第33話:この蜂蜜、ただの蜂蜜じゃない?
本日3本目です。
「……ユズちゃん」
「なに?」
モモカちゃんは、手元の蜂蜜と私の顔を交互に見た。
ものすごく真剣な顔。
「これ」
「うん」
「蜂蜜、だよね?」
「そうだよ?」
さっきも聞かれた。
《デジャヴ》
《さっきエリスも似たこと言ってた》
《蜂蜜、お前もか》
《モモカの顔が完全に何か見つけた顔》
「……普通の?」
「普通の蜂蜜だよ?」
「メリエルちゃん」
モモカちゃんが今度はメリエルを見る。
「これ、普通の蜂蜜?」
「普通だよー?」
メリエルも即答。
「みんなで作ってるやつ!」
「……」
モモカちゃんが黙った。
その隣では、エリスちゃんがすごく嫌そうな顔をしている。
「エリスちゃん?」
「いや」
エリスちゃんが蜂蜜を見る。
「さっきの流れと同じ気がする」
「流れ?」
「普通って言われたものが普通じゃない流れ」
「失礼な」
「ユズちゃんは黙ってて」
「なんで!?」
《草》
《エリス学習した》
《ユズ様基準の普通は信用するな》
「で」
アカネちゃんがモモカちゃんに聞く。
「何があった?」
「……効果」
「効果?」
私も首を傾げた。
「蜂蜜って、効果あるの?」
「ある」
「おいしい?」
「そういう意味じゃなくて」
また言われた。
「これ、食べると回復する」
「蜂蜜って元気出るもんね!」
「だからそういう意味じゃない!」
「えー」
モモカちゃんが鑑定結果をこちらにも見えるように開く。
「HP回復効果が付いてるの」
「へえー」
「しかも結構高い」
「すごいね!」
「軽い!」
《ユズ様の反応w》
《HP回復する蜂蜜に「すごいね!」》
《いや普通にすごいんだが》
「それだけじゃないよ」
モモカちゃんはさらに表示を追っていく。
「疲労軽減……あと、状態異常への効果もある」
「状態異常?」
「毒とか、麻痺とか」
「へえ」
「……待って」
エリスちゃんが横から覗き込んだ。
さっきまで蜘蛛糸で疲れていたはずなのに、一瞬で研究する顔に戻っている。
「これ、見せて」
「うん」
エリスちゃんが鑑定結果を確認する。
「……やっぱり」
「何?」
「品質によって違うけど、この辺の上位品なら複数の状態異常をまとめて治せる」
「そんなに?」
シフォンちゃんが驚く。
「うん。完全に同じではないけど……使い方だけなら、万能回復薬にかなり近い」
「……万能回復薬?」
ハルカちゃんが目を丸くした。
「それ、高いやつじゃない?」
「高い」
エリスちゃん。
「かなり」
《は?》
《万能回復薬級!?》
《蜂蜜だよな?》
《さっきパンに塗ってたよな?》
《それをパンに塗って食ってるの???》
「そうなの?」
私は手元のパンを見る。
蜂蜜たっぷり。
「でも、おいしいよ?」
「そこじゃない!」
今度はモモカちゃんとエリスちゃんが同時に言った。
「二人とも同じこと言った!」
「言わせてるのユズちゃんだから!」
《息ぴったりw》
《生産職二人が壊れ始めた》
《ユズ様の日常=万能回復薬パン》
「そんなに変?」
「変!」
モモカちゃんが即答した。
「普通の回復薬だって、ちゃんと作るには素材も手間もいるんだよ?」
「うん」
「万能回復薬なんてもっと大変」
「うん」
「それに近いものが」
モモカちゃんが壺を見る。
棚を見る。
もう一つの棚を見る。
「こんなにある」
「いっぱいあるね!」
「そこ!」
怒られた。
なんで。
◇
「でも」
シフォンちゃんが棚に並んだ蜂蜜を見ながら言う。
「魔蜂蜜自体は、人間の町でも売ってるよね?」
「売ってる」
モモカちゃんが頷く。
「魔の森の浅いところにいる蜂系魔物の巣から取れるやつ」
「それも高級品」
エリスちゃんが続ける。
「回復補助が付いてるものもある」
「じゃあ同じじゃない?」
私が聞く。
「全然違う」
「そんなに?」
「浅瀬産は、良くても回復補助とか疲労軽減が中心」
モモカちゃんが説明してくれる。
「ここまで回復量が高くて、しかも状態異常まで広く見られるものは、少なくとも私は見たことない」
「そうなの?」
「そう」
「へえー」
「また軽い」
アカネちゃんが笑う。
「メリエル」
私は横にいるメリエルを見る。
「なんで違うの?」
「んー?」
メリエルは少し考えた。
「作ってる子が違うからじゃない?」
「それだけ?」
「それだけじゃないよー」
メリエルは棚の壺を一つ持ち上げる。
「どの花から蜜を集めるかも決めてるし、薬草の花を使う時もあるし、混ぜ方も変えてるし」
「混ぜ方?」
モモカちゃんの目が光る。
「うん」
「花ごとに分けてるの?」
「分ける時もあるよー」
「熟成は?」
「するよ」
「保存方法は?」
「壺によって違うよー」
「……」
モモカちゃんが黙った。
「どうしたの?」
「ユズちゃん」
「うん?」
「これ、蜂蜜作ってるんじゃなくて、普通に加工品作ってる」
「蜂蜜でしょ?」
「蜂蜜を素材にした高級回復アイテムに近い」
「でも蜂蜜だよ?」
「そこから離れて!」
《モモカ頑張れ》
《ユズ様には全部蜂蜜》
《メリエル側も普通扱いなの草》
「だって」
メリエルが笑う。
「うちの子たち、みんな得意だもん」
「そもそも」
エリスちゃんが言う。
「ここにいる蜂たち自体が、浅瀬の野生個体よりずっと高位なんだと思う」
「そうなの?」
「多分」
「また知らなかった?」
「うん」
「何で?」
「戦ってないから」
「またそれ」
エリスちゃんが頭を押さえる。
「ユズちゃん、この場所の住民の強さ、本当に気にしてないんだね」
「だって住民でしょ?」
「……」
シフォンちゃんが笑った。
「その感覚だから、こうなったのかもね」
「何が?」
「何でもない」
「今日それ多くない?」
◇
「ちょっと試してもいい?」
モモカちゃんが蜂蜜を見ながら言った。
「食べるの?」
「うん」
「いいよ!」
メリエルも頷く。
「好きなだけどうぞー」
「好きなだけは怖いから、少しだけ」
モモカちゃんは小さなスプーンで蜂蜜をすくった。
「じゃあ」
ぱく。
「……」
「おいしい?」
「おいしい」
「でしょ!」
「すごくおいしい」
「でしょ!」
「ちょっと黙って」
「なんで!?」
《味の感想しか気にしてないw》
モモカちゃんは自分のステータスを確認する。
少し前まで長時間歩いていたから、SPがわずかに減っていたらしい。
「……回復してる」
「元気出た!」
「うん。元気出たんだけど」
モモカちゃんは難しい顔をする。
「ちゃんと数値で回復してる」
「すごい」
「しかも」
もう一度確認。
「疲労の蓄積も少し減ってる」
「便利だね!」
「便利で済ませる?」
「済ませないの?」
「済ませないよ!」
さらに。
「セレナ」
「はい?」
「昨日の戦闘で付いた軽い鈍化、まだ残ってない?」
「ほんの少しだけですが」
「これ食べてみて」
「いいんですか?」
「メリエルちゃん?」
「いいよー!」
セレナちゃんも少量を口にする。
「……」
「どう?」
「少し待ってください」
ステータス確認。
そして。
「消えました」
「やっぱり」
エリスちゃんが深く息を吐いた。
《状態異常消えた》
《本当に万能回復薬じゃん》
《蜂蜜とは》
《それパンに塗って食ってるの???》
《ユズ様毎日高級回復薬食ってるの?》
「毎日じゃないよ?」
コメントに答える。
「パンに塗る時もあるし、そのまま食べる時もあるよ!」
《そういう問題じゃない》
《使い方が贅沢すぎる》
《回復薬をジャム扱い》
「だって蜂蜜だよ?」
なんでみんなそんなに騒ぐんだろう。
おいしいのに。
◇
「これ」
モモカちゃんが急に楽しそうな顔になった。
「料理に使ったらどうなるんだろ」
「料理?」
「うん」
さっきまで驚いていたのに、今度は完全に料理する人の顔。
「加熱したら効果落ちるのかな」
「どうだろー」
メリエルも楽しそうに覗き込む。
「焼き菓子に入れたことはあるよ?」
「効果残った?」
「少し弱くなった気がするー」
「じゃあ温度?」
「かも!」
「他の薬草と合わせたら?」
「やったことない!」
「やってみたい」
「やろー!」
二人。
あっという間に意気投合した。
「……モモカも仲間見つけたね」
シフォンちゃんが笑う。
「料理仲間!」
「ユズちゃんとミレルナみたいな感じ?」
「私たちはもふもふ仲間!」
「そこは譲らないんだ」
その隣。
エリスちゃんが棚を見つめている。
「蜘蛛糸の次が蜂蜜……」
「どうしたの?」
「この場所」
「うん」
「日用品の基準がおかしい」
「そう?」
「そう」
「普通だよ?」
「それをもう信じないことにした」
「ひどい!」
《正解》
《エリス成長した》
《ユズ様の「普通」は危険》
「でも」
シフォンちゃんが笑う。
「ここ、見れば見るほど面白いね」
「そう?」
「うん」
シフォンちゃんは周囲を見回す。
「普通の街だと思って見ると、普通じゃないものだらけ」
「でも住んでるだけだよ?」
「うん」
「国じゃないよ?」
「それは聞いた」
「よかった!」
「納得はしてないけど」
「えー」
◇
蜂蜜の説明が終わっても、モモカちゃんとメリエルはしばらく話していた。
花の種類。
薬草。
果物。
料理。
保存。
どうやら本当に気が合ったらしい。
その間。
「そういえば」
アカネちゃんが、ふと遠くを見る。
「ん?」
「昨日から気になってたんだけどさ」
「何が?」
「あれ」
指差す。
町の奥。
木々の向こう。
黒い。
大きな。
何か。
「……」
ライラちゃんもそっちを見る。
「やっぱりあるよね」
「あるな」
ハルカちゃんも目を細める。
「昨日、配信にも一瞬映ってたやつ?」
「多分」
シフォンちゃんが配信画面を見る。
《それ》
《昨日の黒いやつ》
《気になってた》
《山?》
《いや森の中だぞ》
《木の影じゃない?》
《でかすぎる》
「ユズちゃん」
「なに?」
シフォンちゃんが聞く。
「あれ、何?」
「あれ?」
私は指差された方を見る。
黒い。
大きい。
寝てる。
「ああ」
すぐ分かった。
「グラちゃん?」
「……」
シフォンちゃん。
「グラちゃん?」
「うん!」
《グラちゃん?》
《何その名前》
《あのサイズでグラちゃん?》
《待って生き物なの?》
「グラちゃんって」
ハルカちゃんが少し引きつった顔をする。
「あれ?」
「そうだよ?」
「……あれが?」
「うん!」
「……」
みんな。
なんでまた止まったんだろう。
「寝てるだけだよ?」
「寝てる……」
ライラちゃんがじっと見る。
その時だった。
ずしん。
「え?」
地面が。
少しだけ。
揺れた。
木々の向こう。
黒い塊が。
ゆっくり。
動く。
《動いた》
《おい》
《山じゃねえ》
《生きてる》
《でか》
《何あれ》
《ボス?》
シフォンちゃんたちの表情が一斉に変わる。
「あ」
私は手を振った。
「起きた!」
「ユズちゃん」
「なに?」
シフォンちゃんが、黒い影から目を離さないまま聞いた。
「……あれ、本当にグラちゃんって呼んでるの?」
「うん!」
木々の向こう。
ゆっくりと。
巨大な黄金色の目が開いた。
「グラちゃーん!」
私が呼ぶと。
その大きな目が。
まっすぐ。
こっちを向いた。
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