5 真司からの電話
20X△年、10月XX日、わたし、二宮麻子はその日も心が重かった。
「来ないで~、頭がいいなら分かってよ!」
と仁川君に憎々しくいった言葉が、あれからずっと頭から離れなかった。
どうしてあんなことをいってしまったんだろう。
仁川君はいつも親しい言葉をかけてくれたのに、わたしはどうしてあんなひどいことしかいえないの?
綾乃に言われたひどい言葉よりも、自分が仁川君にいったひどい言葉に、わたしは傷ついていた。
本当は、仁川君が追いかけてきてくれて嬉しかったんじゃないの。
それなのに、わたしは、わたしに悪意を持つ綾乃たちの目が気になる。
悪意を持つ人より、親切にしてくれる人を大切にしなければならないのに。
どうして、わたしはこんなになっちゃうんだろう……。
わたしは綾乃たちが怖いんだ。
こんなわたし、大嫌い。
ロンドンや東京にいたころは、女子や男子とも友だちでいられたのに……。
プルルル……、プルルル……
階下から電話の音がしてくる。今、家にはわたし以外誰もいない。
わたしは慌てて階段をかけ下り、受話器を取った。
「はい、二宮です」
「あの、俺、いや、僕は、麻子さんと同じ中学の仁川真司という者ですが、麻子さんはいらっしゃいますか?」
仁川君だ。いつもと違う丁寧なしゃべり方、何だか別人みたい。
でも、わたしに電話なんてどういうことなの?
それに、電話番号なんて教えていない。
あっ、そうか、学生名簿があったんだ。
「あの、わたしだけど……」
「何だ、おまえ、声が全然違うじゃないか」
「あら、お互い様よ、仁川君だって……」
「あのなあ、俺はなあ、礼儀をわきまえただけだ。そんなことより、おまえ、この前、いっただろう、『頭がいいなら分かってよ!』って。俺、頭がいいかどうか分からないけど……」
「そのことなら、ごめんなさい。わたし……」
わたしは何ていったらいいのか分からなかった。
「あやまるのは俺の方だよ。二宮のおかれた状況、何も分からなくって。でも、分かったんだよ、俺」
「分かったって、どういうこと?」
「その、つまり、俺たち男子が二宮に話かけると、女子に何されるか分からないんだろう?」
「ええ、まあ」
仁川君ってどういう人なの? こんなことでどうしてわざわざ電話してくるの?わたしのことなんて、みんな放ったらかしにしているのに……
「だから、学校じゃあ話せないと思って電話したんだ」
わたしに気を使ってくれているの?
「実はこの前、二宮に見てもらいたいものがあったんだ」
「見てもらいたいもの?」
「二宮は気づかなかったのか? あの『シャーロック・ホームズの冒険』にはさまれていた紙切れのこと」
「ええ、あの日、わたしは、冒頭の『ボヘミアの醜聞』しか読まなかったから……」
「あっ、そうだったっけ。その時は紙切れだったんだけど、今はちがう」
「何なの?」
「う~ん、二宮を驚かせたいから今はいえない。おまえん家、桜広場の近くだろう。今から出て来られないか?」
「今から……、うん、いいけど」
「やった、絶対驚くぜ! 今からすぐ来いよ」
というと、仁川君はガチャンと電話を切った。
読んでいただき、ありがとうございます。
今は、中学生もスマホを持っているのかも知れないですが、この物語の時代は、子どもたちには、携帯もスマホもまだあまり普及していない頃の話です。
子どもたちは、友だちの家に電話する時に、親など、家族への対応もできていたのだと思います。




