第27話:魔物たちの異変
引き続きシフォン視点です。
「行ってみよっか」
シフォンのその一言で、《暁ノ華嵐》の八人は進路を変えた。
目標は、先ほど目撃した巨大な蟻。
正確には、その蟻が運んでいる加工済みの木材と、それが向かっている先だった。
蟻そのものは、この森では決して珍しい存在ではない。
巨大化した昆虫系の魔物など、《魔の森》を長く攻略していれば何度も目にする。
だが。
綺麗に長さを揃えられた木材を、何本もまとめて運んでいる個体となれば話は別だった。
「近づきすぎないようにね」
シフォンが小声で言う。
「こっちに敵意がないとは限らないから」
「了解」
先頭のライラが短く答える。
彼女は狼耳を時折動かしながら、視線だけで蟻の位置を追っていた。
姿を隠しているわけではない。
だが、相手の索敵範囲へ不用意に踏み込むほど近づくこともない。
《暁ノ華嵐》が何ヶ月もこの森を攻略してこられた理由の一つが、こうした慎重さだった。
《追跡始まった》
《これ蟻にバレたらどうなるんだ》
《普通に戦闘になるんじゃね》
《でもさっきの黒牙獣も襲ってこなかったぞ》
「そこなんだよねー」
シフォンは配信コメントを横目で見る。
「この子もどう動くか分かんないから、しばらく様子見かな」
「この子って言うには大きくない?」
ハルカが遠くの蟻を見る。
人間を軽く超える体高。
黒褐色の硬そうな外殻。
巨大な顎。
その姿だけを見れば、どう考えても可愛らしく呼ぶような相手ではない。
「細かいことはいいの」
「シフォン結構ユズちゃん寄りの感性になりそう」
「誰?」
「いや、まだ知らない人」
「……?」
ハルカが首を傾げる。
もちろん、この時点で彼女たちはまだユズの存在を知らない。
ただ。
後になって考えれば。
この辺りからすでに、彼女たちは少しずつ“そちら側”へ近づいていたのかもしれない。
◇
「……まっすぐ」
しばらくして、ライラが呟いた。
「ずっと中心方向」
「巣へ戻ってる可能性は?」
エリスの問いに、ライラは少し考える。
「ある」
「でも」
「巣へ帰るだけなら、あんなに規格の揃った木材を運ぶ理由が分からない」
「だよね」
エリスは頷きながら、遠くを歩く蟻の荷物を観察していた。
「長さだけじゃない。太さもある程度揃えてある」
「偶然拾ったものじゃない?」
「可能性は低い」
「誰かが切ったってこと?」
「少なくとも加工はされてる」
《じゃあ蟻が加工した?》
《魔物が木材加工するの?》
《巣を作るならありそうじゃね》
《でも切断面綺麗すぎる》
《職人蟻》
「職人蟻ってなんか可愛いね」
「今のところ全然可愛くないけどな」
アカネが言う。
「というか、あの顎なら木くらい普通に切れそうじゃね?」
「切れると思う」
エリス。
「でも」
一度言葉を切る。
「“切れる”のと、“同じ長さに揃えて切る”のは別」
「なるほど」
確かに。
魔物が巣材として木を切るだけなら、そこまで不思議ではない。
だが。
今運ばれている木材には。
明らかな規格性がある。
それは。
野生の生物が巣を作るために集めた素材というより。
建材。
そう呼んだ方が近いように見えた。
◇
「……増えた」
さらに十分ほど進んだところで、ミオが静かに言った。
「え?」
シフォンが前を見る。
最初の蟻とは別方向。
木々の間から。
もう一匹。
さらに。
その少し奥からも。
二匹目。
三匹目。
合計四匹の巨大蟻が姿を現した。
《増えたw》
《蟻の行列》
《何運んでる?》
「こっちは石」
ライラ。
「もう一体は……木?」
「木材だね」
エリスが確認する。
新しく現れた一匹は、大きな石材らしきものを背負っていた。
ただの岩ではない。
角が落とされ。
いくつかは大きさまで揃っている。
もう一匹は先ほどと同じような木材。
最後の一匹は、束ねられた植物繊維のようなものを運んでいた。
「……これ」
ハルカが口元を引きつらせる。
「完全に仕事してない?」
《俺も思った》
《資材運搬じゃん》
《配送業者かな?》
《蟻物流》
《建築してる?》
「少なくとも」
エリスが静かに言う。
「何かを作るための資材を運んでるようには見える」
「巣?」
セレナ。
「可能性はある」
「でも」
エリスは、合流していく蟻たちを指差した。
「全員、同じ方向」
四匹の蟻は。
互いに鳴き声を交わすわけでも。
喧嘩するわけでもなく。
自然に隊列へ加わった。
そのまま。
森の奥。
中心部へ向かっていく。
「……統率されてる」
ミオ。
「だね」
シフォンも頷いた。
◇
そこで。
一匹の蟻が。
不意に。
こちらを向いた。
「……!」
アカネの手が刀へ。
ミオも僅かに姿勢を落とす。
セレナはすぐに防御術を展開できるよう、杖を持ち替えた。
相手との距離は十分。
だが。
戦闘になれば。
他の蟻たちまで一斉に襲ってくる可能性がある。
「まだ」
シフォンが短く制止する。
「向こうが動くまで待って」
巨大蟻は。
こちらを。
じっと見る。
一秒。
二秒。
三秒。
「……気づいてる」
ライラ。
「完全に」
緊張。
けれど。
次の瞬間。
蟻は。
何事もなかったかのように前を向いた。
そして。
再び歩き始めた。
「…………」
《え?》
《スルーされた?》
《気づいてたよな》
《またこれか》
《黒牙獣と同じ?》
「……まただね」
シフォンが呟く。
「さっきの黒牙獣だけじゃなかった」
「敵対判定されてない?」
ハルカ。
「いや」
ミオが首を振る。
「警戒はしてた」
「でも、襲うほどじゃない?」
「たぶん」
「そんなことある?」
アカネが眉を寄せる。
少なくとも。
この森で今まで遭遇してきた多くの魔物は。
人間を見れば襲う。
あるいは。
縄張りから追い払う。
そのどちらかだった。
もちろん例外はいる。
だが。
中心へ近づくほど。
その例外が増えている。
「……変」
ライラが小さく言った。
「何が?」
「魔物はいる」
「うん」
「いっぱい」
「うん」
「でも」
狼耳が周囲の音を拾う。
「近づいてこない」
「…………」
全員。
少し黙る。
《こわ》
《それ普通に怖いやつ》
《中心にもっとやばいのいる?》
《大型ボスの縄張り説》
《強い個体を避けてるとか》
「その可能性はあるね」
エリス。
「強大な個体の縄張りに入れば、周囲の魔物が活動を控えることはある」
「じゃあやっぱり中心に何かいる?」
ハルカ。
「断定はできない」
「でも」
エリスは森の奥を見る。
「今までより静かなのは確か」
実際。
不自然だった。
中心へ近づいている。
なら。
本来なら。
もっと。
強い魔物が。
もっと頻繁に。
襲ってきてもおかしくない。
なのに。
魔物の気配はある。
視線も感じる。
だが。
襲ってこない。
それどころか。
こちらを避けるように。
道を変える個体までいる。
「……嫌な静けさ」
セレナ。
「ですよね」
「でも」
シフォンは少しだけ笑う。
「面白くなってきた」
《シフォン楽しそう》
《探索勢だなあ》
《怖くないのか》
「怖いよ?」
「でも」
森の奥を見る。
「分かんないから見に行くんでしょ」
それが。
《暁ノ華嵐》だった。
◇
「あ」
さらに進んだところで。
ハルカが声を上げた。
「今度は蜘蛛」
「どこ?」
「上」
全員が見上げる。
木々の枝。
巨大な蜘蛛型魔物。
その姿を見た瞬間。
アカネが僅かに構える。
だが。
「……襲ってこない」
ライラが言う。
蜘蛛は。
こちらを一度見る。
それだけ。
そして。
枝の間を器用に移動していく。
その後ろ。
細い糸。
「巣?」
シフォン。
「違う」
エリスが即答した。
「……あれ」
蜘蛛が引いているのは。
不規則な巣ではない。
何本もの糸を束ね。
一本の縄のようにまとめたもの。
その先には。
布。
あるいは。
何かを包んだ荷物。
「……荷物?」
「たぶん」
「蜘蛛まで運搬してる?」
《蟻だけじゃないの?》
《蜘蛛も仕事してるw》
《何この森》
《魔物の運送会社でもあるのか》
さらに。
エリスが目を細める。
「……あの糸」
「何?」
「品質」
「品質?」
「浅瀬で採れる魔蜘蛛糸より」
少し。
間。
「多分、かなり上」
《は?》
《魔蜘蛛糸!?》
《浅瀬産でも高いぞ》
《そんなの束で運んでんの?》
《売ったらいくらになるんだ》
「遠目だから断定はしない」
エリス。
「でも、光沢と繊維の密度が違う」
「エリスがそう言うなら、結構すごいやつ?」
シフォン。
「結構どころじゃない可能性もある」
「へぇー」
「反応軽い」
「だってまだ触ってないし」
「それはそう」
蜘蛛は。
そのまま。
蟻たちと同じ方向へ進んでいった。
◇
さらに。
また。
別の音。
「……羽音」
ライラ。
全員が立ち止まる。
上空。
木々の間を縫って。
数匹の蜂型魔物が飛んでくる。
「今度は蜂か」
アカネ。
「戦闘準備する?」
「待って」
ライラ。
「……こっち来ない」
蜂たちは。
こちらへ近づかず。
少し離れた場所を通過する。
その脚。
抱えているもの。
「あれ」
モモカが目を輝かせた。
「果物?」
「こっちは」
シフォン。
「壺?」
「蜜」
モモカ。
「多分、蜂蜜」
「分かるの?」
「匂いする」
《料理人つよ》
《蜂蜜?》
《魔蜂蜜じゃね》
《浅瀬の野良蜂から取れるやつでも高級品だろ》
《壺で運ぶな》
「魔蜂蜜なら」
エリスも見上げる。
「一般市場だとかなり高い」
「美味しいの?」
ハルカ。
「あなたはまずそこなんですね」
セレナ。
「重要!」
その横で。
モモカは。
少し首を傾げる。
「でも」
「どうしたの?」
「匂い」
「普通の魔蜂蜜とちょっと違う」
「分かるの?」
「なんとなく」
「なんとなくかー」
「料理人のなんとなくは馬鹿にできませんよ」
セレナが真面目に言う。
「ですよね!」
「本人が一番驚いてどうするんですか」
蜂たちも。
やはり。
中心方向へ飛んでいった。
◇
「……整理しよう」
少しして。
シフォンが足を止めた。
全員も止まる。
配信コメントも。
相変わらず凄まじい速度で流れている。
「最初に蟻」
一本指を立てる。
「次に蜘蛛」
二本。
「今度は蜂」
三本。
「全部」
ライラ。
「同じ方向」
「だよね」
さらに。
全て。
何かを運んでいる。
木材。
石材。
植物繊維。
糸。
布。
果物。
蜂蜜。
「これ」
ハルカ。
「普通に考えたら」
「……協力してる?」
「そう見える」
エリス。
「少なくとも」
「お互いを敵として扱ってはいない」
《魔物同士の共同作業?》
《そんなことあるの?》
《種族違うぞ》
《蟻蜘蛛蜂って普通に別勢力じゃない?》
《魔物の村説》
《いや村で済む量か?》
「村」
シフォンが少し考える。
「あるのかな?」
「知性の高い魔物が集落を作る例はあります」
セレナ。
「でも」
「ここまで複数種族が混在する例は」
エリス。
「私は知らない」
「私も」
ライラ。
「……見たことない」
シフォンはコメントを読む。
《アメリカ鯖こんなの報告してなかったよな》
《Frontier Dreamが中心行った時は何もなかったって》
《日本鯖限定?》
《鯖ごとに歴史違うんだろ》
《日本だけ何かイベント進んだ?》
「それはありそう」
シフォン。
「サーバーごとにNPCの行動や歴史が変わることは、もう分かってるし」
「向こうに無いものが」
エリス。
「こっちに存在していても、おかしくはない」
「じゃあ」
ハルカ。
「日本サーバーだけ」
「魔物の国とかできてたり?」
「さすがに飛躍しすぎ」
セレナ。
「えー」
「でも、何があるか分からないのは確かです」
それだけは。
全員。
同意だった。
◇
「……待って」
また。
ライラ。
「今度は?」
シフォン。
「足元」
「足元?」
全員が。
地面を見る。
「…………」
最初。
何が違うのか。
分からなかった。
森の土。
草。
落ち葉。
だが。
「……これ」
アカネが眉を寄せる。
「平らじゃね?」
「うん」
エリスがしゃがむ。
手で地面をなぞる。
「根が除去されてる」
「石も」
少し先。
幅。
ほぼ一定。
地面は踏み固められ。
邪魔になる大きな根や石が取り除かれている。
さらに。
両脇。
「……溝?」
シフォン。
「排水用だと思う」
エリス。
「…………」
《え》
《道?》
《これ道じゃね》
《道路あるじゃん》
《誰が作った》
《蟻だろ》
《文明確定では??》
「……道」
シフォンが呟く。
「だね」
「人工的?」
「人工っていうか」
エリスが少し迷う。
「少なくとも」
「誰かが意図的に整備してる」
しかも。
使われている。
地面には。
無数の足跡。
巨大蟻の脚。
蜘蛛系の跡。
小型の獣。
その他。
いくつもの異なる形。
「……古くない」
ライラ。
「どういう意味?」
「最近」
「何度も通ってる」
「つまり」
シフォン。
「この道」
「今も使われてる?」
「うん」
「…………」
全員が。
道の先を見る。
森の奥。
中心方向。
今まで。
獣道らしきものは。
何度も見た。
魔物が同じ場所を往復して。
自然に出来た道。
だが。
これは違う。
幅を揃え。
障害物を除去し。
排水まで考えられている。
明確に。
誰かが。
通行するために作った道。
「……ちょっと」
ハルカが笑う。
「これ本当に」
「何かあるんじゃない?」
「今さら?」
アカネ。
「もうほぼ確定だろ」
《街ある?》
《村じゃね》
《魔物の集落とか》
《早く進め》
《この先絶対やばい》
「はいはい」
シフォンが笑う。
「そんな急かさないの」
そう言いながら。
本人も。
かなり楽しそうだった。
そして。
八人は。
道へ足を踏み入れる。
◇
道を進む。
それだけで。
移動速度は。
明らかに上がった。
今までは。
巨大な根。
倒木。
岩。
草。
それらを避けながら。
常に。
足元まで警戒しなければならなかった。
だが。
この道は。
歩きやすい。
「……普通に快適」
ハルカ。
「魔の森で言う感想じゃない」
エリス。
「でも本当に歩きやすい」
「作ったやつ優秀だな」
アカネ。
「建築系NPCとか?」
「まだ何とも」
シフォン。
しばらく。
進む。
すると。
「…………」
ライラの耳が。
ゆっくり立った。
「どうした?」
アカネ。
「……音」
「魔物?」
「違う」
「じゃあ何?」
ライラは。
目を閉じる。
集中。
風。
葉。
羽音。
その奥。
小さく。
小さく。
何か。
一定のリズム。
「……叩いてる」
「何を?」
「分からない」
「でも」
さらに。
耳を澄ます。
「一個じゃない」
「いくつも」
カン。
コン。
遠く。
木と木。
あるいは。
石。
何かを加工するような音。
「……建築?」
エリスが呟く。
《マジ?》
《建築音!?》
《集落あるじゃん》
《町まである?》
《何作ってんだよ》
その瞬間。
ライラ。
「……待って」
声が。
変わった。
全員。
すぐに反応する。
「何?」
シフォン。
ライラは。
道の先を。
じっと見る。
「……気配」
「何体?」
「…………」
返事がない。
「ライラ?」
「多い」
「どれくらい?」
「分からない」
「え?」
普段。
周囲の敵数を。
かなり正確に把握するライラが。
分からない。
それだけで。
八人の空気が変わった。
「……魔物?」
ミオ。
「うん」
「全部?」
「多分」
「どのくらい?」
ライラは。
もう一度。
耳を澄ませる。
そして。
ゆっくり。
答えた。
「……たくさん」
「かなり」
「この道の先にいる」
《は?》
《大量の魔物?》
《巣?》
《ちょっと待て》
《さっきまで襲ってこなかったやつらの仲間?》
《これ本当に町なんじゃ》
シフォンは。
道の先を見る。
木々に遮られ。
まだ。
何も見えない。
けれど。
音がする。
気配がする。
明らかに。
何かがある。
「……これ」
シフォンが。
小さく笑う。
「本当に」
「何かあるね」
そして。
杖を握り直した。
「この道」
「辿ってみよっか」
《行け!》
《絶対何かある》
《魔物の集落説》
《日本鯖どうなってんだ》
《続き気になる》
八人は。
周囲への警戒を。
さらに強めながら。
森の奥へ。
続いている。
その道を。
ゆっくりと。
進み始めた。
面白いと感じましたら、ブクマ、評価、コメント等をよろしくお願いします。




