第40話:あれ? 二人いつの間に仲良くなったの?
本日三本目です。
「それ、こっちの台詞」
クロネが楽しそうに笑う。
『くくっ。言うではないか』
向かい合ったまま、コハクも愉快そうに目を細めた。
二人がいるのは、町から少し離れた森の中。
周囲に建物はなく、少しくらい暴れても町のみんなに迷惑はかからない場所だ。
「ここなら大丈夫?」
『多少ならの。じゃが、森ごと吹き飛ばすような真似はするでないぞ』
「そんなことしない」
『その言葉、どこまで信用できるかのう』
「そっちこそ」
『妾は常識人じゃ』
「そう?」
『何じゃその反応は』
コハクは少し不満そうに尻尾を揺らした。
そんなコハクを見て、クロネが首を傾げる。
「その姿で戦うの?」
『このままでも構わぬが……』
コハクは自分の小さな狐の身体を見下ろす。
『お主のような相手なら、こちらの方がやりやすいかの』
次の瞬間。
淡い光がコハクの身体を包んだ。
「……へえ」
小さな狐の輪郭が光の中で伸びていく。
光が消えた時。
そこに立っていたのは、一人の少女だった。
淡い桜色を帯びた白銀の長い髪。
頭には大きな狐耳。
赤金色の瞳。
額には炎を思わせる赤い紋様。
白と赤を基調とした華やかな衣装には、金の飾りや組紐、鈴がいくつも揺れている。
そして腰の後ろには、ふわりとした白い尾。
ユズの前でも何度か見せたことのある、コハクの人の姿だった。
「人になれるんだ」
「人ではないぞ」
「妾は妾じゃ」
「そっちの方が戦いやすそう」
「そうじゃな。細かく動くならこちらの方が楽じゃ」
クロネの紫色の瞳が楽しそうに細くなった。
「じゃあ」
腰を落とす。
「行くよ」
「いつでも来るがよい」
コハクは構えらしい構えすら取らない。
ただ、微笑んで立っている。
その次の瞬間。
クロネの姿が消えた。
「――!」
地面が弾ける。
一瞬で間合いを詰めたクロネが、コハクのすぐ横へ現れた。
「速――」
言葉を発したのは。
クロネの方だった。
そこにいたはずのコハクが、いつの間にか消えていたからだ。
「こっちじゃ」
背後。
クロネが振り向くより早く、白い袖が視界の端を横切る。
「っ!」
身体を沈める。
クロネの頭上をコハクの手が通過した。
そのままクロネは地面を蹴る。
一歩。
二歩。
三歩。
残像すら残りそうな速度で角度を変えながら、何度もコハクへ迫る。
「ほう」
コハクの口元が上がった。
「なかなか速いではないか」
「まだ上げられる」
「なら、好きにせよ」
「うん」
クロネが笑った。
次の瞬間。
今まで以上の速度で地面を蹴る。
同時に。
コハクの周囲へ。
ぽっ。
一つ。
ぽっ。
二つ。
ぽっ、ぽっ、ぽっ。
淡い赤白色の炎が灯った。
「それ何?」
「狐火じゃ」
「当たると?」
「試してみるか?」
「面白そう」
「普通は避けようと思うところじゃぞ?」
「避けるよ」
クロネの笑みが深くなる。
「全部」
「……くくっ」
コハクも笑った。
「ならば――」
ふわり。
狐火が動き出す。
「避けてみせよ」
次の瞬間。
夜の森を。
紫色の残光と、赤白い炎が駆け抜けた。
◇
翌日。
「おはよー!」
私はいつものように《エルディア》へログインした。
「わふー!」
「シロー!」
すぐに走ってきたシロを抱きしめる。
「今日もふわふわ!」
「わふ!」
「……ユズ」
「ユキもおはよう!」
「……おはよう」
ユキも近くに来る。
「コハクは――」
そこまで言って。
「……あれ?」
少し離れたところ。
昨日みんなで休憩した場所に、二人の女の子が座っていた。
一人はクロネちゃん。
もう一人は。
「あ、コハク!」
「おはよう、お主」
今日は狐の姿じゃなくて、人の姿。
白銀の長い髪。
大きな狐耳。
赤い瞳。
白と赤の綺麗な服。
前にも見たことがある姿だから、それ自体は別に珍しくない。
でも。
「…………」
なんだろう。
クロネちゃんとコハクが。
すごく普通に話してる。
「だから、最後のあれ」
「何じゃ?」
「避けられると思った」
「甘いのう」
「次なら避けられる」
「どうかの」
「避ける」
「なら次に試してみるがよい」
「うん」
「…………」
何の話?
「二人ともー!」
私が近づくと、クロネちゃんがこっちを見る。
「ユズ」
「おはよう!」
「おはよう」
「コハクも!」
「さっき言ったじゃろ」
「もう一回!」
「おはよう、お主」
「おはよう!」
そして。
二人を交互に見る。
「ねえ」
「何?」
「なんじゃ?」
「二人」
もう一度見る。
距離が近い。
昨日まではクロネちゃんが一方的にコハクを気にしてた感じだったのに。
今は普通に会話している。
「いつの間にそんなに仲良くなったの?」
「昨日」
「昨日じゃな」
「昨日!?」
二人とも同じ答えだった。
「私がログアウトした後?」
「うん」
「そうじゃ」
「何してたの?」
「遊んでた」
「少しのう」
「へえ!」
やっぱり。
昨日の夜に一緒に遊んだらしい。
「何して遊んだの?」
「秘密」
「秘密じゃ」
「えー!」
また答えが一緒。
「教えてよ!」
「嫌」
「何故お主にわざわざ話さねばならぬ」
「気になる!」
「なら気にしておれ」
「むー!」
なんか。
本当に仲良くなってる。
「でもよかった!」
「何が?」
「二人が仲良くなったこと!」
「……まあ」
クロネちゃんがコハクを見る。
「気は合う」
「戦いのこと以外なら、そこまで悪い奴でもないのう」
「それ褒めてる?」
「半分くらいはの」
「半分」
「十分じゃろ」
「そう?」
クロネちゃんは少し考えている。
その時。
「……あれ?」
よく見ると、クロネちゃんの黒い上着の端が少しだけ焦げていた。
「クロネちゃん」
「何?」
「服、焦げてるよ?」
「……」
クロネちゃんが自分の服を見る。
「ああ」
「ああ、じゃないよ! どうしたの!?」
「ちょっと遊んでたから」
「遊んで服焦げたの!?」
「たまにある」
「あるの!?」
「ある」
「どんな遊び!?」
コハクを見る。
「コハク知ってる?」
「さあのう」
コハクは楽しそうに笑っている。
「……?」
なんか怪しい。
しかも。
「あ!」
「今度は何じゃ?」
「コハク、髪飾りちょっとずれてる!」
「む?」
コハクが自分の髪に触れる。
「昨日はちゃんとしてたよ?」
「少し動いたからの」
「そんな激しい遊びだったの?」
「まあ、それなりじゃ」
「何してたの!?」
「秘密じゃ」
「えー!」
本当に気になる。
でも、二人とも教えてくれない。
「わふ?」
「シロも気になるよね?」
「わふ!」
「ほら!」
「シロを巻き込むでない」
「わふ……」
「あ、違うみたい」
「適当じゃのう……」
そんな話をしていると。
「おはよー、ユズちゃ――」
声がして。
シフォンちゃんたちがやってきた。
「おはよう!」
「今日も早いね」
「うん!」
「クロネもまだいたんだ」
「泊まった」
「そうだったね」
シフォンちゃんが笑いながら近づいてきて。
ふと。
止まった。
「……?」
「どうしたの?」
「ユズちゃん」
「なに?」
シフォンちゃんが。
私の隣を見る。
「その子、誰?」
「え?」
隣。
コハク。
「コハクだよ?」
「…………」
「…………」
シフォンちゃんが黙った。
ハルカちゃんも。
エリスちゃんも。
みんな。
一斉にコハクを見る。
「え?」
「ユズちゃん」
「うん」
「今、コハクって言った?」
「うん!」
「昨日の」
「うん」
「白い狐の?」
「そうだよ?」
「…………」
「あれ?」
そういえば。
もしかして。
「みんな、人の姿のコハク見るの初めて?」
「初めてだよ!」
シフォンちゃんが叫んだ。
「人になれるの!?」
「人ではないぞ」
コハクが少し不満そうに言う。
「人の姿になっておるだけじゃ」
「喋り方同じだ……」
「コハクだからね!」
「いや、そうなんだけど!」
ハルカちゃんがコハクの周りを少し回る。
「本当に昨日の狐ちゃん?」
「そうじゃ」
「狐耳ある」
「あるのう」
「尻尾もある」
「見れば分かるじゃろ」
「すごい!」
「何がじゃ?」
コハクが呆れた顔をする。
「ユズちゃん」
今度はエリスちゃん。
「これ、前から知ってたの?」
「うん!」
「いつから?」
「結構前から?」
「何で教えてくれなかったの?」
「聞かれなかったから!」
「…………」
「…………」
「…………」
「え?」
また。
みんなが変な顔をした。
「聞かれなかったからって……」
「だって、コハクが人の姿になれるか聞かれてないよ?」
「それは普通、聞かないんだよ!」
「なんで!?」
「狐に『人になれる?』って確認する文化は普通ないから!」
「そうなの?」
「そうだよ!」
ハルカちゃんに強く言われた。
「お主らも大変じゃのう」
「コハクのせいでもあるよ!?」
「妾は何もしておらぬ」
その横で。
クロネちゃんが普通にコハクの狐耳を見ている。
「触っていい?」
「断る」
「なんで?」
「お主、昨日から距離感がおかしいぞ」
「シロは触らせてくれた」
「妾はシロではない」
「一回だけ」
「断る」
「少しだけ」
「断る」
「……残念」
「グランヴェルに断られた時と同じ顔をするでない!」
「コハクちゃん」
私は思わず笑う。
「何じゃ、お主」
「クロネちゃんと本当に仲良くなったね!」
「どこを見たらそうなるのじゃ!?」
「だって楽しそう!」
「妾は困っておる!」
「そう?」
「そうじゃ!」
「でも」
クロネちゃんが言う。
「また遊んでくれるって」
「コハク?」
「…………」
コハクが目を逸らした。
「気が向いたらと言っただけじゃ」
「それってまた遊ぶってことでしょ?」
「違う!」
「仲良し!」
「違うと言っておる!」
クロネちゃんは少しだけ笑っている。
なんだ。
やっぱり仲良くなったみたい。
「よかったね!」
「何もよくないわ!」
コハクの声が町に響いた。
◇
少しして。
シフォンちゃんが今日の配信を始めた。
「じゃあ今日は、昨日の続きから――」
《きた》
《待ってた》
《クロネまだいるw》
《帰ってなかったのか》
《今日こそ平和に》
コメントが流れ始める。
そして。
すぐに。
《ん?》
《誰》
《ユズ様の横》
《狐耳の子?》
《新キャラ?》
《待って》
《その声》
《昨日の喋る狐じゃね?》
「あ」
シフォンちゃんがコメントを見て。
私を見る。
「ユズちゃん」
「なに?」
「説明お願い」
「コハクだよ!」
《??????》
《コハク?》
《白い狐の?》
《人化!?》
《人の姿になれるの!?》
《また新情報出てきた》
《ユズ様???》
《昨日の情報整理まだ終わってないんだけど》
「でも前からできたよ?」
《知らんw》
《初耳だよ!》
《聞いてない》
「だって聞かれなかったし」
《出た》
《聞かれなかったから案件》
《狐に人化できるか聞く奴いないんだよw》
《ユズ様周辺は今後全部確認しろ》
《白いわんちゃんも何かあるだろ絶対》
「シロ?」
「わふ?」
《そっちは今いい》
《怖いから後にして》
「?」
本当に。
みんな変なの。
「それより」
シフォンちゃんがクロネちゃんとコハクを見る。
「私も気になってたんだけど」
「何?」
「なんじゃ?」
「なんで二人、昨日より明らかに仲良くなってるの?」
「昨日遊んだから」
「少しだけの」
《は?》
《いつの間に》
《何して遊んだ》
《クロネとコハクが?》
《昨日配信終わった後?》
「何してたの?」
シフォンちゃんが聞く。
「秘密」
「秘密じゃ」
《息ぴったりで草》
《絶対何かあっただろ》
《クロネの服ちょっと焦げてない?》
《コハクの髪飾りもズレてる》
《遊び……?》
「なんかすごい遊びだったみたい!」
私が説明する。
「服も焦げたんだって!」
《ユズ様》
《それ遊びじゃない可能性ある》
《気づいて》
「え?」
遊びじゃない?
じゃあ何だろう。
「運動?」
《違うそうじゃない》
「?」
よく分からない。
まあ。
二人とも楽しそうだから。
「仲良くなったならいいよね!」
《本人がいいならいいか》
《ユズ様が納得してる》
《勝手に平和になった》
《クロネ来襲から一日で住民みたいになってる》
「住民じゃない」
クロネちゃんが言う。
「お客さんだよ!」
「うん」
「また来てね!」
「来る」
《即答》
《目的シロだろ》
「違う」
《じゃあ古龍》
「それも」
《否定できてないw》
私は笑いながら、今日案内する場所を考える。
クロネちゃんも増えたし。
コハクも今日は人の姿だし。
昨日とはまた少し違う。
「よーし!」
「ユズちゃん?」
「今日もいっぱい案内しよう!」
「まだあるの?」
「あるよ!」
「……本当にどこまで広がってるんだろ、この街」
シフォンちゃんが苦笑する。
その隣で。
クロネちゃんとコハクが、また小さな声で何かを話していた。
「次は負けない」
「さて、何の話じゃろうな」
「次はあれ避ける」
「くくっ。できるものならやってみよ」
「…………」
私は二人を見る。
「やっぱり仲良しだね!」
「違う!」
「うん」
「クロネ!?」
あ。
コハクが怒った。
でも。
なんだか楽しそう。
やっぱり。
二人が何をして遊んだのかは分からないけど。
昨日より仲良くなったのは、間違いなさそうだった。
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