第6話:ユキ
「じゃあ、そろそろ宿に戻ろっか」
「わふっ!」
「にゃあ!」
シロとユキの返事を聞いて、私は宿へ向かって歩き出した。
隣にはシロ。
腕の中にはユキ。
「ふふ……」
なんだか自然と笑ってしまう。
ゲームを始めた時は、一人で可愛い魔物を探して、のんびり遊べたらいいなと思っていただけなのに。
まだ一日も経っていないのに、もう二匹も仲間ができてしまった。
「召喚士にしてよかったなぁ」
「わふ!」
「にゃ」
「ねー」
ネットではハズレ職なんて言われていたけど。
少なくとも、私にとっては大当たりだ。
そんなことを考えながら歩いていると、さっき部屋を取った宿が見えてきた。
「ただいま戻りましたー!」
扉を開ける。
「おかえりなさい、ユズさん!」
奥からマロンさんが顔を出した。
そして。
「……あれ?」
すぐに私の腕の中へ視線が移る。
「その猫ちゃん、どうしたんですか?」
「あ、この子ですか?」
私はユキを少し持ち上げる。
「さっき仲間になってくれたんです!」
「にゃあ」
「えっ?」
マロンさんが目を丸くした。
「もう新しい子が増えたんですか?」
「はい!」
「早いですね!?」
「そうですか?」
「だって、シロちゃんも今日仲間になったんですよね?」
「そうです」
「……召喚士って、そんな簡単に契約できるものなんですか?」
「うーん……?」
どうなんだろう。
ネットでは全然契約できないからハズレ職だって言われていたような。
「よく分かりません!」
「そ、そうですか……」
マロンさんが困ったように笑った。
「それで、この子のお名前は?」
「ユキです!」
「ユキちゃん」
マロンさんがしゃがみ込む。
「わぁ……綺麗な子ですね」
「ですよね!」
思わず身を乗り出す。
「銀色っぽい毛に、ちょっとピンクも入ってて! 尻尾もふわふわなんですよ!」
「にゃ」
「ふふ。ユズさん、本当にこういう子が好きなんですね」
「大好きです!」
即答した。
その時。
ゆらっ。
マロンさんの背後で、大きな尻尾が揺れる。
「…………」
私の視線も一緒に動く。
「…………」
「ユズさん?」
「はい?」
「今、また尻尾見てました?」
「見てません!」
「即答ですね」
「見てません!」
「二回言いましたね」
マロンさんがくすくす笑う。
危ない。
今日はシロとユキがいるから、もふもふ成分は十分なはずなのに。
どうやらマロンさんのあの尻尾は別枠らしい。
「そ、それじゃあ部屋に戻ります!」
「はい。ごゆっくりどうぞ」
私はシロとユキを連れて、二階の部屋へ向かった。
◇
「おおー」
改めて部屋を見る。
大きくはないけど、一人で泊まるには十分。
ベッド。
小さな机と椅子。
窓。
荷物を置くための棚。
「ゲームの宿っていうより、本当に普通の宿だね」
「わふ」
シロは部屋へ入るなり、あちこちの匂いを嗅ぎ始めた。
ユキも私の腕から降りると、静かに部屋の中を歩き回っている。
「二人とも探検中?」
「わふっ」
「にゃ」
私はベッドへ腰掛ける。
「はぁー……」
柔らかい。
そのまま後ろへ倒れ込んだ。
「疲れたぁ……」
思えば今日は、ゲームを始めてからかなりいろいろあった。
森に飛ばされて。
シロと出会って。
宿場町ミルフィアまで歩いて。
冒険者ギルドにも登録して。
ユキと出会って。
広場で騒ぎにもなって。
「初日にしては濃すぎない?」
「わふ?」
「にゃ?」
「二人のことだよ」
私が笑うと。
シロがベッドの横までやってきた。
ユキも反対側から近づいてくる。
「…………」
左右にもふもふ。
「やっぱり最高」
右手でシロの頭を撫で。
左手でユキの背中を撫でる。
「ずっとこうしてたい……」
でも。
さすがに一度くらい現実に戻らないと。
「そういえば」
私は身体を起こした。
「私がログアウトしてる間、二人はどうなるんだろ?」
「わふ?」
「にゃ?」
二匹とも首を傾げる。
メニューを開いて、契約魔物についてヘルプを確認する。
「えーっと……」
説明を読んでみると。
私がログアウトしている間も、契約魔物はこの世界で普通に過ごすらしい。
安全な場所なら、そのまま休んだり、自由に行動したりして待つこともできる。
「じゃあ、この部屋にいてくれる?」
「わふ!」
「にゃあ」
「よかった」
この世界は、私がいなくても時間が進む。
しかも現実の三倍。
「向こうではそんなに長く離れないつもりだけど……こっちだと結構時間経っちゃうんだよね」
まあ。
二人一緒なら大丈夫かな。
「すぐ戻ってくるからね」
「わふ」
「にゃ」
「いい子にしててね」
私はそのままベッドに横になる。
なんとなく、寝ながらログアウトする方が自然な気がした。
メニューを操作する。
《ログアウトしますか?》
《はい》
《いいえ》
「はい」
視界が少しずつ暗くなっていく。
「シロ、ユキ。またあとでね」
「わふ!」
「にゃあ!」
二匹の声を最後に。
私の意識は《エルディア》から離れていった。
◇
「…………」
目を開ける。
見慣れた天井。
「戻ってきた……」
私はゆっくりとVR機器を外した。
そこは当然、いつもの自分の部屋。
「…………」
しばらく天井を見つめる。
「すごかったなぁ……」
森の匂い。
足の裏に感じた地面。
町の喧騒。
食べ物の味。
シロのふわふわした毛。
腕の中にいたユキの温かさ。
全部。
本当にそこへ行ってきたみたいだった。
「これ、本当にゲームなんだよね……?」
もちろんゲームなんだけど。
今まで想像していたVRゲームとは全然違う。
スマホを手に取る。
「あ、まだこんな時間なんだ」
ゲームの中ではかなり長く過ごした気がするのに。
現実ではその三分の一。
「三倍ってすごいなぁ」
これなら学校がある日でも結構遊べそう。
軽く身体を伸ばす。
「んーっ……!」
それから飲み物を飲んで。
お風呂に入って。
少しのんびりしてから部屋へ戻った。
「…………」
そこにはVR機器。
「シロとユキ、何してるかな」
現実で一時間なら。
向こうでは三時間。
「…………」
そう考えると、なんだか気になってきた。
「もう一回だけ行こっかな」
明日は学校だけど、まだ寝るには早い。
「ちょっとだけなら大丈夫だよね」
私は再びVR機器を装着した。
「よし」
《エルディア》を起動する。
意識が切り替わっていく。
◇
「ん……」
ゆっくりと意識が浮かび上がる。
最初に感じたのは、柔らかいベッドの感触。
どうやらログアウトした時と同じように、私は横になったままらしい。
「戻ってきた……」
まだ少しぼんやりした頭のまま、目を開ける。
「…………」
目の前に。
「…………」
一人の女の子が寝ていた。
「…………え?」
距離が近い。
本当にすぐ目の前。
銀灰色から淡い桃色へ溶けるような髪。
閉じられた瞼。
頭には可愛らしい猫耳。
黒と白を基調に、淡いピンク色を差したフリルの多い服。
首元には、小さな鈴。
そして腰の辺りからは、ふわふわした長い尻尾が伸びている。
「…………」
誰?
「誰!?」
「ひゃっ!?」
私が思わず叫ぶと。
女の子の猫耳がぴんっと立った。
「……っ!?」
驚いた女の子が勢いよく身体を起こす。
「あっ!」
しまった。
「ご、ごめん!」
「…………」
「急に大きな声出してごめんね!」
女の子は目を丸くしたまま、胸元を押さえている。
「……びっくりした」
「ほんとにごめん!」
でも。
「その……」
私は改めて目の前の少女を見る。
「誰?」
「…………」
女の子が首を傾げた。
「えっと……ここ、私の部屋だよね?」
辺りを見る。
間違いない。
ログアウトした宿の部屋。
「わふ」
「あ、シロ!」
ベッドの足元から、見慣れた白い顔が覗いた。
「シロ、ただいま!」
「わふっ!」
シロの頭を撫でる。
嬉しい。
そんな気持ちが流れ込んでくる。
そして。
「あれ?」
もう一匹。
「ユキは?」
「…………」
ベッドの下を見る。
「ユキー?」
いない。
「どこ行ったんだろ」
「…………」
すると。
目の前の女の子が、おずおずと手を上げた。
「……マスター」
「え?」
「私……」
自分を指差す。
「ユキ」
「…………」
「…………」
「ええええええっ!?」
「ひゃっ!?」
「あっ!」
またやった。
「ご、ごめん! また大きい声出した!」
「……マスター、声大きい」
「ごめんなさい……」
少しだけ頬を膨らませている。
可愛い。
いや。
それより。
「本当にユキ!?」
「……うん」
「さっきまで猫だったよね!?」
「……猫にもなれる」
「じゃあ、今は人の姿ってこと?」
「……うん」
「そんなことできるんだ……」
私はユキをまじまじと見る。
銀灰色の髪。
淡いピンク色。
桃色の瞳。
猫耳。
尻尾。
首元の鈴。
確かに、猫だった時の特徴がそのまま残っている。
「ほんとにユキだ……」
「……最初から、そう言ってる」
「だってびっくりしたんだもん!」
すると。
ユキがほんの少し笑った。
「……マスター、おもしろい」
「そうかな?」
そこで。
「あ」
私はあることに気づいた。
「そういえば……」
「……?」
「私、自己紹介してなかったよね?」
「……うん」
「やっぱり!」
シロには私が名前をつけた。
ユキにも名前をつけた。
でも。
考えてみれば、自分の名前は一度も教えていない。
「私はユズだよ」
「……ユズ」
「うん!」
ユキが小さく頷く。
「……分かった、マスター」
「いや、そのマスターなんだけど……」
「……?」
「なんていうか」
私は少し頬を掻く。
「マスターって呼ばれるの、ちょっと歯がゆいというか……恥ずかしいから」
「……だめ?」
「駄目じゃないけど!」
なんというか。
偉そうにしているみたいで落ち着かない。
「普通にユズでいいよ」
「…………」
「仲間なんだから、そんなにかしこまらなくていいし」
「……いいの?」
「もちろん!」
「…………」
ユキが少し迷うように私を見る。
そして。
ほんの少しだけ恥ずかしそうに。
「……ユズ」
「…………」
「……?」
「かわいい!!」
「ひゃっ!?」
思わず抱きしめた。
「ちょ、ユズ……!」
「今のもう一回言って!」
「……やだ」
「なんで!?」
「……恥ずかしい」
「そこも可愛い!」
「……近い」
「あっ、ごめん!」
慌てて少し離れる。
でも。
「……ユズ」
「…………!」
もう一回言ってくれた。
「やっぱり可愛い!」
「……もう言わない」
「ええっ!?」
ユキはぷいっと顔を逸らす。
でも。
ふわふわした尻尾は、嬉しそうに揺れていた。
「ふふ」
「……なに?」
「ユキ、尻尾に気持ち出てる」
「……!」
ぴたっ。
尻尾が止まった。
「あ、止めた」
「……見ないで」
「可愛い」
「……ユズ」
「ごめんごめん!」
人の姿になると、猫だった時よりずっと表情が分かりやすい。
それにしても。
「そういえばさ」
「……?」
「なんで急に人の姿になったの?」
「…………」
ユキの猫耳がぴくっと動く。
「猫の姿のままでもよかったんだよね?」
「……うん」
「じゃあ、なんで?」
「…………」
ユキが少しだけ視線を逸らす。
ふわふわの尻尾も、落ち着かないようにゆっくり揺れていた。
「……言いたいことがあったから」
「言いたいこと?」
「……猫の姿だと、話せないから」
「ああ、そっか」
「…………」
ユキが少しだけ俯く。
「それで、何を言いたかったの?」
「…………」
少しの沈黙。
それから。
ユキは顔を上げて、私をまっすぐ見た。
「……さっき」
「うん?」
「助けてくれて……ありがとう」
「…………」
「すごく怖かったけど……ユズが来てくれて、嬉しかった」
「…………」
「だから……ちゃんと、お礼を言いたくて」
「…………」
私は固まった。
「……ユズ?」
「ちょっと待って」
「……?」
「やばい」
「……?」
「可愛すぎる」
「…………え?」
「やばい、可愛すぎて死にそう」
「えっ……?」
「何その理由!? 私にお礼言うためだけに人の姿になったの!?」
「……うん」
「可愛すぎる!!」
「ひゃっ!?」
今度こそ我慢できず、ユキをぎゅっと抱きしめる。
「ちょ、ユズ……!」
「何それ可愛すぎない!? ちゃんとありがとうって言いたかったの!?」
「……うん」
「可愛い!」
「……ユズ」
「ほんとに可愛い!」
「……恥ずかしい」
「恥ずかしがってるのも可愛い!」
「…………」
ユキの顔がどんどん赤くなっていく。
猫耳までぴくぴく動いている。
「髪も可愛いし!」
「……」
「猫耳も可愛いし!」
「…………」
「尻尾も可愛い!」
「…………っ」
「喋り方も可愛い!」
「……もう」
「全部可愛い!」
「……むり」
「え?」
次の瞬間。
ぽふんっ。
「わっ!?」
私の腕の中から女の子の姿が消えた。
代わりに。
「……にゃ」
銀灰色の猫がちょこんと収まっていた。
「ユキ!?」
「にゃ……」
ユキはそのまま私の胸元へ顔を埋める。
「もしかして……」
「…………」
「恥ずかしすぎて猫に戻った?」
「……にゃ」
「…………」
かわいい。
「かわ――」
「にゃっ!」
「あ、ごめん!」
これ以上言うと、また怒られそうだ。
でも。
「ふふ……」
猫に戻っても可愛い。
私はユキの頭を優しく撫でる。
さらさら。
ふわふわ。
「やっぱり最高……」
すると。
「わふ」
「ん?」
隣から声がした。
見ると。
シロがベッドの横で、じーっと私を見ていた。
「どうしたの?」
「わふ」
「…………」
契約を通して、なんとなく気持ちが伝わってくる。
ユキばっかり。
そんな感じ。
「もしかして……シロも構ってほしい?」
「わふっ!」
尻尾がぶんぶん揺れる。
「ふふ」
私は空いている手を伸ばした。
「もちろんシロも可愛いよ!」
「わふっ!」
「おいで!」
「わふ!」
シロが嬉しそうに近づいてくる。
「わっ!」
右にはシロ。
左腕にはユキ。
「二人とも近い近い!」
「わふっ!」
「にゃあ!」
ふわふわ。
もふもふ。
さらさら。
「シロ、もふもふ!」
「わふ!」
「ユキも、もふもふ!」
「にゃ!」
「…………」
なんだこれ。
幸せすぎる。
「ゲーム始めて初日で……」
シロを撫でる。
「こんな可愛い子たちと出会えて……」
ユキの頭も撫でる。
「二匹とも仲間になってくれて……」
「わふっ!」
「にゃあ!」
「しかも好きなだけもふもふできる……!」
私は二匹をぎゅっと抱き寄せる。
「最高すぎる!!」
シロの尻尾がぶんぶん揺れる。
ユキも気持ちよさそうに目を細めている。
「《エルディア》……」
私は満面の笑みで叫んだ。
「このゲーム最高!!」
「わふっ!」
「にゃあ!」
二匹の声が重なった。
攻略とか。
最強とか。
邪神とか。
そんなことは、まだよく分からない。
でも。
可愛い仲間たちと一緒に冒険できるなら。
それだけで。
私はこのゲームを始めて、本当によかったと思った。




