16 ベーカー街イレギュラーズ
わたしたちが、ベーカー街221Bに戻って、1時間後、ぼろを着て、髪をかき乱した浮浪少年たちが、どやどやなだれ込んで来た。
ベーカー街イレギュラーズの面々だ。ケンブリッジからの帰りに、ホームズさんが電報を打ったので、やって来たのだ。
ベーカー街イレギュラーズは、『緋色の研究』や『四つの署名』の事件で大活躍するのであったが、今会えるなんて、思ってもみなかった。
彼らの身なりは粗末だが、表情は、わたしたち20X△年の子供たちより、いきいきしていた。彼らは、ホームズさんの部屋に入ると、1列に整列した。
「この写真の男を見かけたら、私に報告してくれ」
といって、ホームズさんは、モリアーティが写ったポラロイド写真を見せた。写真はよく写っていた。モリアーティは、白い額が丸く突き出て、両眼は深く落ち窪んでいる。きれいにひげをそっていて、顔色は青白かった。
今まで、タイムトリップしていなかったということは、徹夜で、タイム自転車を分析していたのだろう。モリアーティは、そういう表情で、猫背で写っていた。
イレギュラーズたちの関心は、モリアーティよりも、ポラロイド写真に集まった。みんなは口々にこういった。
「この写真、変わっている! 新型の写真機でもできたんですか?」
「まあ、そんなところだ。トリニティ大学で開発中の新型の写真機で写したものだ」
とホームズさんは、うまくごまかし、わたしたちが未来からやってきたことはいわなかった。
「とにかく、この男は必ず、ビッグベンの下に現れる。今日から、交代で見張ってくれたまえ。これは今日の駄賃だ」
とホームズさんがみんなに1シリングずつ渡すと、みんなは、がやがやと出て行った。
最後の少年が出て行こうとすると、ホームズさんは、
「ウィキンズ、待ちたまえ」
と声をかけた。
彼が、ウィキンズ少年か。
少年は、つぎのあたった茶色のツバのある帽子を被り、しわしわのベージュ色のシャツに、薄汚れたこげ茶色のつりズボンをはいている。年は、わたしたちと同い年くらいで、目は大きいがするどい光を放ち、イレギュラーズの中では、1番しっかりしていそうだ。
「何ですか、ホームズさん?」
ウィキンズ少年が訊ねた。
「君は、似顔絵が得意だったね。さっそく、この写真の男を、君たちの人数分、描いてくれないかね。この男が現れるまで、何日かかるか分からないからね。その間に君たちが、この男の顔を忘れてしまっては困る。そのために、この男の似顔絵をみんなに持っていてもらいたいのだ。駄賃ははずむよ」
と、ホームズさんは、もう10シリング、ウィキンズ少年に渡した。
「おやすい御用で」
ウィキンズ少年は、さらさらと描き始めた。彼の描いた似顔絵は、写真そっくりだった。少年は、人数分描き上げると、ベーカー街221Bを出て行った。
わたしは、お金のことが気になった。わたしたちに起こったトラブルなのに、ホームズさんが彼らに駄賃を払っている。
「あの、ホームズさん、この事件の報酬は、わたしたち、どうやって払えばいいんですか?」
わたしがいうと、真司もいった。
「僕たち、ホームズさんにたくさんのお金を使わせたりして……」
「何だ、君たち、そんなことを心配しているのかね。大丈夫、報酬は、君たちの事件そのものさ。君たちのおかげで、私の宿敵になりかねない男の写真も撮れたことだし、むしろ、感謝したいくらいだ」
わたしたちは、ホームズさんにそういわれて、何だか申し訳ない気持ちになったので、せめて、ハドソン夫人の家事手伝いをしようと思った。
わたしたちに返せることは、それくらいだった。今まで、お客さん気分でいたのが、急にはずかしくなった。
次の日から、わたしと真司は、部屋中のそうじと窓拭きをした。これは、やっとのことで、ハドソン夫人からもらった仕事だった。
ハドソン夫人は、
「アサコとシンジは、ホームズさんの大切なお客様です」
といい張って、中々仕事を与えてくれなかったが、わたしたちが土下座をしたので、渋々この仕事を与えてくれたのだった。
そうじを始めてみると、221Bは広いので大変だった。ハドソン夫人は、毎日、1人でそれをこなし、下宿人たちに3度の食事を作り、3時のお茶の用意までしているのだ。
ハドソン夫人は超人だと、わたしたちは思ったのだった。




