第22話:女王蜂メリエル
「次は蜂さん!」
「……元気ですわね」
私の言葉に、ネフィエラがくすっと笑う。
「もちろん!」
「食が揃えば、衣食住全部揃うんだよ!」
「その通りですわ」
「じゃあ早く行こう!」
「少し待ってください」
「?」
クロエが私を見る。
「蜘蛛族の移住準備はどうするのです?」
「あ」
そうだった。
「それでしたら問題ありませんわ」
ネフィエラがさらっと答える。
「ルヴェリアたちに任せてありますもの」
「またですか」
クロエの眉がぴくっと動く。
「何がですの?」
「そうやって、すぐ部下に任せるところです」
「適任者に任せているだけですわ」
「あなた自身も働いてください」
「働いておりますわよ?」
「どこがですか」
「判断をしています」
「…………」
「それも女王の仕事ですわ」
「むぅ……」
クロエ。
なんか納得してなさそう。
「やっぱり仲良しだね!」
「違います」
「ふふ、そう見えます?」
「ネフィエラ!」
うん。
仲良しだ。
「それで」
ネフィエラが私を見る。
「わたくしもご一緒してよろしいのですわよね?」
「もちろん!」
「なぜあなたまで来るのです?」
クロエが即座に聞く。
「久しぶりにメリエルにも会いたいですもの」
「私は別に会いたくありません」
「でも案内してくれるんでしょ?」
「……必要ですから」
「じゃあ決まり!」
私はシロを見る。
「シロ!」
「わふ!」
「お願い!」
「わふっ!」
首輪をつける。
淡い光がシロを包み、ふわふわの身体がぐんぐん大きくなっていく。
「よし!」
今日も出発!
◇
「甘い匂いする!」
シロの背中に揺られながら、私は思いきり息を吸い込んだ。
「なんか、お菓子みたい!」
「この辺りから蜂族の縄張りです」
後ろに座っているクロエが答える。
「もう?」
「はい」
「早い!」
「シロ殿が速いだけです」
「わふっ!」
「褒められた!」
「そうですね」
今回は、一番前に私。
その後ろにユキ。
コハク。
クロエ。
そして一番後ろにネフィエラ。
「ネフィエラ、大丈夫?」
「ええ。なかなか楽しいですわ」
「でしょ!」
「お主はまた手を離すでない!」
「大丈夫!」
「何度同じことを言わせるのじゃ!」
「……ユズ」
「ん?」
「……前」
「前?」
ユキが指差す。
「…………わあ!」
森の景色が。
一気に変わっていた。
赤。
青。
黄色。
白。
紫。
色とりどりの花が、木々の間いっぱいに咲いている。
少し先には、たくさんの果物が実った木。
その間を。
『ぶーん』
『ぶぶーん』
大きな蜂さんたちが行き来している。
「蜂!」
「いっぱい!」
「ここは、あの者たちが管理している花畑です」
「管理してるの?」
「ええ」
クロエが頷く。
「花の種類ごとに区画を分け、蜜を集めています」
「果樹も育てているの?」
「それも蜂族の仕事の一つですわ」
ネフィエラが答える。
「花を育てるだけではありませんの」
「果実の実りを助けたり、香草を育てたり、保存食を作ったり」
「へえー!」
「すごい!」
蜘蛛族のところとは、全然違う。
あっちは工房みたいだった。
こっちは。
「お花畑!」
「……いっぱい」
ユキも、少し目を輝かせている。
「ユキ、お花好き?」
「……綺麗」
「だよね!」
さらに進むと。
「おおー!」
巨大な蜂の巣みたいなものが見えてきた。
木々の間にいくつも作られた、大きな六角形の巣房。
その周りには果物。
壺みたいな容器。
黄色く透き通った蜜。
「蜂蜜!」
「勝手に食べないでくださいね」
クロエがすぐに言った。
「まだ食べてないよ!」
「“まだ”と言いましたね」
「…………」
「お主」
「何もしてない!」
「顔が食べたそうじゃぞ」
「だって美味しそうだし!」
「ふふ」
ネフィエラが笑う。
『……クロエ様?』
「ん?」
一匹の蜂さんが近づいてきた。
『ネフィエラ様も』
『珍しい組み合わせですね』
「こんにちは!」
『…………人間?』
「ユズ!」
『あ、はい』
なんか困らせた。
「メリエルはいますか?」
クロエが尋ねる。
『女王様ですか?』
「はい」
『ええと……』
蜂さんが少し考える。
『たぶん、花畑の方に』
「……たぶん?」
『さっき蜂蜜を持って出ていかれたので』
「…………」
クロエが目を閉じた。
「どうしたの?」
「いえ」
「相変わらずですわね」
ネフィエラが楽しそうに笑う。
「?」
どういうことだろ。
◇
「いた」
クロエが呟いた。
「どこ?」
「あそこです」
指差した先。
大きな花畑。
その真ん中に。
「…………」
女の子がいた。
明るい金色の髪。
赤い瞳。
頭には蜂の触角と、小さな王冠。
背中には、透き通った翅。
黒と黄色を基調にした可愛らしい服。
そして。
「…………寝てる?」
「寝ていますね」
「女王なのに?」
「だから私は来たくなかったのです」
「ふふ」
花畑の中。
メリエルらしい女の子は、のんびり寝転がりながら小さな壺を抱えていた。
指先ですくって。
ぺろっ。
「蜂蜜食べてる!」
「……仕事中ですよね?」
「休憩中なのでしょう」
ネフィエラが答える。
「休憩長すぎませんか?」
「クロエ」
「なんです?」
「まだ何も聞いていませんわよ?」
「見れば分かります」
すると。
「んー?」
女の子が顔を上げた。
「……あれ?」
赤い瞳が。
クロエ。
ネフィエラ。
私たち。
順番に見る。
「クロエとネフィエラじゃん!」
ぱっと笑った。
「久しぶりー!」
「お久しぶりですわ、メリエル」
「久しぶりです」
クロエだけちょっと固い。
「クロエが自分から来るなんて珍しいねー」
「私もそう思います」
「自分で言うんだ!」
「だってクロエ、わたしのこと苦手でしょ?」
「苦手ではありません」
「ほんとー?」
「仕事に対する考え方が合わないだけです」
「それ苦手って言わない?」
「言いません」
「ふーん」
メリエルが笑う。
「相変わらず真面目だねー」
「あなたが自由すぎるのです」
「ちゃんと働いてるよ?」
「何を?」
「味見」
「それを仕事に数えないでください!」
「大事だよー?」
「大事ではありますわね」
「ネフィエラは黙っていてください!」
「ふふ」
やっぱり。
この三人。
面白い。
「それで」
メリエルが私を見る。
「そっちの子たちは?」
「私?」
「うん!」
「ユズ!」
「わたしはメリエル!」
にこっ。
「よろしくねー!」
「よろしく!」
なんか。
話しやすそう。
「こっちはシロ!」
「わふ!」
「ユキ!」
「……よろしく」
「コハク!」
「妾はコハクじゃ」
「へえー」
メリエルが私たちを順番に見る。
「可愛い子いっぱいいるね!」
「でしょ!」
「特にこの白い子もふもふ!」
「シロ可愛いよ!」
「触っていい?」
「もちろん!」
「わふっ!」
メリエルがシロの毛に手を入れる。
「わー!」
「すご!」
「ふわふわ!」
「でしょ!」
「……ユズとすぐ仲良くなりそうじゃな」
コハクが小さく呟いた。
「妾もそう思いますわ」
「ネフィエラまで!?」
◇
『女王様!』
「ん?」
一匹の蜂さんが、急いで飛んできた。
『北側の花畑ですが、予定より開花が遅れています』
「どれくらい?」
『三割ほどです』
「水分は?」
『少ないようです』
「じゃあ第二群を北に回して」
『はい!』
「南側は今かなり余裕あるでしょ?」
『あります』
「そこから三割くらい移動して大丈夫」
『承知しました』
「あと川側から水も運んであげて」
『すぐに!』
蜂さんが飛んでいく。
「…………」
「どうしたの?」
メリエルが私を見る。
「今」
「うん?」
「ちゃんと女王だった!」
「どういう意味!?」
「普段も女王だよー!」
「普段からそうしていれば、私も何も言いません」
「クロエは働きすぎなんだよー」
「あなたは働かなさすぎです」
「部下に任せられることは任せればいいじゃん」
「女王が率先して働くべきです」
「えー?」
「まあまあ」
ネフィエラが二人の間に入る。
「どちらにも、良いところがありますわ」
「ほら!」
「ネフィエラはあなた寄りでしょう」
「あら、そう見えまして?」
「見えます」
「クロエ」
「なんです?」
「たまには休みなよー」
「あなたにだけは言われたくありません!」
「えー!」
私は。
三人を見る。
「やっぱり仲良し!」
「違います」
「まあ、悪くはありませんわね」
「わたしは仲良しだと思ってるよ?」
「…………」
クロエが一人だけ。
すっごく疲れた顔してる。
◇
「それで」
メリエルが蜂蜜の壺を横に置いた。
「今日は何しに来たの?」
「ご飯!」
「…………」
「お主」
「説明する!」
分かってる!
「今ね!」
「魔物のみんなが安心して暮らせる場所を作ってるの!」
「へえー」
「クロエたちが家を作ってくれて!」
「ネフィエラたちが服とか布を作ってくれることになって!」
「うんうん」
「次はご飯!」
「なるほど!」
「クロエが、食べ物ならメリエルたちが一番すごいって!」
「…………」
メリエルが。
にやっ。
と笑った。
「クロエー?」
「なんです」
「そんなにわたしたちのこと評価してたんだー?」
「能力については評価しています」
「また同じこと言ってる!」
私が思わず言う。
「え?」
「ネフィエラの時も言ってたよ!」
「言ってましたわね」
「……事実ですから」
クロエが少し赤くなった。
「クロエ、素直じゃないねー」
「あなた方が余計なことを言うからです!」
「ふふ」
「それで」
メリエルが私を見る。
「食べ物を分ければいいの?」
「それでも助かるけど」
「けど?」
「一緒に住まない?」
「…………」
「…………」
「わたしたちも?」
「うん!」
「全員?」
「うん!」
「…………」
メリエルが。
クロエを見る。
ネフィエラを見る。
「二人も?」
「我らはすでに移住しています」
「わたくしたちも移ることにしましたわ」
「…………」
「ええ!?」
初めて。
メリエルが大きな声を出した。
「クロエまで!?」
「そこですか?」
「だってクロエだよ!?」
「どういう意味ですか!」
「自分の巣ぜったい捨てなさそうじゃん!」
「事情があったのです」
「何があったの?」
クロエが、巣で起きたことを簡単に説明する。
地下水脈。
崩落。
移住。
「そっか……」
メリエルの表情が少しだけ真面目になった。
「大変だったんだね」
「ええ」
「みんな無事?」
「ユズ様たちのおかげで」
「そっか」
メリエルが私を見る。
「ありがとね」
「え?」
「クロエの子たち助けてくれたんでしょ?」
「みんなで助けたよ!」
「うん」
にこっと笑う。
「でもありがと」
「えへへ」
「それで」
メリエルが首を傾げる。
「そんな大人数が住める場所って、どこなの?」
「グラちゃんのところ!」
「…………」
「グラちゃん?」
来た。
この反応。
「古龍グランヴェル様です」
クロエが言う。
「古龍様の領域ですわ」
ネフィエラも続ける。
「…………」
メリエルが止まった。
「え?」
「古龍?」
「うん!」
「グラちゃん!」
「古龍様をグラちゃんって呼んでるの?」
「うん!」
「…………」
「どうしたの?」
「いや」
メリエルがクロエを見る。
「ほんと?」
「本当です」
「ネフィエラ」
「本当ですわ」
「…………」
「すご」
「でしょ!」
「しかもグラちゃん、私の召喚獣!」
「…………」
「え?」
「ユズ様」
クロエが私を見る。
「一度に情報を増やさないでください」
「でもほんとだよ?」
「それは分かっています」
「古龍様が……召喚獣……」
メリエルが何度か瞬きをする。
「なんか」
「うん?」
「ユズ、すごいね」
「そう?」
「うん」
「よく言われる!」
「そこは否定してもよいと思うぞ」
「えー?」
◇
「その場所」
メリエルが少し身を乗り出す。
「川ある?」
「ある!」
「大きい?」
「結構大きいよ!」
「花植えられそうな場所は?」
「いっぱい!」
「果樹は?」
「たぶん!」
「最後だけ急に曖昧ですね」
クロエが言う。
「でも森いっぱいあるよ!」
「陽の当たる場所も?」
「ある!」
「…………」
メリエルが考える。
「古龍様、本当に住んでいいって?」
「うん!」
「好きにしていいって!」
「…………」
「見てみたい!」
「ほんと!?」
「うん!」
「じゃあ今行こう!」
「今!?」
「善は急げ!」
「またそれですのね」
ネフィエラが笑う。
「でも」
メリエルが立ち上がる。
「わたしも気になる!」
「もし本当にそんなに広くて安全なら」
さっきまでの。
のんびりした顔とは少し違う。
「もっといっぱい花を育てられるかもしれないし」
「果物も」
「食べ物も」
「もっとたくさん作れる」
「おおー!」
「じゃあ決まり!」
「……まだ移住するとは言ってないよ?」
「えー!」
「まず見てから!」
「はーい!」
でも。
来てくれそう!
◇
「じゃあ!」
私はメニューを開く。
「転移するよ!」
「…………」
「転移?」
「うん!」
「一瞬で行けるよ!」
「…………」
メリエルがクロエを見る。
「クロエ」
「なんです?」
「この子、転移もできるの?」
「できます」
次にネフィエラを見る。
「普通なの?」
「いいえ」
「そうなんだ」
「わたくしも驚きましたわ」
「私たちも通りました」
「何を?」
「その反応をです」
「?」
「細かいことはいいから!」
「みんな近くに!」
「また勢いで進めましたわね」
「慣れました」
「クロエが完全に諦めてる!」
「諦めていません!」
「行くよー!」
《転移》
足元に淡い光が広がる。
「わっ!」
「綺麗!」
メリエルが楽しそうに声を上げる。
そして。
一瞬。
視界が真っ白になって。
◇
「到着!」
「…………」
草原。
川。
森。
作り始めたばかりの家。
蟻さんたち。
蜘蛛族の一部も、少しずつ荷物を運び始めている。
「わあ……」
メリエルが辺りを見回す。
「ほんとに広い!」
「でしょ!」
「川もある!」
「うん!」
「花もいっぱい植えられそう!」
「でしょでしょ!」
メリエルがどんどん歩いていく。
「この辺なら花畑」
「あっちは果樹」
「川の近くなら水も取りやすいし」
「すごい!」
「もう考えてる!」
「こういうのは好きだから!」
そして。
「…………」
メリエルが止まった。
「?」
視線の先。
大きな。
黒銀色の。
山みたいな身体。
「…………」
グラちゃん。
今日も寝てる。
「グラちゃーん!」
『…………』
「グラちゃん!」
『……今度はなんだ』
「あ」
起きた。
グラちゃんが片目を開ける。
クロエ。
ネフィエラ。
そして。
メリエル。
『…………』
少しだけ間があった。
『今度は蜂か』
「…………」
メリエルが固まる。
「古龍様に」
「“今度は蜂”って言われたんだけど!?」
「大丈夫!」
「歓迎してるってことだよ!」
『言っておらん』
「ええー!」
「ユズ」
「なに?」
メリエルが。
もう一度。
周りを見る。
広い草原。
川。
森。
そして。
古龍グランヴェル。
「…………」
少しだけ。
真剣な顔。
「ここ」
「うん?」
「本当に」
にっこり笑った。
「いっぱい育てられそう!」
こうして。
最後に残っていた。
“食”を支える蜂族も。
私たちの新しい居場所に。
興味を持ってくれたのだった。




