第20話:衣食住
「…………」
私は、目の前の光景を見て固まっていた。
昨日まで。
本当に。
ほとんど何もなかったはずなのに。
「……すご」
草原の一角には、もう何本もの道ができている。
川の近くには水を引くための細い水路。
少し離れた場所には、木材や石をまとめて置く資材置き場。
そして。
「家できてる!」
「きゅっ!」
「ぷる!」
「ぴぃ!」
昨日、一緒に連れてきた小さな魔物たちが、新しくできた家の周りを楽しそうに走り回っている。
木と土と石で作られた、小さくて可愛らしい家。
私たちが作った。
屋根の落ちる家とは。
全然違う。
「クロエー!」
「はい」
少し離れた場所。
何匹もの蟻さんたちに指示を出していたクロエが、こちらを振り向いた。
「これ全部作ったの!?」
「全てではありません。皆で作ったものです」
「でも昨日まで何もなかったよ!?」
「まだ整地と仮設住居、それから排水路や資材置き場を作り始めた程度ですが」
「これで!?」
「はい」
クロエが不思議そうに首を傾げる。
「本格的な建築はこれからです」
「…………」
本格的。
これから。
私にはもう十分すごく見えるんだけど。
「蟻さんたち、すごい!」
『ありがとうございます!』
『これくらいなら!』
『女王様の指示があれば!』
「おおー!」
近くで作業していた蟻さんたちが答えてくれる。
なんか。
すっごく頼もしい。
「クロエ!」
「はい?」
「これなら、すぐ町みたいになりそうだね!」
「町……ですか」
「うん!」
「みんなが住むんだから、道とか家とかいっぱい必要でしょ?」
「確かに必要ではありますが」
クロエが周囲を見る。
「まだ住居の数も足りません。倉庫も必要ですし、雨天時を考えれば道の排水も整える必要があります」
「まだそんなにあるの?」
「当然です」
「大変……」
「ですが」
クロエはすぐに作業中の蟻さんたちへ目を向けた。
「我らが得意とする分野です」
「おお!」
「任せて!」
「任せてください」
「うん!」
これで。
家は安心だ!
……と思ったんだけど。
「クロエ」
「はい」
「それ、重くない?」
「問題ありません」
クロエが大きな木材を持ち上げる。
「女王様!」
『それはこちらで運びます!』
「構いません。あなた方は東側の作業を続けてください」
『ですが!』
「人手が足りないのでしょう?」
『それは……』
「ならば、私が働けば一人増えます」
そのまま。
クロエが木材を運んでいく。
「…………」
女王なのに。
めっちゃ働いてる。
「クロエ!」
「はい?」
「休まなくて大丈夫?」
「なぜです?」
「ずっと働いてるじゃん」
「女王である私が休んでいて、どうするのです」
「え?」
クロエは本気で不思議そう。
「皆が働いているのであれば、私も働く。それだけです」
「でも」
コハクが横から口を挟む。
「長というものは、全てを自らこなせばよいというものでもあるまい」
「もちろん、任せるべき仕事は任せています」
「ならば少し休んではどうじゃ?」
「私が休む理由にはなりません」
「…………」
「真面目じゃのう」
「そう?」
「お主とは正反対じゃな」
「どういう意味!?」
「そのままの意味じゃ」
「えー!」
「……ふふ」
ユキが隣で小さく笑った。
「ユキまで!」
「……何も言ってない」
「笑った!」
「……気のせい」
「絶対笑ったよ!」
「わふっ!」
「シロも!?」
シロまで楽しそう。
むぅ。
◇
「きゅっ!」
「わあ!」
小さな兎みたいな子が、新しい家の中から飛び出してきた。
「気に入った?」
「きゅ!」
家の中を覗いてみる。
ちゃんと屋根がある。
壁も頑丈。
入口も。
大きい!
「すごい!」
「昨日のとは全然違う!」
「比べること自体が失礼ではないか?」
「そんなに!?」
「昨日のあれは、家ではなく葉っぱを積み重ねただけじゃ」
「ちゃんと枝も使ったよ!」
「そういう問題ではない」
「えー?」
でも。
小さな魔物たちが嬉しそうだから。
それでいい。
「これで、みんな安心して暮らせるね!」
「そうですね」
クロエが頷く。
「住居については」
「…………」
「?」
住居については?
「他にも何かあるの?」
「あります」
「まだ!?」
「むしろ」
クロエが私を見る。
「住居ができれば終わりだと考えていたのですか?」
「…………」
「ユズ?」
ユキまでこっちを見る。
「…………ちょっとだけ?」
「お主……」
コハクが頭を押さえる。
「だって!」
「家があれば住めるじゃん!」
「寝るだけならな」
「?」
クロエが、近くの小型魔物たちを見る。
「今はまだ住民も少なく、森から採取したもので十分かもしれません」
「うん」
「ですが、我ら蟻族だけでも数百」
「…………」
「あ」
そうだった。
「その全てが、これからここで暮らします」
「…………」
「ご飯」
「必要です」
「いっぱい?」
「かなり」
「…………」
考えてなかった!
「さらに」
「まだあるの!?」
「あります」
「衣類や寝具なども必要です」
「服?」
「種族によって必要とするものは異なりますが」
クロエが説明してくれる。
「衣服」
「毛布」
「寝具」
「袋」
「縄」
「布」
「その他にも、生活に必要なものは多くあります」
「…………」
私は指を折る。
家。
服。
ご飯。
「……衣食住?」
「ようやくそこに辿り着いたか」
「ほんとだ!」
「感心するところか?」
「だって!」
ちゃんと。
全部必要なんだ。
「じゃあ」
私はクロエを見る。
「服作るのが得意な魔物と、ご飯作るのが得意な魔物を探せばいいんだ!」
「…………」
「?」
クロエ。
黙った。
「クロエ?」
「…………」
「どうしたの?」
「心当たりはあります」
「ほんと!?」
「ありますが」
クロエが。
すっごく嫌そうな顔をした。
「できれば、頼りたくありません」
「ええ!?」
「なぜじゃ?」
コハクが首を傾げる。
「嫌いなの?」
「嫌いではありません」
「じゃあ仲悪い?」
「悪くありません」
「じゃあなんで?」
「…………」
クロエが少し目を逸らす。
「仕事に対する考え方が、合わないのです」
「仕事?」
「はい」
「まず」
クロエが一本指を立てる。
「衣についてなら、蜘蛛族が最適でしょう」
「蜘蛛!」
「この森に、大きな蜘蛛の一族が暮らしています」
「糸出す?」
「出します」
「おお!」
「その糸を加工し、布や衣服、寝具、縄、袋などを作る技術に優れています」
「すごい!」
「特に」
クロエが少しだけ悔しそうに続ける。
「女王ネフィエラと、その配下の職人たちの技術は非常に高い」
「ネフィエラ!」
女王。
また女王だ!
「会ってみたい!」
「…………」
「なんでまた嫌そうな顔するの?」
「ネフィエラは」
クロエが少し間を置く。
「女王でありながら、自分でほとんど作業をしません」
「え?」
「裁縫も」
「染色も」
「布織りも」
「細かな作業は全て配下に任せています」
「でも」
私は首を傾げる。
「みんなが得意なら、任せてもいいんじゃない?」
「よくありません」
「即答!?」
「女王である以上、自ら率先して働くべきです」
「そうなの?」
「そうです」
「妾には」
コハクが口を挟む。
「部下に仕事を任せるのも、長の役目に思えるがのう」
「限度があります」
「なるほど」
「お主、絶対分かっておらぬじゃろう」
「えへへ」
「そして」
クロエが二本目の指を立てる。
「食についてなら、蜂族でしょう」
「蜂!」
「女王はメリエル」
「メリエル!」
「彼女たちは花や果実を育てることに長けています」
「蜂蜜も?」
「もちろんです」
「蜂蜜!」
美味しそう!
「それ以外にも、花蜜や果実、保存の利く食料などを扱っています」
「すごい!」
「食料を安定して確保するのであれば、あの一族の力は非常に有用でしょう」
「じゃあ!」
「メリエルにも会いに行こう!」
「…………」
また。
嫌そう。
「今度は何?」
「メリエルは」
クロエが目を閉じる。
「自由すぎます」
「自由?」
「はい」
「仕事を部下に任せ、自分は気が向いたことをしています」
「ネフィエラより酷い?」
「種類が違います」
「種類」
「ですが」
クロエが。
ものすごく不本意そうに。
「食に関して、あの一族に勝る者はそういません」
「じゃあ二人ともすごいんだね!」
「…………」
「そこだけ聞けば、そうです」
「なら決まり!」
「何がです?」
「会いに行こう!」
「…………」
「今から!」
「話を聞いていましたか?」
「うん!」
「ネフィエラは服とか布作るのがすごくて!」
「メリエルは畑とか蜂蜜がすごい!」
「…………」
「合ってるよね?」
「間違ってはいませんが……」
「じゃあ行こう!」
「お主は本当に迷わぬのう」
「だって」
私は、周りを見る。
新しい家。
働いてる蟻さんたち。
楽しそうな小さな魔物たち。
「みんなが暮らすなら」
「服もご飯もあった方がいいでしょ?」
「…………」
クロエが私を見る。
しばらく。
黙って。
「……そうですね」
「でしょ!」
「分かりました」
「やった!」
「ただし」
「?」
「私も同行します」
「もちろん!」
「どちらも、私が直接話した方が早いでしょう」
「じゃあ最初はどっち?」
「蜘蛛族です」
「近いの?」
「蜂族よりは」
「決まり!」
私はシロを見る。
「シロ!」
「わふ!」
「またお願い!」
「わふっ!」
その時。
「グラちゃーん!」
『…………』
少し離れたところで寝ていたグラちゃんに声をかける。
『……なんだ』
「一緒に行く?」
『断る』
「早い!」
『我が動けば、周囲の魔物が逃げる』
「あ」
そうだった。
「じゃあお留守番!」
『元よりそのつもりだ』
「夜のお鍋、忘れてないからね!」
『忘れるな』
「グラちゃんの方が忘れなさそうじゃな」
「絶対覚えてるよね」
『当然だ』
「そこは否定しないんだ……」
よし!
「じゃあ行こう!」
「……うん」
「また騒がしい旅になりそうじゃのう」
「私は案内するだけですからね」
「クロエも楽しもうよ!」
「なぜそうなるのです?」
「楽しい方がいいじゃん!」
「…………」
クロエが。
また少し。
困った顔をした。
◇
シロの背中に乗って、森を進む。
一番前に私。
その後ろにユキ。
コハク。
そして今回はクロエも一緒。
「クロエ!」
「なんです?」
「落ちないでね!」
「その台詞」
後ろからコハクの声。
「まずお主が守れ!」
「私は大丈夫!」
「説得力がない!」
「わふっ!」
「シロも大丈夫って!」
「そうは言っておらぬ!」
クロエが。
少しだけ。
笑った気がした。
「クロエ」
「はい?」
「ネフィエラとは、昔から知り合いなの?」
「昔から、というほどではありません」
「じゃあ友達?」
「違います」
即答。
「仲悪い?」
「悪くありません」
「じゃあ友達?」
「違います」
「どっちなの?」
「知り合いです」
「怪しいのう」
コハクが笑う。
「先ほどから、その女王の話になると露骨に機嫌が悪くなっておるぞ」
「機嫌は悪くありません」
「そう?」
「そうです」
「でも会いたくないって言ってたよ?」
「できれば、です」
「つまり会いたくないのでは?」
「…………」
「クロエ?」
「仕事に対する考え方が違うだけです!」
「おお」
ちょっと声大きくなった。
「例えば」
クロエが続ける。
「自分でできることを、なぜ全て部下へ任せるのか理解できません」
「でも部下の子が上手なんでしょ?」
「それでもです」
「女王って大変だね」
「お主が言うと何か違う気がするのう」
「なんで!?」
そんな話をしながら、森を進んでいく。
しばらくすると。
「……ユズ」
「ん?」
ユキが前を見る。
「……糸」
「糸?」
見る。
「…………わあ」
木と木の間に。
白銀色の糸が張られている。
でも。
普通の蜘蛛の巣とは全然違う。
何本もの糸が綺麗に編まれて、橋みたいになってる。
別の場所では、木々の間に大きな布のようなものが吊るされている。
「綺麗……」
「ここから蜘蛛族の領域です」
「これ全部蜘蛛の糸?」
「はい」
「すごい!」
さらに進む。
白銀。
黒。
淡い紫。
いろんな色の糸。
糸で作られた橋。
布。
飾り。
木の枝から吊るされた大きな繭みたいな建物。
「なんか」
「工房みたい!」
「実際、似たようなものです」
クロエが答える。
「あの一族は、糸を作るだけではありません」
「染め、織り、縫い、加工する」
「衣に関する技術なら、この森でも屈指です」
「おおー!」
すごい。
これは。
絶対。
お願いしたい!
『……誰か来たぞ』
『人間?』
『クロエ様もいる』
木の上。
糸の橋。
いろんなところから。
蜘蛛さんたちが。
こっちを見ている。
「こんにちはー!」
「お主はどこへ行っても同じじゃな」
「挨拶は大事!」
『……女王様に知らせる』
『ああ』
何匹かの蜘蛛さんが、森の奥へ消えていった。
「ネフィエラ来るかな?」
「来るでしょう」
「どんな人?」
「…………」
「また嫌そうな顔した!」
「していません」
「してるよ!」
「してません」
「……してる」
「ユキまで!?」
「…………」
クロエが何か言おうとした。
その時。
「あら?」
森の奥から。
柔らかい声が聞こえた。
「?」
白銀の糸で作られた幕が。
ゆっくり。
左右へ開く。
その向こうから。
一人の女性が歩いてきた。
長い黒髪。
赤い瞳。
黒を基調にした、上品な衣装。
優しそうに微笑んでいる。
でも。
背中には。
大きな黒い蜘蛛の脚。
「おお……!」
その女の人が。
私たちを見る。
そして。
クロエを見て。
「まあ」
にっこり。
笑った。
「珍しい方がいらしたと思えば」
「クロエではありませんの」
「…………」
クロエの眉が。
ほんの少し。
動いた。
「……できれば、会いたくありませんでした」
「まあ」
女の人は。
全然気にしてない。
「久しぶりの挨拶がそれですの?」
「知り合いなんだ!」
「知り合いではあります」
「お友達ですわ」
「違います」
「即答!?」
女の人が楽しそうに笑う。
「ふふ」
「相変わらずですわね」
そして。
今度は。
私を見る。
「それで?」
「クロエがわざわざ連れてきた」
「そちらの可愛らしい方は」
「どなたですの?」
「私?」
「はい」
「ユズ!」
「ユズ様」
女の人が。
優雅に一礼する。
「初めまして」
「わたくしはネフィエラ」
背後の蜘蛛たちが。
一斉に頭を下げる。
「この一族を預かる」
「女王でございますわ」
女王蜘蛛。
ネフィエラ。
衣服を作ってもらうための。
次の出会いが。
始まった。




