第32話:この服、普通じゃないの?
本日2本目です。
「……ちょっと待って」
エリスちゃんは、私の服を見たまま固まっていた。
その横では、配信のコメントがものすごい速さで流れている。
《何が出た?》
《エリス固まりすぎ》
《結果見せて》
《普段着なんだよな?》
《嫌な予感しかしない》
「エリスちゃん?」
もう一度呼んでみる。
「どこか変だった?」
「変というか……」
エリスちゃんは困ったように眉を寄せると、もう一度鑑定結果を確認した。
「ユズちゃん。これ、本当に普段着?」
「そうだよ?」
「戦闘用じゃなくて?」
「うん」
「防具として作ってもらったわけでもなく?」
「服として作ってもらったよ?」
「……そう」
なぜか、エリスちゃんが遠い目をした。
「何なの?」
「これ、防具として普通に強い」
「……服だよ?」
「うん。そこがおかしいの」
「?」
服なのに、防具として強い。
それって、丈夫でいい服ってことじゃないのかな。
「どれくらい強いの?」
シフォンちゃんが横から聞く。
エリスちゃんは少し考えてから、私の服と自分たちの装備を見比べた。
「単純な防御性能だけで比較するなら……王都で普通に買える鎧より上」
「え?」
今度は私じゃなくて、アカネちゃんが声を上げた。
「待て待て。それ、布だよな?」
「布」
「私にもそう見える」
「しかも」
エリスちゃんは続ける。
「金属鎧みたいな重量もない。動きやすさもほとんど損なわれてないし、魔力の通りもかなりいい」
「……それ、結構すごくない?」
ライラちゃんが言う。
「結構どころじゃない」
エリスちゃんは即答した。
《王都の鎧より硬い普段着w》
《待って意味分からん》
《ユズ様それで普段着なの?》
《布だよな?》
《防具屋泣くぞ》
《でもトップ勢の本気装備ほどではない感じ?》
「さすがに、私たちが普段使ってる主力装備全部より上ってわけじゃないよ」
コメントを見たエリスちゃんが補足する。
「ただ、普通に王都で装備を揃えようとしてる冒険者からしたら、十分すぎるくらい高性能」
「へえー」
「ユズちゃん」
「なに?」
「もっと驚いて」
「え?」
「かなりおかしいこと言ってるから」
「でも」
私は自分の袖を触ってみる。
柔らかい。
軽い。
動きやすい。
可愛い。
「着やすいよ?」
「性能の話してるの」
「可愛いし」
「見た目の話でもない」
「あと、ふわふわしてる」
「もういい」
エリスちゃんが頭を押さえた。
《ユズ様に装備性能の概念がない》
《可愛い>防御力》
《ぶれない》
《エリス頑張れ》
なんで私が怒られてるんだろう。
◇
「ルヴェリア」
エリスちゃんが今度は服を作った本人へ向き直った。
「この服って、防具として作ったんですか?」
「いいえ?」
ルヴェリアは不思議そうに首を傾げる。
エリスちゃんが止まった。
「……いいえ?」
「はい。ユズ様が日常的にお召しになるものですので、着心地と動きやすさ、それから見た目を重視しております」
「防御性能は?」
「特には」
「特には?」
「はい」
《?????》
《今なんて》
《防御重視してない?》
《王都の鎧より硬いのに?》
《普段着とは》
今度はコメント欄まで止まりそうな勢いだった。
「でも」
ルヴェリアは少し考える。
「ユズ様は森の中を歩かれることも多いですから、枝や棘などで簡単に破れない程度には丈夫にしております」
「簡単に破れない程度」
アカネちゃんが復唱する。
「王都の普通の鎧より防御性能が高い服を?」
「はい」
「……基準どうなってんだ」
アカネちゃんが呆れたように笑った。
「普通ではありませんの?」
ルヴェリア。
「普通じゃない」
エリスちゃん。
「かなり」
即答だった。
私はその二人を交互に見る。
「でも、ルヴェリアたちにとっては普通なんだよね?」
「はい」
「じゃあ普通じゃない?」
「その理屈やめて」
「えー」
「ユズちゃんが入ると話がややこしくなる」
「ひどい!」
シフォンちゃんたちは笑っている。
コメントも笑っている。
《ユズ様理論》
《現地基準では普通》
《人間社会基準では異常》
《話が進まないw》
「原因は、やっぱりこの糸かな」
エリスちゃんが作業台に置かれた白銀色の糸を持ち上げる。
「縫製技術もかなり高いけど、それ以前に素材自体がおかしい」
「おかしいとは失礼ですわね」
ネフィエラが少しだけ頬を膨らませた。
「あ、ごめんなさい。悪い意味じゃなくて」
「分かっておりますわ」
ネフィエラは楽しそうに笑う。
「ただ、人間の方々が普段扱っている糸とは、少々違うのでしょうね」
「少々……」
エリスちゃんの顔が引きつる。
「魔の森の浅い方にいる蜘蛛型魔物から取れる《魔蜘蛛糸》でも、人間社会では結構な高級素材なんです」
「そうなの?」
「そう」
「へえー」
「だからその反応」
また怒られた。
◇
「そもそも」
ネフィエラが作業台の糸を一束手に取る。
「野生の蜘蛛がその場で作った糸と、わたくしたちが用途に合わせて用意した糸を同じものとして扱う方が不思議ですわ」
「用途に合わせて?」
エリスちゃんの目が変わった。
さっきまで困っていたのに、急に楽しそうになっている。
研究する人ってこういう感じなのかな。
「ええ。衣服に使う糸、寝具に使う糸、荷物を固定するための糸。それぞれ求められる性質が違いますもの」
「強度も変えられる?」
「もちろん」
「柔軟性は?」
「調整できますわ」
「魔力伝導率も?」
「それも可能です」
「……」
エリスちゃんが黙った。
でも今度の沈黙は、さっきとは少し違う。
「すごい」
小さく呟く。
「これ、素材としてものすごく面白い」
《エリスの研究者スイッチ入った》
《目が怖いw》
《完全に素材沼》
《生産職が見たら発狂しそう》
「それに」
ネフィエラは続ける。
「糸を作る者の力量によっても品質は変わりますわ」
「……やっぱり」
エリスちゃんが頷く。
「浅瀬にいる野生個体と、ここにいる蜘蛛たちじゃ、そもそもの格が違うんだ」
「格?」
私が聞くと、エリスちゃんがこっちを見る。
「ユズちゃん。ここにいる蜘蛛たち、普通にかなり強いと思うよ」
「そうなの?」
「……知らなかったの?」
「うん」
「何で?」
「戦ったことないし」
「それはそうだけど……」
ネフィエラがくすくす笑った。
「ユズ様は、わたくしたちを戦力として見ておりませんもの」
「だって服作ってくれるみんなでしょ?」
「ほら」
ネフィエラがエリスちゃんを見る。
「……なるほど」
「何が?」
「何でもない」
「また!?」
《ユズ様だけ認識が生活系》
《蜘蛛=高級素材+戦力》
《ユズ様=服作ってくれる子》
《別ゲー定期》
失礼なコメントが流れている。
◇
「ということは……」
エリスちゃんがゆっくり周囲を見回した。
工房には、いろいろなものが並んでいる。
服。
布。
紐。
タオルみたいなもの。
毛布。
カーテン。
クッション。
荷物を縛るための太い糸。
「……これ、全部?」
「何が?」
「この辺にある布製品」
「ほとんどは、わたくしたちの糸を使っていますわ」
ネフィエラが答えた。
「……全部?」
「用途に合わせて品質は変えておりますけれど」
「待って」
エリスちゃんが一番近くに置いてあった布を鑑定する。
止まる。
今度は毛布。
止まる。
荷物をまとめている紐。
さらに止まる。
「……これ」
エリスちゃんが荷物を縛っている紐を指差した。
「何に使ってるんですか?」
「見ての通り、荷物をまとめるためですわ」
「これで?」
「ええ」
「この素材で?」
「ええ」
《エリス壊れそう》
《その紐欲しい》
《浅瀬産の魔蜘蛛糸ですら高いのに》
《高級素材で荷締めするなw》
《生産職が泣いてる》
「何が駄目なの?」
私が聞く。
「駄目じゃない」
エリスちゃんが答える。
「駄目じゃないけど、もったいない」
「でも便利だよ?」
「またそれ!」
「だって切れにくいし」
「だから切れにくいのがおかしいの!」
怒られた。
「ユズ様!」
そこへ元気な声が聞こえてきた。
振り向くと、さっきまでシロを撫でていたミレルナが、大きなクッションを抱えて走ってくる。
「新しいものができました!」
「わあ!」
白と薄紫の布に、可愛い肉球の模様。
ふかふか。
絶対いい。
「かわいい!」
「ありがとうございます!」
ミレルナも嬉しそう。
「シロ様用です!」
「シロ!」
「わふっ!」
シロも尻尾を振る。
「ちょっと待って」
エリスちゃん。
「……何?」
私はクッションを抱えたまま聞く。
「それも、同じ糸?」
「はい!」
ミレルナが元気に答えた。
「柔らかくなるように加工しています!」
「鑑定してもいい?」
「どうぞ!」
「……」
エリスちゃんが鑑定する。
また止まった。
《また固まった》
《クッションまで?》
《まさか》
「……これ」
エリスちゃんが呟く。
「その辺の防具より丈夫なんだけど」
「クッションだよ?」
「知ってる!」
《クッション(防具)》
《投げたら武器になりそう》
《寝具の性能じゃねえw》
「でもふかふかだよ?」
「そこじゃない!」
「エリスちゃん、さっきからそこじゃないばっかり言ってる」
「誰のせいだと思ってるの!?」
「……私?」
「半分くらい!」
半分なんだ。
残り半分は誰だろう。
◇
「これ」
エリスちゃんは、しばらく工房を見回した後で言った。
「人間の町に持っていったら、かなり高く売れるよ」
「そうなの?」
「かなり」
「この糸だけでも欲しがる生産職は多いと思う」
シフォンちゃんも頷く。
「浅瀬産の魔蜘蛛糸だって、結構いい値段するもんね」
「うん。それより明らかに上」
《売ってほしい》
《言い値で買う生産勢いそう》
《流通したら相場壊れない?》
《そもそもここまで取りに来れない》
《詰み》
「じゃあ」
私は工房の奥を見る。
そこでは今日も蜘蛛たちが糸を紡いでいる。
「余ったら売れるのかな?」
「……余ったら?」
「うん」
「全部売るとかじゃなく?」
「だって」
私は周りを見回した。
「みんなの服とか、布団とか、いろいろ作るのにいるでしょ?」
「……」
エリスちゃんが黙る。
「住んでるみんなが使う分が足りなくなったら困るし」
それに、せっかくネフィエラたちが作ってくれているものだ。
売るために全部持っていくのは違う気がする。
「余ったら、欲しい人に分けたらいいんじゃない?」
「……ユズちゃん」
「なに?」
「いや」
エリスちゃんは少しだけ笑った。
「それでいいと思う」
「?」
なんだろう。
さっきまでずっと難しい顔してたのに。
「ふふ」
ネフィエラも微笑んでいる。
「やはり、ユズ様ですわね」
「何が?」
「何でもありませんわ」
「またそれ!」
今日、それ多くない?
《こういうとこなんだろうな》
《住民優先か》
《高級素材って聞いて即売却にならないのいいな》
《そりゃユズ様って呼ばれる》
《本人だけ分かってない》
「だから何なの!?」
コメントにまで置いていかれてる気がする。
◇
その後もしばらく工房を見て回った。
フィズリアちゃんが染めた布を見せてくれたり、セリナージュちゃんが新しい寝具を説明してくれたり。
シフォンちゃんたちも楽しそうだったし、配信を見ている人たちもずっと騒いでいた。
特にエリスちゃんは最後まで蜘蛛糸から離れたくなさそうだった。
「エリス」
シフォンちゃんが声をかける。
「そろそろ次行くよ?」
「あと少し」
「さっきも言ってた」
「本当にあと少し」
「研究者モード入ってるね」
「……」
ミオちゃんがぼそっと言う。
「置いていく?」
「待って」
エリスちゃんがすぐ振り返った。
「行く」
「早い」
《エリスw》
《素材に置いていかれそうになってる》
そんなやり取りをしていると。
「ねえ、ユズちゃん」
今度はモモカちゃんが私の袖をちょんちょん引いた。
「なに?」
「次」
なんだか期待した顔をしている。
「蜂蜜のところ、見に行っていい?」
「蜂蜜?」
「うん!」
そういえば昨日からずっと気にしてた。
「いいよ!」
「やった!」
「でしたら」
いつの間にか一緒にいたメリエルが、ぱっと笑う。
「次はうちに来るー?」
「行く!」
モモカちゃん。
即答。
「モモカちゃん、すごく楽しそう」
「食べ物だからね」
「うん!」
「認めるんだ」
シフォンちゃんが笑う。
その横で、エリスちゃんが少し疲れた顔をしていた。
「……次は普通の食材だよね?」
「蜂蜜だよ?」
メリエルが答える。
「なら大丈夫……かな」
なんでそんな心配してるんだろう。
「おいしいよ!」
「そういう意味じゃない気がする」
アカネちゃんが笑った。
◇
蜘蛛族の工房を出て、今度は蜂たちが管理している場所へ向かう。
花畑。
果樹。
薬草。
甘い匂い。
その中に、蜂蜜を保管している場所がある。
「ここ!」
私が案内すると、モモカちゃんの目が一気に輝いた。
「わあ……!」
棚には蜂蜜の入った壺がたくさん並んでいる。
いつも見ている光景。
でも、モモカちゃんには違うらしい。
「これ、全部蜂蜜?」
「うん!」
「全部?」
「うん!」
《壺の数おかしい》
《高級品が大量に》
《モモカ大興奮》
「食べる?」
「いいの!?」
「いいよ!」
メリエルも横から頷く。
「いっぱいあるからねー」
「じゃあ……少しだけ」
モモカちゃんが嬉しそうに壺を覗き込む。
私は近くに置いてあったパンを一つ取ると、蜂蜜をたっぷり塗った。
「これ、おいしいよ!」
「そんなにかけるの!?」
「おいしいから!」
《かけすぎw》
《高級そうな蜂蜜を雑に使うなw》
《ユズ様の日常》
「じゃあ私も……」
モモカちゃんが小さなスプーンですくおうとして。
ふと。
止まった。
「ん?」
蜂蜜を見る。
もう一度見る。
「どうしたの?」
「……念のため」
モモカちゃんが蜂蜜へ手をかざした。
「鑑定していい?」
「いいよ?」
「ありがと」
そして。
鑑定。
「…………」
止まった。
「モモカちゃん?」
返事がない。
少し離れたところにいたエリスちゃんが、ものすごく嫌そうな顔をした。
「……その反応」
「何?」
「さっき見た」
《デジャヴ》
《今度はモモカが固まった》
《嫌な予感》
《蜂蜜、お前もか》
「モモカちゃん?」
もう一度呼ぶ。
モモカちゃんは、ゆっくりと私を見る。
それから蜂蜜。
また私。
「……ユズちゃん」
「なに?」
「これ」
すごく真剣な顔。
「蜂蜜、だよね?」
「そうだよ?」
「…………」
また黙った。
なんだろう。
今日はみんな、普通のものを見て止まる日なのかな。
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