煩悩の数
「お二人とも、ご覧ください。こちらが特殊即応派遣官の本拠地……『屯所』です」
「ここが……まさかオレが『特派』に務める事になるとはな」
「ふーん? 落ち着いた感じの、いい場所じゃない」
「キリリスさんが色々と手を加えた様ですね。異世界の『お寺』と呼ばれる施設に酷似しています」
「なるほど。道理で狐の匂いがすると思ったんだ」
「匂い? ……特に何の匂いもしない――って狼? なんでそんなに距離を取るのよ?」
「い、いや……何でもない」
「顔が引きつってるわよ? どっか体調でも悪いんじゃ――」
「ち、近付かないでくれ!」
「っ……なによ! 私がせっかく心配してやってるのに!」
「……そうやってオレの体に触れるつもりなんだろう⁉︎ カ、カリン様にしたみたいに!」
「は? クソ吸血鬼に――ちょ、ちょっと待ちなさい! 狼、あんた何を聞いたの⁉︎」
「カリン様が言っていたぞ……『夜這いを掛けられて、寝ている間に体を弄ばれた』と!」
「こっちは寝ている間に殺されそうになったのよ⁉︎ 夜這いどころか夜襲を仕掛けられてんのよ⁉︎」
「トゥアエさん。溜まっているのでしたら、私がお相手を務めさせていただきますが?」
「違うって言ってんでしょ⁉︎ あんた達と一緒にしないで!」
ふむ、照れ隠しでしょうか? トゥアエさんは素直ではありませんからね。
ここで退いては『なんであの時押し倒してくれなかったのよ⁉︎』と、後々問い詰められるのが目に浮かぶ様です……
そうですね。キリリスさんもまだ到着していませんし、どうです? そこの木陰で休憩でもしませんか? 聖力の補充も必要でしょう?
「ま、待ちなさい! 本当に違うの! この件に関して、私は被害者で――」
「む……来たぞ。ご主人様」
「お預けですか……残念ですね」
「おや、何が残念なのでありんすか? フィオ坊」
「ちょっとした戯れです。キリリスさん」
「冗談じゃないわよ……戯れで私の評判を落とさないで」
「ち、近付かないでくれ!」
「もういいでしょ⁉︎ あんた本気にしてんじゃないでしょうね⁉︎」
「そこの……め、『めいど』で遊んでいたのでありんすね?」
「っ……」
「ふふ……わちきの事を“可愛い”だなんて、照れるでありんす」
「や、やっぱり本気じゃないか⁉︎ 気を付けろ狐! このトゥアエは同性愛――」
「違うから⁉︎ ちょっと無理して横文字使おうとしてたから、その……ね⁉︎」
「ウル? フィオ坊が天界に生まれるまで、同性愛は珍しくなかったのでありんすよ?」
「その通りです。私が誕生した事で、ようやく天界にも秩序が生まれたのですよ?」
「いや、だからと言って……オレはご主人様以外としたくない……」
「ウル……どうです? そこの木陰で休憩でも――」
「やーめーてー! 私を出しに盛り上がらないで!」
「ふふっ……フィオ坊達はいつも賑やかでありんすね」
ふぅ……キリリスさんの素敵な笑顔も見れた所で、一度心を落ち着かせましょう。
ここでするのも何ですからね。どうせなら『屯所』の中……布団の上、というのも乙なものでしょう。
施設の案内をお願いできますか? キリリスさん。
「ふふっ……」
「キリリスさん?」
「おや、フィオ坊。なんでございんしょう?」
「いえ……施設の案内をお願いしたいのですが」
「ああ、気付かずに申し訳ありんせん……では、わちき自ら案内をいたしんしょう」
《なぁ、ご主人様?》
《ええ、ウルの言いたい事は分かります。キリリスさんは私の心を読めていません》
《とうとう完全耐性を獲得したか!》
《まだ“完全”かどうかは判断できませんが……この前の【操心の魔眼】克服が効いているのは間違いありませんね》
《長かったな……だが、狐が味方になってから耐性を獲得しても、あまり意味が無いぞ?》
《そうでしょうか? 私は非常に良いタイミングだと思いますよ?》
《ああ……裏切らない様、調教するのか》
《そんなまさか。ウルではありませんし》
《ど、どういう事だ? オレは裏切ったりしないぞ⁉︎ これでもご主人様一筋で――》
「あんた達は本当に仲が良いわね……ずっとイチャイチャして」
「なっ⁉︎ き、聞いていたのか⁉︎」
「トゥアエさんも参加したらどうです? 私は三人でも構いません」
「はぁ……天狐が待ってるわよ? 行かなくていいの?」
リン、リン――
「ふふっ……こちらでありんすよ?」
そうでしたね、興味が次から次へと移ってしまうのは私の悪い癖です。
飽きっぽいとはまた違うのですが……何でしょうか? 真新しいものを見掛けると、ついつい目で追ってしまうのです。
そんな私の視線は今、キリリスさんの揺れる尻尾に夢中です。キリリスさん……尻尾の鈴を新調しましたね?
心境の変化――まさか、私のものとなった証に? なんと甲斐甲斐しいのでしょう……ここまで尽くされては、礼をせずにいられませんね。
「ここが玄関口で――んっ、履物を脱いで上が――あぁんっ」
「良い尻尾です。手触り、舌触り共に最高級ですね」
「履物を脱ぐのか……なるほど。だからご主人様は裸足で来たのだな」
「どっち⁉︎ 私はどっちに突っ込めばいいのよ⁉︎ 狼までボケに回るのはやめない⁉︎」
「廊下を進んで、右手側が待機室に――あっ……あぁっ」
「私を舐めていた姉さんも、こんな心境だったのでしょうか? やめられませんね」
「む、開かないぞ? 鍵が掛かっているのか……」
「……引き戸よ。狼、横に動かしてみなさい」
「あっ、はぁ……ひ、左手側は中庭の見える表座敷に――んんんっ」
「ふむ、ここですか。ここが良いのですね?」
「おお! 開いたぞ! やるな……トゥアエ」
「こ、このくらい当然よ! それと、私とか狼は立ったまま襖を開けないほうがいいわね。跪座するのよ!」
「はぁ……はぁ……突き当たり、奥座敷……んくぅ⁉︎」
「尻尾だけだと油断しましたね? 胸元がお留守ですよ」
「キザ? キザとはなんだ?」
「こうやって……両足を爪立てて座るの。後で教えてあげるわ! 座敷には作法があるのよ!」
「あぅ……も、だめ……寝室は、右奥――」
「参ります」
「「参るな‼︎」」
ふむ、この家屋に夢中になっているのかと思いきや……寝室行きは止められてしまいましたか。
しかし、既にキリリスさんは私の手中。この蕩けきった狐さんをそのままにはしておけません……強行します。
キリリスさんを抱えていようと、速度では私が一番上……二人が追い付くまでに事を済ませるのも容易いでしょう。
「いざっ!」
「ちっ、狼! 寝室は右奥よ! クソ主人の右側を塞ぎなさい!」
「……トゥアエは何もしないのか⁉︎ ここは協力して止める場面だぞ⁉︎」
「嫌よ⁉︎ こんな事で聖力を使いたく無いの! ほ、補充するのがどれだけ恥ずかしいと思って――」
「私の最速は――音すら置き去りにします」
「くっ!【影縫い】」
「っ⁉︎ やるじゃない! 狼!」
「昇華した【影縫い】ですか……後で名前を決めましょうね?」
「な、なぜ動ける⁉︎」
「私は言いました。“最速”だと……つまり、本気です」
「はぁ⁉︎ クソ主人の本気に、この建物が耐えられるわけ無いじゃない!」
「因みにこちらの私、残像ですので」
「ま、不味い⁉︎ 時間を稼がれたぞ⁉︎」
「ちっ、寝室へ行くわよ! 何としてもクソ主人を止めなくちゃ……私が吸血鬼に殺されるわ⁉︎」
「そんな事よりも、狐を堕としきる方が不味い! ご主人様も分かっているとは思うが……」
「そんな事ってなによ⁉︎ こんな可憐な美少女メイドが、殺されてもいいって――」
「……」
「はぁ……はぁ……」
「ふむ……」
どうやら、上手く騙せた様ですね。トゥアエさんに“建物が耐えられない”と言われた時には、少し冷やっとしましたが……見事、ウルが足を引っ張ってくれました。
さて、私が二人を撒いたのはキリリスさんと懇ろになる為――ではありません。それは断腸の思いで諦めました。
こちらにあります表座敷。キリリスさんが手を加えた時点で、あると思っていましたが……《幽界渡り》が仕掛けられていますね?
恐らく何かが隠されているのでしょう……私が破っても構いませんが、ここはキリリスさんに開けていただけないでしょうか?
「は、うぅ……フィ、フィオ坊?」
「おっと、そうでした。キリリスさん? こちらの《幽界渡り》ですが――」
「ああ、やはり気付かれてしまいんしたか。ふふ……『さぷらいず』は失敗でありんすね」
「いやはや、流石の術式精度です。私でなければ、気付くのにもかなりの時間を要するでしょう」
「もう……気付かれてしまっては意味がありんせん。ささ、どうぞ? 開けておくんなし?」
「良いのですか? では……失礼します」
襖を開けると――おお、中庭を一望できる良いお座敷ですね。
中庭の……あそこに見える釣鐘は『特派の鐘』ですか? 私の在任中、一度も鳴らなかった記憶があります。いや、あんなに大きな鐘だったでしょうか?
お座敷の畳も良い感じです。張替えたばかりなのでしょうか? い草の香りが一杯に広がって――ふむ?
私は気付いてしまいました。布団が敷いてありますね……なるほど。
「キリリスさん。そういう事ですか?」
「ふふ……幽界なら、誰にもバレないでありんしょう?」
「この背徳感……堪りませんね。いただきます」
「カリン嬢にもやっと許可を――ぁんっ……こ、こら! フィオ坊⁉︎ わちきと致すのではありんせんよ⁉︎」
「なんと? それでは私一人で――」
「あらあら?……キリー、もう戻ったの? フィオ坊ちゃんが来るって――こほっ⁉︎」
「ああっ、マリー? 無理に起きてはダメでありんす。横になっていなくては――」
「で、でも……この気配はフィオ坊ちゃんの――こほっ⁉︎」
「落ち着いておくんなし? フィオ坊にはマリーの治療に来て貰いんした」
「わ、わっちの治療に? いくらフィオ坊ちゃんでも、それは――こほっ」
「心配いりんせん。今回は確実でありんす……【経験】を使うのでありんすから」
「【経験】を……使う? キリー、一体何を言って――」
「フィオ坊に注ぎ込んで貰うのでありんす」
「こほぉ⁉︎」
なるほど。私のお相手はキリリスさんの使徒、マリベルさん――いえ、改名されてマリーさんでしたか。
確かマリーさんの種族は地狐……キリリスさんの天狐と対を成す種族でしたね? そんな彼女がなぜ、床に伏せているのでしょうか?
地狐と言えばその頑強さが売りのはず……これは何かありますね。厄介事の匂いがプンプンしますが――関係ありません。
布団、そして女体を前にして私がする事はただ一つ……フィオドール、脱ぎます。
これは治療ですから。決してやましい気持ちなどありません。その証拠に……『特派の鐘』も鳴っていませ――
ゴーン――
意外と低い音を奏でるのですね? 初めて聴きました……また鳴りそうです。




