!
ただ、それだけの理由で、この時代のロンドンにやって来たのだった。
「あの、わたしたちは、ホームズさんに会ってみたかったから、来ただけなんです。何の依頼もないのに、ごめんなさい」
「いや、あやまることはないんだよ。君たちは、正直だ。それに、依頼なら、もう受けている。《タイム自転車盗難事件》だ。私の調査だと、もうすぐ解決するだろう」
「本当ですか!」
わたしたちは歓声を上げた。
「ああ、私の調査が正しければ、奴はもうすぐ戻ってくる」
「いつ頃になりますか?」
「2、3日のうちだな。早ければ、明日の夜にでも……。タイム自転車を取り戻したら、君たちは、すぐに未来に帰った方がいい。ロンドンにいると、あのモリアーティのことだから、手先を使って、また、タイム自転車を奪いにくるだろう」
「そうですね。そうすると、僕たちが、ベーカー街にいられるのは、あと少しなのですね。1つ質問してもいいですか?」
真司がまじめな顔をしていった。
「いいとも、何だね?」
ホームズさんが訊きかえした。
「あの、ホームズさんのような名探偵になるには、どうすればいいのですか? 僕、ワトソンさんが書いたホームズの本をすべて読みましたが、まだ、よく分からなくって……」
「探偵になるには、いろいろな知識と観察力が必要さ。私が書いた『生命の書』は、知っているかね?」
「はい、ロウリンストン・ガーデン事件、つまり、僕らの時代では『緋色の研究』と呼ばれているものの中に書かれてありましたので、知っています」
「ならば、話が早い。まずは、一目見て他人の経歴職業が分かるようになるくらいに観察力をつけることだ。その次にすることは分かるかね?」
「精神面の研究とありましたけど……」
「そう、事件には人が絡んでいる。人の心を知ることさ。良い心も悪い心もね。それを知るには、まず、自分の心をじっくり観察してみることさ。自分の中の良い心ばかりに目を向けるのではなく、たまには、悪い心も冷静に見つめなければね。
つらいことかも知れないが、いろいろな心を知ることが、事件解決の早道になる。
話はそれるが、すべての人間は、良い心も悪い心も両方持っている。どのくらいの人間がそのことに気づいているのか知れないが、本当にそのことに気づいている人は少ないと思うが。
その証拠に、人間は何だかんだ理由をつけて、他人を非難するのが好きだろう。
人間は、神のように完璧な存在ではない。一歩でも神に近づけるように善い行いをするのも大切なことだが、欠点も大目に見て、相手を理解する寛大な心を持てるようにするのも大切なことなんだよ。
もし、誰もが、自分にも悪いところが1つや2つあるものだと自覚していたら、この世の中の罵詈雑言は、うんと減ると思うんだがね。
こういう私も、スコットランドヤードの連中には、イライラするのだが。
ああ、ワトソン、私には、前途ある若者に、道徳的なことを諭す資格なんてないな。
ともかく、人間なんてものは、心の中まで割ってみると、もともと、矛盾しているものなんだ。
そのくせ、他人には、純粋なものを求めようとする、不可解な生き物だ。
矛盾しているのは仕方がないこともあるが、大切なのは、それを優秀な知性と頭脳と理性で、どこまで矛盾をなくしていくことができるかということなのだ。
そうでなければ、社会の秩序は保たれない。そうだろう、ワトソン?」
「いや、私は、少し違う。愛情というものを信じるよ、ホームズ」
「愛情ね……」
ホームズさんは、鼻息をもらした。わたしは、ホームズさんがいった最後の方の言葉の意味がよく分からなかったが、
「アサコ、早く寝なさい」
とハドソン夫人に呼ばれたので、階下へ降りて行った。ワトソンさんも一緒に部屋を出た。
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