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死について  作者: 無用先生
7/9

彼岸

余は般若心経が最近まで暗誦できなかった。たかが300字にも足らぬ経が憶えられなかったのは或いは前世で何かの罪科があったのかも知れぬ。

それはさておき般若心経について余が思うのはこれが人が死ぬときの心得ではないということだ。

人が死んで肉体と脳が滅ぶ。この次元での意識も脳とともに滅ぶが、滅びゆくときに何を惟うのか。

五感も身体もなく知能も滅ぶ。

死んでしまえば哲学や宗教の知識も失われる。携帯電話が壊れてデータがなくなるようなものだ。

枕頭にいた医者や看護師のことも忘れる。ログアウトしたあとのように、あるいはSNSから退会するときのように、地球での知己にも情報にもアクセスできなくなる。

なろうには転生を扱う作品も多い。だが仮に異世界に転生するとしても、この宇宙の時空のなかで死後の世界に到達するのは宿命通のような超能力がなければ不可能ではないか。


人生最後の一秒。

目が見えなくなり音も聞こえなくなり。

脳にはブドウ糖も酸素も水分も来なくなる。

暗黒の、寒さと飢餓と窒息の時間。それが主観的時間では宇宙の歴史のように永く続く。

脈をとる医師が観測した一秒。しかしそれが死にゆく人の主観的時間では。

最初の一単位が半秒、次の一単位が四半秒、次の一単位は八半秒…

と無限単位にもなるのか?

さすがに無限単位ではないかも知れない。

最初の一ミリ秒、次の半ミリ秒、次の三半ミリ秒…

で一秒に達して死に到達できるかも知れない、だがそのときは生きているのか死んでいるのかも解らなくなっているだろう。

脳で考える人間にとって脳が滅ぶとはほういうことなのだ、宿命通も転生チートもなければ。


これを救うのが般若心経。

先入観を捨て、肉体や意識といった前提を離れ。

生まれることも死ぬこともない、迷うこともさとることもない。

そういう彼岸を目指すのであれば無明を永劫に彷徨するのではなく。

来世や涅槃は措く、現世に限っても最終局面の平安はあるかも知れない。


だが。根本的な問題として脳が滅ぶならば般若心経も忘れているのではないか?






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