鐘が鳴るなり
「キリリスさん、説明していただけますか?」
「説明と言うと……マリーの方でありんすか? それとも『特派の鐘』が気になりんす?」
心の中では“マリーさんの方”一択です。しかし、あまりがっついても印象が良くありませんからね。
そして、先程は上体を起こしてくれたマリーさんですが……今は掛け布団を頭まで被り、可愛らしい狐耳だけが覗いています。
私の返答が気になっているのでしょうか……狐耳はこちらを向いたまま、ピクリとも動きません。
ふふ、ご安心ください。一体ナニ――失礼。何を注ぎ込むのか知りませんが、私は役割を果たして見せますとも。
ゴーン――
「そうですね。鐘も気になりますが、やはり私の何を注ぎ込むのかが――」
ゴーン――
「……鐘の説明からお願いします」
「ふふっ……承りんした。あの『特派の鐘』は、天界で発生した邪念を察知して鳴るのでありんす」
「邪念、ですか? ……こう言っては何ですが、私は他の方よりも欲が深いです。今だってマリーさんと合体でき――」
ゴーン――
「ふふっ、鳴りんす」
「……ふむ? キリリスさんと一晩中――」
ゴーン――
「鳴りんすっ」
「これだけの頻度で鳴っていたのですか……いえ、お待ちください。私が以前『特派』に居た時には鳴りませんでした」
「ふふ……その頃のフィオ坊は純真だったのでありんすね」
純真ですか……私に純真だった頃が無いとは言いませんが、ごく短期間の話です。
『特派』で働いていた時は、どうにかしてローブの下を透かし見れないか、苦心していたのを覚えています。
あの頃の私は若かったですね……中の果実ばかりを気にして、外からの美しさに見向きもしませんでした。
キリリスさんの着物もそうです。開いた胸元に目が吸い寄せられてしまいがちですが、あの胸を支えている着物だって――おや? ……鳴りませんね?
「これはセーフなのですか」
「ふふ……何を考えていたのでありんしょう?」
「キリリスさんの開いた胸元、美しい着物について考えていました」
「わ、わちきの? ふふっ……照れてしまいんす」
「これは邪念では無いのでしょうか? もしや、キリリスさんと致す事を鐘が許し――」
ゴーン――
「鳴りんすっ」
「……分かりました。キリリスさんの胸を揉みたい」
「ふふっ」
「……鳴りませんね?」
「はい、鳴りんせん」
「キリリスさんの尻尾を舐めたい」
「ふふ……鳴りんせん」
なるほど。本番でなければ良いのですね……お触りは許されても、入れてしまうのは天使的にNGなのでしょうか?
いえ、天界の女性が穢れなき存在と言うのは過去の話です。今や全ての天使が私と結ばれたがっているはず……この鐘は邪魔ですね。
いずれ天界総ハーレムが実現すれば、この鐘は鳴りっぱなしになってしまいます。そうなる前に壊してしまいましょうか……
「こほっ……キリー? フィオ坊ちゃんにも《登録》させてあげて?」
「ふむ? 《登録》……ああ、聖力の登録ですか」
「勿論でありんす。ここで働く者は皆、鐘に自分の聖力を記憶させるのでありんすよ?」
「以前の私も登録したのでしょうか……覚えていませんね」
「ふふ……適度にものを忘れるのが、長生きの秘訣でありんす」
「こほっ……キリーはもうおばあちゃ――」
「マリー? そろそろ掛け布団から顔を出しなんし? ……ほれ!」
「あっ⁉︎ やぁああ! やめ――こほっ、キリー⁉︎ お布団返して⁉︎」
おや、ここに来てマリーさんの全身を視姦する好機……これも診療目的ですからね。
このフィオドール、医療行為に手は抜きません。フィオドール・アイ……開眼です。
まずは先程からこちらを窺っていた狐耳ですが、今は力無く伏せてしまっています。恥じらい、又は怯えといった仕草でしょうか?
次に髪、以前は太陽を思わせる黄金色でしたが――なるほど、病に伏せているのは本当の様ですね? ほんの少しですが、色がくすんで見えます。
それでも尚、おっとりとした大人の雰囲気を漂わせる顔付きに、綺麗な鳶色の瞳が――瞳が?
「み、見ないで? フィオ坊ちゃん……わっちは今――」
「聖眼の制御に失敗しておりんす。マリーは今、目が見えておりんせん」
「なんと……こんな言い方は失礼ですが、キリリスさんが付いていながら何故?」
「もう、わちきの聖力や宝具ではどうにも出来ないのでありんす……これまで騙し騙しやって来んしたが、マリーの聖眼は強くなるばかり。せめて天使になれていたら――」
「ううん、いいの。気にしないで? キリー……わっちは十分生きたよ。むしろ長生きし過ぎたくらい」
「……このままでは保って数年。マリーが良くても、わちきが諦め切れないのでありんす」
「こほっ、キリーは寂しがり屋だから……ちゃんと構ってあげてね? フィオ坊ちゃん?」
「……分かりました」
「フィオ坊⁉︎」
「うふふ、ありがと。フィオ坊ちゃんは優しいね……これなら安心してキリーを――」
「【経験】のフィオドールにお任せください。必ず、貴女を治療して見せます」
「フィオ坊っ!」
「あ、あらあら? そんな無理しなくていいのよ? 自分がどんな状態か、わっちが一番よく分かってるから……」
「キリリスさんが私を頼ったのは正解です。この【経験】に不可能はありません……そう、これは医療行為ですから」
「ぐすっ……ええ、存分に注ぎ込んでおくんなし」
「あ、あのね? キリー? その表現は良くないと思うの。ま、まるで……わっちとフィオ坊ちゃんが――」
「致します」
ゴーン――
「医療行為ですから」
ゴーン――
「今の私は誠意の塊です」
ゴーン――
「……先に《登録》を済ませて来ます」
「んふっ……ふひっ……」
「ああっ⁉︎ こほっ、キリーの発作が⁉︎」
鐘風情が……よくも私の見せ場を台無しにしてくれましたね? 製作者の悪意が滲み出てています。
誓っても構いません……この鐘の製作者はフェリス姉さんです。もし違ったら、過去を改変して姉さんが作った事にします。
くっ、どこまでも私の邪魔をして……『誓約』が効いている内に手籠めにしてしまいましょうか?
ゴーン――
……《登録》です。
***
「ちょ、ちょっと⁉︎ クソ主人が居ないわよ⁉︎」
「……どうやら撒かれたらしい」
「はぁ⁉︎ “撒かれたらしい”って……こ、このままじゃ美少女メイドが死ぬわよ⁉︎ 何とかして! 助けて狼!」
「そうは言われてもな……」
オレ――ウルの鼻を以ってしても、本気になったご主人様を捉える事はできない。
いや、ご主人様の翼が六対十二枚までだったら、辛うじて捉える事も可能かもしれないが……全力は無理だ。
大体、従者を撒く為に全力を出す天使が何処にいる? 毎度の事ながら頭が痛い……どうするんだ、これ。
「や、やけに落ち着いてるわね? 解決策があるのかしら?」
「……オレ達使徒には緊急用の連絡手段がある。ただ、これをやるとご主人様の使徒全て――つまり、カリン様にも連絡が行く」
「絶っ対にダメ! いい? 私達だけで見付けるわよ⁉︎ 万が一、クソ主人を見失ったなんて知れたら――」
「うぅん……うっるさいなぁ? ここは寝室だよ? もうちょっと静かにしてよ」
「む? ……すまん。利用者が居たのか」
「いやいや、君じゃなくて――ってあれ? その声、聞き覚えがあるね?」
「……誰だ? 『特派』には、怨敵しか知り合いは居ないはずだが」
「ああ、僕は『特派』じゃなくて――」
「なっ⁉︎ クレフス⁉︎」
「おっ、やっぱりウルだ! どうしたんだい? こんな所で」
「こ、こちらの台詞だ! お前……干渉局の副局長だろう⁉︎ こんな所で何をしている⁉︎」
「いやー、あはは……」
笑い事では無い! 副局長が抜けては干渉局が――問題無いな。そうだ、こいつには仕事が回って来ないんだった……
いや、だからと言って『特派』の寝室で寝てて良いのか? せめて干渉局の中で休むべきではないのだろうか……分からん。
分かる事は……リーリアが今も頑張っている、という事だけだ。あいつは本当に優秀だな……オレは応援しているぞ、心の中でな。
「狼、誰よこいつ? 干渉局の副局長って聞こえたけど?」
「ん? ああ……クレフス、名乗るか?」
「いや名前言っちゃってるじゃん……まぁいいや。僕は『ケイレムが天位六階位、【黄昏】のクレフス』さ」
「ふーん? 私は『【経験】のフィオドールが第二メイド――」
「あ、名乗らなくていいよ! 僕、どうせ覚えられないから」
「っ……し、失礼な奴ね⁉︎」
「こういう奴なんだ……ん? 待て、クレフス。トゥアエの名は覚えられるはずだ」
「お? そうなの? そこのメイドさんも時空系の能力持ち?」
「はぁ? 私は物質操作系よ……ったく、前はそこそこ有名だったのに」
「うーん? じゃぁ覚えられないね。無理だよ、ウル」
「いや、トゥアエも【経験】を持っているだろう? 時空系に耐性があるはずだ」
「ああ! そういう事? なら名前を聞いて置こうかな!」
「……ない」
「へー、“ナイ”さんね! 次に会ったら覚えるよ!」
「ち、違うぞ⁉︎ トゥアエ、トゥアエだ! おい、このままじゃ間違って覚えられるぞ? 何で偽名を――」
「『持ってない』のよ!」
「……は?」
「えっ? なに? 何の話さ?」
も、持ってないだと? ……【経験】を? いや、そんな訳がない。
ご主人様と何年一緒に過ごしているんだ。もはや一緒に過ごした月日より、肌を重ねた回数の方が多いはず……ふっ、見栄を張っているな?
トゥアエもオレと同じで、ご主人様との行為を公にしないからな……気持ちは分かるが、これ以上は話が面倒になる。ここは腹を割って――
「ほ、本当に持ってないの! と言うか、何で皆持ってんのよ⁉︎」
「そんなの、ご主人様と肌を重ねたからに決まって――」
「肌を重ねるって……アレでしょ⁉︎ 私が聖力を補充する時にしてる奴よね⁉︎」
「……どうやって補充している?」
「な、何で言わなくちゃいけないの⁉︎ そんなの……は、恥ずかしいわよ!」
「カリン様に言うぞ」
「待って! クソ吸血鬼は関係ないでしょ⁉︎ よ、よく分かんないけど、嫌な予感がするからやめて!」
「なら、言うんだ。大丈夫……悪い様にはしない」
「うっ……くっ! む、胸を……揉まれながら」
「……」
「キ、キスされるのよ……アレされると頭が真っ白になっちゃって――」
「それだけか?」
「はっ?」
「それだけか⁉︎」
「ちょ、なに⁉︎ ……そ、それだけよ? 他に何をするって――」
「入れてないのか⁉︎」
ゴーン――
「入れっ⁉︎」
ゴーン――
「うわっ⁉︎ めっちゃエッチな話じゃん⁉︎」
ゴーン――
あ、あり得ない……まさか、トゥアエは処女なのか? カリン様はこの事を知っているのか?
ダメだ……オレの手に負える問題じゃない。この件は帰ってからカリン様に相談しよう……処女、トゥアエが処女か……
それにしても煩いな? さっきから何の音だ? 頭の中まで響いて来るぞ。
「ねぇ! は、話の続きを聞かせてよ! フィオ兄さんと何をしたのさ⁉︎」
「クレフス。この音は何だ? 何が鳴っている?」
「えっ? 『特派の鐘』でしょ? 最近よく鳴ってるんだよ。僕はもう慣れたけど」
「慣れるほどここに入り浸っているのか……『特派の鐘』と言ったな? ご主人様が居るかもしれん……行くぞ! トゥアエ!」
「はっ⁉︎ ま、待ちなさい狼! 入れるって話は――」
ゴーン――
「あ、僕も行くよ! どうせ暇だし!」
クレフスも? ……いや、時空系能力は役に立つか? そうだな、今はご主人様を探すのに少しでも多くの人手が欲しい。
最悪、この屋敷を探し回る事になるやもしれん……くっ、頼むから狐には手を出さないでくれよ? ご主人様……




