第34話:グラちゃんって、もしかしてすごい?
本日4本目です。
「グラちゃーん!」
私が大きく手を振ると、木々の向こうで開いた巨大な黄金色の目が、ゆっくりこちらへ向いた。
次の瞬間。
ずずずずず……。
地面が低く震える。
「うわっ」
ハルカちゃんが思わず一歩下がった。
黒い山みたいに見えていた塊が、ゆっくりと持ち上がっていく。
大きな翼。
長い首。
鋭い角。
光を鈍く反射する黒銀色の鱗。
寝ている時でも大きかったのに、起き上がるとさらに大きい。
《でっか》
《ドラゴン!?》
《いやサイズおかしいだろ》
《町の奥にこんなのいたの!?》
《逃げなくて大丈夫?》
《ユズ様だけ手振ってるんだが》
シフォンちゃんたちは、さっきまでとはまるで違う顔をしていた。
アカネちゃんはすぐに刀へ手を伸ばしかけて、セレナちゃんに袖を引かれて止まっている。
ライラちゃんは耳をぴんと立てたまま固まり、ミオちゃんは無言でじっとグラちゃんを見ている。
エリスちゃんも、さっきまで蜂蜜を見ていた時とは別の意味で真剣な顔になっていた。
「みんな、どうしたの?」
「どうしたのって……」
シフォンちゃんが私とグラちゃんを交互に見る。
「ユズちゃん、あれ……」
『……騒がしいぞ、ユズ』
「おはよー!」
《喋った!?》
《普通に会話してる》
《え、知性あるの?》
《いやどう見てもただのドラゴンじゃない》
《ユズ様の日常どうなってんの》
グラちゃんはゆっくりと首を上げると、眠たそうにこちらを見る。
『何の騒ぎだ』
「お客さん来てるの!」
『……昨日からいる人間どもか』
「知ってたの?」
『自らの寝床の近くで、あれだけ騒いでおればな』
「起きてたんだ」
『半分は寝ていた』
「半分?」
『気にするな』
よく分からない。
「ユズちゃん」
「ん?」
シフォンちゃんが、ものすごく慎重な声で聞いてきた。
「この子……何?」
「この子?」
私はグラちゃんを見る。
「グラちゃんだよ!」
「それは分かってる」
「え?」
「さっきユズちゃんがそう呼んでたから、名前がグラちゃんっていうのは分かってるよ」
「あ、そっちか!」
てっきり名前を聞かれたのかと思った。
「じゃあ、ちゃんと紹介するね!」
私はグラちゃんの方を向いて、少し胸を張る。
「この子の名前はグラちゃん!」
「うん」
「正式には、こりゅうグランヴェルって言うらしいけど、長いからいつもはグラちゃんって呼んでる!」
「…………」
《古龍グランヴェル!?》
《は????》
《古龍!?》
《待て待て待て待て》
《古龍をグラちゃん呼び!?》
《名前の圧がすごい》
《さっきまで蜂蜜で騒いでたの何だったんだ》
「古龍……」
シフォンちゃんが小さく呟く。
ハルカちゃんも目を見開き、改めてグラちゃんを見上げた。
「やっぱり古龍なんだ……」
「うん!」
私は頷く。
「小さい竜って意味なんだって!」
「…………え?」
今度は。
さっきまでとは別の意味で、みんなが止まった。
「ユズちゃん」
「なに?」
「今、何て言った?」
「小さい竜!」
私は分かりやすいように説明する。
「小さいっていう《小》に、竜って書いて《小竜》!」
「…………」
《は?????》
《小竜!?》
《いやいやいやいやwww》
《絶対違うだろwww》
《どこが小さいんだよ》
《そのサイズ見て小竜だと思ってたの!?》
《どんな勘違いだよwww》
「え?」
コメント欄まで急に騒がしくなった。
私はグラちゃんを見上げる。
……確かに。
改めて見ると。
大きい。
すごく大きい。
「グラちゃん、結構大きいけどね」
「結構じゃないよ!」
ハルカちゃんがすぐに突っ込んだ。
「めちゃくちゃ大きいよ!」
「そう?」
「そう!」
《結構で済ませるなw》
《ユズ様のサイズ感どうなってんだ》
《小竜の規模じゃねえ》
「でも……」
私は首を傾げる。
「小竜じゃないの?」
「多分、それ」
シフォンちゃんが苦笑しながら答える。
「《小さい竜》じゃなくて、《古い龍》って書く《古龍》だと思うよ」
「……古い?」
「うん」
「古い龍?」
「ものすごく昔から存在している、格の高い龍って感じ」
「…………」
私はもう一度グラちゃんを見る。
「古龍?」
『……』
「小竜じゃなくて?」
『……』
グラちゃんが目を逸らした。
「グラちゃん?」
『我に聞くな』
「なんで!?」
《グラちゃん知ってたなw》
《目逸らしたぞ》
《古龍側も訂正してなかったのかよw》
「でも!」
私は思い出す。
「ノアちゃんが、小さい竜って言ってたよ?」
「…………」
一瞬の沈黙。
それから。
《ノアwwwww》
《絶対そいつ面白がって説明しただろw》
《ユズ様騙されてるw》
《ノアちゃん何してんだよ》
《おいノア今すぐ出てこいw》
《勘違いさせた責任取れwww》
《絶対ユズ様が信じるの分かってて言っただろ》
「ええ!?」
なんでノアちゃんが責められてるの?
「ノアちゃん、そんなことしないよ!」
《いやこれは絶対やってるw》
《悪意じゃなくて悪戯だろ》
《ユズ様が「小さい竜なんだ!」ってなるところまで読んでそう》
《ノアちゃん見てるなら出てきて説明してくれw》
「違うもん!」
私はグラちゃんを見る。
「ね?」
『……』
「グラちゃん?」
『知らん』
「絶対何か知ってる!」
『我を巻き込むな』
《古龍が逃げたw》
《ノアちゃん相当いい性格してそう》
《ユズ様の友達らしいといえば友達らしい》
《とりあえず悪戯好きな子って認識でいいのか?》
失礼な。
ノアちゃんはちょっと不思議なところはあるけど、優しい普通の女の子なのに。
……多分。
◇
「ライラ」
シフォンちゃんが小声で呼ぶ。
「どう?」
「……無理」
「何が?」
「レベル見えない」
「え?」
ライラちゃんはグラちゃんから目を離さない。
「鑑定も通らない」
「私も」
エリスちゃんが続ける。
「情報、ほとんど取れない」
《鑑定不可?》
《それって格上すぎるってこと?》
《やっぱ古龍やばい》
「そんなにすごいの?」
私が聞くと、エリスちゃんがこっちを見る。
「ユズちゃん、本当に古龍が何なのか知らなかったんだね」
「小竜だと思ってたから」
「そうだったね……」
なんか疲れた顔をされた。
その横で、アカネちゃんが少しだけ笑う。
「なあ」
「何?」
「これ、戦ったらどうなると思う?」
「やめてください」
セレナちゃんが即答した。
「まだ何もしてねえだろ」
「考えるだけでもやめてください」
「厳しくない?」
「当然です」
その横で、ミオちゃんだけはずっとグラちゃんを見ていた。
『……そこの人間』
「……ん」
『何だ、その目は』
「……強そう」
「ミオ」
シフォンちゃんがすぐに名前を呼ぶ。
「やめようね?」
「まだ何も言ってない」
「言いそうだから」
「……ちょっと戦ってみたい」
「ほら!」
《ミオw》
《通常運転》
《やめとけ》
《相手古龍だぞ》
グラちゃんはミオちゃんを少しだけ見てから、興味なさそうに答えた。
『断る』
「……まだ頼んでない」
『頼まれても断る』
「……」
ミオちゃん。
ちょっと残念そう。
なんでだろう。
気持ちはちょっと分かる気がする。
グラちゃん、強そうだし。
私は戦いたくないけど。
◇
「でも」
シフォンちゃんが、今度は私へ向き直る。
「どうしてグランヴェルさんがここにいるの?」
「どうして?」
「うん」
「ここに住んでるから?」
「……いや、そうじゃなくて」
違うらしい。
「えっと……」
少し考える。
「元々、ここグラちゃんが寝てた場所だよ?」
「……え?」
「私たちが後から住ませてもらったの!」
「……逆なんだ」
ハルカちゃんが呟く。
「てっきりユズちゃんたちの町にドラゴンが来たのかと思ってた」
「違うよー」
《逆だった》
《古龍の寝床に町作ったの!?》
《そりゃ周りの魔物近づかないわ》
《中心が安全っぽい理由これか?》
《ユズ様、土地選びの基準おかしい》
「でも、グラちゃん優しいよ!」
『我は別に優しくしているつもりはない』
「お鍋食べるし!」
『それとこれとは関係ない』
「一緒に住ませてくれてるし!」
『好きにせよと言っただけだ』
「ほら、優しい!」
『……勝手にしろ』
「やった!」
「……」
シフォンちゃんたちが、また変な顔をしている。
「どうしたの?」
「いや」
シフォンちゃんが苦笑した。
「距離感がすごいなって」
「仲良しだよ!」
『誰がだ』
「グラちゃん!」
『……』
「否定しない!」
『面倒になっただけだ』
「ふふん」
《仲良しじゃん》
《古龍にこの態度取れるのユズ様だけだろ》
《グラちゃん完全に保護者枠》
よく分からないコメントも流れている。
◇
「でも本当に仲良いんだね」
シフォンちゃんが言う。
「うん!」
「最初から?」
「ううん」
私は首を振る。
「最初はお鍋食べてもらった!」
「……鍋?」
「うん!」
《また鍋w》
《古龍攻略法:鍋》
《攻略Wiki更新しろ》
《鍋持って古龍探してくる》
《死ぬからやめろ》
「それで一緒に住むことになって」
「うん」
「それから」
私はグラちゃんを見る。
「契約した!」
「……契約?」
シフォンちゃんが止まる。
「うん!」
「契約って」
ハルカちゃんも嫌な予感がする顔。
「召喚士の?」
「そうだよ!」
「……」
今度は八人全員が、きれいに止まった。
《は?》
《召喚契約????》
《古龍を!?》
《ユズ様ちょっと待って》
《グラちゃん召喚獣なの!?》
《召喚士ってそういう職業だっけ》
《この子だけ別のゲームしてない?》
「なんでそんなに驚くの?」
「いや」
シフォンちゃんがグラちゃんを見る。
私を見る。
またグラちゃんを見る。
「古龍と契約してるから」
「でも」
私は首を傾げる。
「グラちゃんがいいって言ってくれたよ?」
「……そういう問題なのかな」
『勘違いするな』
グラちゃんが低い声で言う。
『我はユズの所有物になったわけではない』
「うん?」
『互いに納得した上で契約を交わしただけだ』
「そうだよ!」
私は頷く。
「召喚契約って、お互いにいいよって思わないとできないから!」
「……なるほど」
セレナちゃんが少しだけ表情を緩めた。
「支配しているわけではないんですね」
「うん!」
『当然だ』
《ちゃんと同意制なのか》
《それでも古龍と契約してる事実は変わらん》
《むしろ古龍側が同意したのが一番おかしい》
「どうやって同意してもらったの?」
ハルカちゃんが聞く。
「お鍋!」
「そこに戻るの!?」
「だって最初にお鍋食べてもらったから!」
『……』
「グラちゃんもおいしいって言ってたよね?」
『悪くないとは言った』
「ほぼ一緒!」
『違う』
《古龍攻略法:鍋、確定》
《俺も鍋持ってく》
『貴様らが同じことをしても契約などせんぞ』
《本人から否定されたw》
《ですよね》
「でもまたお鍋しようね!」
『……それは構わん』
《結局鍋好きじゃねーかw》
グラちゃん。
お鍋好きなのに素直じゃない。
◇
「……あれ?」
しばらくして、シフォンちゃんが何かに気づいたみたいに眉を寄せた。
「どうしたの?」
「ユズちゃん」
「うん?」
「召喚士ってさ、魔物と契約した時にも経験値入るよね?」
「あー」
そういえば。
「最初にそんな説明された気がする!」
「討伐した時と同じくらいだったよね?」
「そうだったかな?」
「確かそう」
エリスちゃんも頷く。
「契約した個体を討伐した時と同等の経験値だったはず」
「へえー」
「……へえー、じゃなくて」
シフォンちゃんがゆっくりグラちゃんを見る。
それから私を見る。
「古龍と契約した時も、当然入ってるよね?」
「たぶん?」
「たぶん?」
「契約したら経験値が入るんでしょ?」
「そうだけど……」
シフォンちゃんの視線が、またグラちゃんへ向く。
「問題は、この子を倒した時と同じ量ってことなんだけど」
「そうなの?」
「そのはず」
「じゃあ、いっぱい入ったのかな?」
「……多分ね」
「へえー」
「だから反応が軽いんだって!」
《古龍討伐相当の経験値》
《絶対ヤバいやつ》
《ユズ様本人が何も把握してない》
《レベル見てくれ》
「ユズちゃん」
エリスちゃんが真剣な顔で聞いてきた。
「今、レベルいくつ?」
「レベル?」
そういえば。
最近見てない。
というか。
最後にちゃんとステータスを見たのって、いつだろう。
「……分かんない」
「…………」
《は?》
《分かんない???》
《自分のレベル知らないの?》
《ユズ様!?》
《嫌な予感しかしない》
《ステータス開いて》
「最近見てないし」
「どれくらい最近?」
シフォンちゃんに聞かれて、少し考える。
「えーっと……」
ゲームを始めた時はもちろん見た。
それから。
シロと契約した時。
いっぱい表示が出てきて。
せっかくシロをもふもふしたかったのに邪魔だったから――。
「あ」
「思い出した?」
「多分、シロと契約した時くらい!」
「……最初の召喚獣?」
「うん!」
私は足元のシロを見る。
「わふ?」
「あの時、契約したら通知がいっぱい出てきたんだよね」
「うん」
「邪魔だったから全部切った!」
「……全部?」
「うん!」
《全部切ったwww》
《だから何も知らないのか》
《原因判明》
《通知仕事できてなかった》
《いやユズ様が切ったんだよw》
「その時にステータスも見た気がするけど……」
そこから考える。
ユキと契約して。
コハクと契約して。
グラちゃんと契約して。
でも、通知はずっと切ったまま。
「それ以降、ちゃんとは見てないかも?」
「……」
シフォンちゃんが固まった。
「つまり」
エリスちゃんがゆっくり確認する。
「ユキちゃんと契約した時も」
「うん」
「コハクちゃんと契約した時も」
「うん」
「グランヴェルさんと契約した時も」
「うん」
「どれだけ経験値が入ったのか、確認してない?」
「してない!」
「……」
《ファーーーーwww》
《全部未確認》
《古龍契約の経験値すらスルー》
《通知切ったままここまで来たのか》
《ユズ様らしすぎる》
「だって困らなかったし」
「困らなかったのが不思議なんだよ……」
シフォンちゃんが頭を押さえる。
「……見よう」
「今?」
「今」
「そんなに?」
「そんなに」
ハルカちゃんも大きく頷く。
「これは絶対見た方がいい」
「私もそう思う」
エリスちゃんも真顔だ。
コメントもものすごい勢いで流れている。
《開け》
《ステータスはよ》
《何レベルになってるんだ》
《古龍契約経験値が気になる》
《この流れで普通なわけない》
「分かったよー」
私は仕方なくメニューを開いた。
《ステータス》。
そういえば、ゲームを始めた時。
ステータスポイントも。
スキルポイントも。
よく分からなかったから――。
後で決めればいいや。
そう思っていた気がする。
「……あれ?」
なんとなく。
少しだけ。
嫌な予感がしてきた。
「まあ、いっか」
「よくない気がする」
シフォンちゃんの声を聞き流しながら、《ステータス》を選ぶ。
そして。
目の前に。
ものすごく久しぶりに。
自分の情報が表示された。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




