第21話:女王蜘蛛ネフィエラ
「それで?」
女王蜘蛛。
ネフィエラが、柔らかく微笑みながら私を見る。
「クロエがわざわざ連れてきたということは、何かご用があるのでしょう?」
「うん!」
「服作ってほしい!」
「…………」
「お主」
「ちゃんと説明する!」
コハクに言われる前に、私は続けた。
「私たち、今、魔物のみんなが安心して暮らせる場所を作ってるの!」
「まあ」
「それで、クロエたちが家を作ってくれてるんだけど」
私はクロエを見る。
「今度は服とか布とかが足りないって!」
「……随分と大雑把な説明ですね」
「でも合ってるよね?」
「間違ってはいませんが」
「なら大丈夫!」
「何が大丈夫なのですか……」
クロエが小さく息を吐く。
ネフィエラはそんな私たちを見て、くすくすと笑った。
「なるほど」
「それで、衣に関する技術を求めて、わたくしたちのところへ?」
「うん!」
「クロエが、この森で一番くらいすごいって!」
「…………」
「ユズ様」
「ん?」
クロエが、ものすごく嫌そうな顔をしている。
「私は、そのような言い方はしていません」
「でも、あの子たち以上はいないって言ってたよ?」
「……技術については、そう言いました」
「あら」
ネフィエラの笑みが少し深くなる。
「クロエが、わたくしたちをそこまで評価してくださっていたなんて」
「技術については、です」
「素直ではありませんこと」
「事実を述べているだけです」
「ふふ」
「…………」
やっぱり。
この二人。
仲良しなんじゃないかな。
「クロエ」
「なんです?」
「やっぱり友達なんじゃ――」
「違います」
「早い!」
「ユズ様」
「はい」
「その話はもう結構です」
「えー?」
「まあまあ」
ネフィエラが楽しそうに笑う。
「相変わらずですわね、クロエ」
「何がです?」
「何でもご自分で抱え込むところです」
「…………」
「どうせ今も、部下と一緒になって木材でも運んでいるのでしょう?」
「必要な作業ですから」
「女王が自ら資材運びまで?」
「人手が足りなければ当然でしょう」
「本当に、変わりませんのね」
「あなたこそ」
クロエがネフィエラを見る。
「相変わらず、部下に任せてばかりなのですね」
「適材適所ですわ」
「任せすぎです」
「女王が全て自分でしていては、配下が育ちませんもの」
「限度があります」
「そうかしら?」
「あります」
「…………」
なんか。
言い合ってる。
でも。
全然、本気で怒ってる感じじゃない。
「やっぱり仲良しだね」
「違います」
「そう見えまして?」
「え?」
今度は。
二人で答えが違った。
「ネフィエラ!」
「冗談ですわ」
「……まったく」
クロエが額を押さえる。
「ふふ」
ネフィエラは楽しそう。
◇
「では」
ネフィエラが、くるりと身体の向きを変えた。
「立ち話もなんですし、こちらへどうぞ」
「いいの?」
「もちろんですわ」
私たちは、ネフィエラの後についていく。
「わあ……」
奥へ進むほど、景色がすごくなっていく。
木々の間には白銀の糸で作られた橋。
枝から吊り下げられた、大きな布。
黒。
白。
紫。
赤。
いろんな色に染められた糸が、風に揺れている。
少し先では、蜘蛛の下半身を持った女の人たちが大きな織機みたいなものを動かしていた。
「すごーい!」
「全部作ってるの!?」
「ええ」
ネフィエラが頷く。
「糸を作るだけではありませんわ」
「染めて、織って、縫って」
「必要であれば魔力を通し、丈夫にも柔らかくもいたします」
「魔力まで!?」
「用途次第ですわね」
「おおー……」
近くには。
服。
毛布。
袋。
紐。
カーテンみたいな布。
可愛い飾りまで。
いっぱい。
「ここ、楽しい!」
「ユズ」
「ん?」
ユキが一枚の布を触っている。
「……すべすべ」
「ほんとだ!」
触ってみる。
「わあ!」
すごく柔らかい。
「シロ!」
「わふ?」
「これでシロ用の毛布作ったら、絶対ふわふわ!」
「わふっ!」
「お主」
コハクが呆れた顔をする。
「すでにシロ自身が十分ふわふわじゃろう」
「でもふわふわの上にふわふわだよ!」
「何を言っておるのじゃ」
「……ちょっと分かる」
「ユキ!?」
「……ふわふわは多い方がいい」
「だよね!」
「わふ!」
「妾がおかしいのか……?」
「コハクもふわふわだよ!」
「そういう話ではない!」
◇
「それで」
少し奥にある広い場所へ案内されて、私たちは腰を落ち着けた。
糸で編まれた椅子。
でも。
意外としっかりしてる。
「ユズ様」
「なに?」
「もう少し詳しく、お話を聞かせていただけます?」
「うん!」
私は、今までのことを簡単に説明した。
魔物のみんなが安心して暮らせる場所を作りたいこと。
グラちゃんのところに、最初の小さな魔物たちが来たこと。
家がなかったこと。
蟻さんたちに助けてもらおうとして。
逆に助けることになって。
今はクロエたちも一緒に住んでいること。
「……なるほど」
ネフィエラが、ゆっくり頷く。
「クロエの一族まで、すでに?」
「はい」
クロエが答える。
「我らは巣を放棄しました」
「まあ」
初めて。
ネフィエラの表情が少し変わった。
「あなたが?」
「事情がありましたので」
「それにしても」
ネフィエラがクロエを見る。
「長く築いてきた巣でしょう?」
「……ええ」
「それを捨てる決断をしたのですか」
「住み続ければ、同胞を危険に晒します」
「ならば迷う理由はありません」
「…………」
「相変わらずですわね」
「何がです?」
「迷わないところ」
「必要な判断です」
「そういうところですわ」
「?」
また二人だけで分かってる。
「でも!」
私は話を戻す。
「今はみんなで新しい場所作ってるよ!」
「それで」
ネフィエラが私を見る。
「その場所は、安全なのですの?」
「うん!」
「すっごく!」
「そうなのですか?」
「グラちゃんいるから!」
「…………」
「グラちゃん?」
「あ」
また。
この反応。
「古龍グランヴェル様です」
クロエが補足する。
「…………」
ネフィエラの笑顔が止まった。
「今」
「なんと?」
「グラちゃん!」
「ユズ様、そこではありません」
「え?」
「古龍グランヴェル様です」
「……ええ」
ネフィエラが、ゆっくり私を見る。
「その古龍様が」
「どうして?」
「一緒に住んでるから!」
「…………」
「正確には」
クロエが口を挟む。
「ユズ様が古龍様の領域に、魔物たちの住処を作っています」
「古龍様ご本人から、許可もいただいているそうです」
「…………」
ネフィエラ。
完全に止まった。
「しかも」
私はちょっと自慢げにする。
「グラちゃん、私の召喚獣だよ!」
「…………」
「召喚獣?」
「うん!」
「……古龍様が?」
「うん!」
「…………」
ネフィエラがクロエを見る。
「本当ですの?」
「本当です」
「わたくし」
「少し理解が追いついておりませんわ」
「私も最初はそうでした」
「クロエも!?」
「当然でしょう」
「えー?」
そんなに変かな。
「でも」
ネフィエラが、少し考える。
「古龍様のお許しがある場所……」
「それは」
視線が。
少し真剣になる。
「確かに魅力的ですわね」
「でしょ!」
「この森で暮らす者にとって」
クロエが続ける。
「古龍様の領域以上に安全な場所は、そうありません」
「ええ」
ネフィエラも頷いた。
「それは、わたくしも理解していますわ」
「じゃあ!」
「服作ってくれる!?」
「ふふ」
ネフィエラが笑う。
「衣服を何着か作る程度でしたら、もちろん」
「やった!」
「ですが」
「?」
「一つの集落を、継続して支えるとなれば話は別ですわ」
「…………」
「服だけではありません」
「寝具、袋、縄、布製品」
「住む者が増えれば、それだけ必要なものも増えていきます」
「確かに……」
「それらを安定して供給するのであれば」
ネフィエラが、少し首を傾ける。
「こちらから運び続けるより」
「…………」
「わたくしたちも移った方が早いですわね」
「…………」
「え?」
今。
「一緒に来てくれるの!?」
「まだ決めたとは言っておりませんわ」
「えー!」
「まずは、その場所を見せていただけます?」
「もちろん!」
「今行こう!」
「今からですの?」
「うん!」
「お主は本当に早いのう……」
「善は急げ!」
「使い方が合っておるような、違うような……」
「では」
ネフィエラが立ち上がる。
「拝見させていただきましょうか」
「やった!」
「クロエも!」
「もちろん同行します」
「よーし!」
私はメニューを開く。
「じゃあ転移するね!」
「…………」
「転移?」
「うん!」
ネフィエラが。
また固まった。
「ユズ様」
「なに?」
「今、何と?」
「転移!」
「長距離の?」
「そうだよ!」
「…………」
ネフィエラがクロエを見る。
「クロエ」
「なんです?」
「あなた」
「よく平然としていられますわね」
「慣れました」
「クロエが諦めてる!」
「諦めてはいません!」
「ふふ」
ネフィエラが笑った。
「本当に」
「面白い方ですのね」
「私?」
「ええ」
「じゃあ行こう!」
「少々お待ちを」
「?」
ネフィエラが、近くにいた蜘蛛へ声をかける。
「わたくしが戻るまで、こちらをお願いしますわ」
『承知しました』
「ほら!」
「やっぱり全部任せた!」
クロエがすぐ反応する。
「必要な指示は出しましたもの」
「あなたはそうやって――」
「転移するよー!」
「話を途中で進めるでない!」
「えへへ」
◇
《転移》
足元に淡い光が広がる。
「わっ」
「まあ……」
ネフィエラが珍しそうに周りを見る。
そして。
視界が白くなって。
一瞬後。
「到着!」
「…………」
いつもの草原。
川。
森。
蟻さんたちが作り始めた家。
小さな魔物たち。
「きゅ!」
「ぷる!」
「ただいまー!」
「きゅっ!」
そして。
「…………」
ネフィエラが。
止まった。
「どうしたの?」
「ユズ様」
「ん?」
ネフィエラの視線。
その先。
「…………」
黒銀色の。
巨大な身体。
グラちゃん。
『…………』
寝てる。
「本当に……」
ネフィエラが小さく呟く。
「古龍様……」
「グラちゃーん!」
『…………』
「グラちゃん!」
『……なんだ』
「お客さん!」
『…………』
グラちゃんが片目を開ける。
ネフィエラを見る。
少し。
間。
『蜘蛛の女王か』
「……ご存じなのですか?」
『この森に住む者くらいはな』
「おお!」
「グラちゃん物知り!」
『長く生きておるだけだ』
「古龍様」
ネフィエラが深く頭を下げる。
「お初にお目にかかります」
「ネフィエラと申します」
『うむ』
「ユズ様から」
ネフィエラが少しだけ私を見る。
「この地へ移り住む者を受け入れていると伺いました」
『好きにせよ』
「…………」
「ほら!」
「いいって!」
「軽い……」
クロエが呟く。
「本当に」
ネフィエラは驚いたようにグラちゃんを見る。
「よろしいのですの?」
『我はユズに任せた』
「だって!」
「任されてる!」
「…………」
ネフィエラが。
今度は私を見る。
「古龍様が」
「一人の人間に、この場所を任せる……」
「?」
「何か変?」
「……いえ」
ネフィエラが。
ふっと笑う。
「とても興味深いだけですわ」
それから。
周りを見る。
川。
土地。
作り始めたばかりの家。
働く蟻さんたち。
小型魔物。
「広い」
「水もある」
「資材も豊富」
「何より」
グラちゃんを見る。
「古龍様の領域」
「…………」
ネフィエラが少し考える。
そして。
「決めましたわ」
「!」
「ほんと!?」
「ええ」
「わたくしたちも」
にっこり。
「こちらへ移りましょう」
「やったー!」
「決断が早いですね」
クロエが言う。
「良い場所へ移るのに、迷う理由がありますの?」
「…………」
クロエが黙る。
「?」
「どうしたの?」
「いえ」
クロエが少し目を逸らす。
「そういうところは」
「嫌いではありません」
「まあ」
ネフィエラが楽しそうに笑う。
「今、褒めまして?」
「褒めていません」
「絶対褒めたよ!」
「褒めていません!」
「ふふ」
やっぱり。
仲良しじゃん。
◇
「では」
ネフィエラが。
再び蜘蛛族のところへ戻る前に。
「ユズ様」
「なに?」
「こちらへ連れてきたい者が、何人かおりますの」
「誰?」
「わたくしが特に信頼している者たちですわ」
「会いたい!」
「ふふ」
「では」
もう一度。
転移。
蜘蛛族の集落へ戻る。
そして。
「皆さん」
ネフィエラが声をかける。
「いらっしゃいませ」
少しして。
五人の女の人がやってきた。
「おお……!」
みんな。
上半身は人。
でも下半身は蜘蛛。
アラクネ。
でも。
全員。
雰囲気が違う。
「こちらが」
ネフィエラが一人目を見る。
「ルヴェリア」
「裁縫と工房の管理を任せていますわ」
「初めまして」
落ち着いた雰囲気の女性が、一礼する。
そして。
私を見る。
「…………」
「?」
「どうしたの?」
「ユズ様」
「うん」
「右袖の縫い合わせ」
「少し弱っていますね」
「え!?」
袖を見る。
「分かるの!?」
「はい」
「後ほど補修いたしましょう」
「すごい!」
「まだ何もしてないのに分かった!」
「職人ですので」
かっこいい!
「次に」
ネフィエラが、二人目を見る。
「フィズリア」
「染色と素材加工を得意としていますわ」
「よろしくお願いします」
ちょっと冷静そうな人。
周りの森を見て。
「この土地なら、染料として利用できる植物も多そうですね」
「もう仕事のこと考えてる!」
「当然です」
「真面目!」
「クロエと気が合いそう!」
「どうでしょう」
「なぜそこで私を見るのです?」
クロエが反応する。
「そして」
三人目。
「ミレルナ」
「まだ若いですけれど、細かな装飾や小物作りが得意ですわ」
「よ、よろしくお願いします……!」
小柄で。
ちょっと緊張してる。
可愛い。
「よろしく!」
「…………」
ミレルナが。
私の横を見る。
「?」
シロ。
「わふ?」
「…………もふもふ」
「分かる!?」
「は、はい!」
「シロ可愛いよね!」
「……はい!」
「触る?」
「いいんですか!?」
「もちろん!」
「わふっ!」
ミレルナが。
そっと。
シロを撫でる。
「…………」
「どう?」
「……すごく、もふもふです」
「でしょ!」
「今度」
ミレルナが。
ちょっとだけ目を輝かせる。
「ぬいぐるみを作っても……?」
「シロの!?」
「はい」
「作って!」
「わふ?」
「シロのぬいぐるみだって!」
「わふっ!」
「喜んでる!」
「本当かのう」
「次ですわ」
四人目。
「ゼルフィナ」
「護衛と、戦闘用の糸を扱います」
「よろしく」
短い。
すっごく。
強そう。
「戦闘用の糸?」
「拘束」
ゼルフィナが答える。
「切断」
「罠」
「護衛」
「おお……」
「この人だけちょっと雰囲気違う!」
「必要な役割ですわ」
「なるほど!」
「そして」
最後。
「セリナージュ」
「布織りやレース、寝具などを得意としています」
「よろしくお願いいたします」
優しそうな人。
「小さな子たちも住んでいると伺いました」
「うん!」
「でしたら」
セリナージュが柔らかく笑う。
「柔らかな寝具を用意した方がよさそうですね」
「ほんと!?」
「きっと喜ぶ!」
「ふふ」
「それなら何よりです」
「すごい……」
五人。
全員。
得意なことが違う。
「これなら」
「服も!」
「毛布も!」
「いろいろ作れる!」
「ええ」
ネフィエラが頷く。
「裁縫」
「染色」
「布織り」
「装飾」
「護衛」
「必要なことは、一通り」
そして。
にっこり。
「ユズ様のお世話係としても」
「どうぞお使いくださいませ」
「…………」
「私のお世話係!?」
「そこに一番反応するのですか?」
クロエが呆れる。
「だって!」
「私、お世話されるの!?」
「必要ならば」
「ルヴェリア!」
「はい」
「私そんなにお世話必要!?」
「…………」
ルヴェリアが。
私の服を見る。
髪を見る。
袖を見る。
靴を見る。
「…………」
「なにその間!?」
「少々」
「必要かもしれません」
「ええー!?」
「妾もそう思うぞ」
「コハクまで!」
「……私も」
「ユキ!?」
「わふっ!」
「シロまで!?」
なんで!?
「ふふ」
ネフィエラが楽しそうに笑う。
クロエまで。
少し。
笑ってる。
「もう!」
でも。
なんだか。
すごく賑やかになってきた。
最初は。
シロ。
ユキ。
コハク。
グラちゃん。
それだけだったのに。
小さな魔物たちが来て。
蟻さんたちが来て。
今度は蜘蛛さんたち。
「これで!」
私は拳を握る。
「服も大丈夫!」
「ええ」
「じゃあ衣食住、全部解決!」
「まだです」
「…………」
「あ」
クロエを見る。
「ご飯」
「はい」
「食が残っています」
「そうだった!」
完全に忘れてた!
「次はメリエルだね!」
「そうなります」
「あら」
ネフィエラが笑う。
「メリエルのところへ行きますの?」
「うん!」
「それでしたら」
「?」
「わたくしもご一緒いたしますわ」
「なぜです?」
クロエが。
即座に聞く。
「面白そうですもの」
「…………」
「行こう!」
「ユズ様まで!」
「人数多い方が楽しいよ!」
「そういう問題では……」
「ふふ」
ネフィエラ。
楽しそう。
クロエ。
すごく嫌そう。
コハク。
呆れてる。
ユキ。
ちょっと笑ってる。
シロ。
尻尾振ってる。
「よーし!」
次は。
蜂さん!
これでご飯も揃ったら。
きっと。
もっと。
みんなが暮らしやすくなる!
こうして。
蜘蛛族も。
新しい仲間になった。
そして次は。
食を支える。
女王蜂のところへ向かうことになった。




