第16話:最初の住民
「わあああっ!」
速い!
シロが森の中をものすごい勢いで駆け抜けていく。
左右の木々がびゅんびゅん後ろへ流れていく。
「シロ、すごい!」
「わふぅっ!」
シロも楽しそうだ。
その背中には、一番前に私。
その後ろにユキ、さらに後ろにコハク。
三人で、ふわふわな毛にしがみついている。
「……ユズ」
「なにー?」
「……ちょっと、速い」
「そう?」
「そうじゃ!」
後ろからコハクの声が飛んでくる。
「お主! もう少し大人しく乗れぬのか!」
「ちゃんと乗ってるよ!」
「さっきから何度も手を離しておるじゃろう!」
「だって楽しいし!」
「それで落ちたらどうするのじゃ!」
「シロが拾ってくれる!」
「わふっ!」
「そこで返事をするでない!」
「ふふ」
私の後ろで、ユキが小さく笑った。
「ユキも楽しい?」
「……うん」
「だよね!」
「ただし」
「?」
「……落ちないで」
「はーい!」
「本当に分かっておるのか……」
そんなことを言いながらも、コハクもさっきよりは少し楽しそうだ。
「シロ!」
「わふ!」
「もうちょっと速く――」
「上げるでない!」
「えー!」
森の中に私たちの声が響く。
やっぱり、こういうの。
すっごく楽しい。
◇
「おおー!」
しばらく進んでいると、いろんな魔物が見えるようになってきた。
太い角を生やした大きな鹿みたいな魔物。
木の幹より太そうな巨大な蛇。
木の上には、翼を広げた大きな鳥。
「いっぱいいる!」
「だから危険だと言われたじゃろう!」
「でも」
私たちが近づくと、魔物たちはこっちを見る。
「…………」
じーっ。
しばらく私を見たあと、すっと道を空ける。
「おお!」
シロが、その横を走り抜ける。
「見てコハク!」
「なんじゃ」
「道譲ってくれた!」
「見れば分かる」
「この森の子たち、意外と優しいね!」
「違うわ!」
「え?」
「どう考えてもグランヴェルの加護を感じ取っておるのじゃ!」
「そうなの?」
「そうじゃ!」
コハクが呆れたようにため息をつく。
「さっきの魔物など、お主一人なら近づく前に逃げるべき相手じゃぞ」
「でも襲ってこなかったよ?」
「だから!」
「じゃあ優しい子じゃん!」
「話を聞け!」
「……ユズ」
「ん?」
ユキが私の肩越しに、少し前を見る。
「……あの子も、避けた」
前方にいた大きな獣型の魔物が、私たちに気づいてゆっくり道の端へ下がっていく。
「ほんとだ!」
「ほら、やっぱり優しい!」
「妾はもう知らぬ……」
「えー?」
でも、グラちゃんの加護。
本当にすごいんだ。
これなら、いろんな魔物とゆっくり話せるかもしれない。
「楽しみ!」
「何がじゃ……」
◇
「……シロ」
「わふ?」
突然、ユキが小さく声を出した。
「どうしたの?」
「……止まって」
「わふ」
シロが速度を落とし、ゆっくりその場で止まる。
「何かあった?」
「……あっち」
ユキが森の奥を指差した。
私もそっちを見る。
「…………」
木。
草。
茂み。
特に何も見えない。
「何かいるの?」
「……いる」
ユキが猫耳をぴくっと動かす。
「……小さいのが、何匹か」
「ほんと!?」
「しっ」
「あ」
声、大きかった。
「ごめん」
シロも鼻をすんすんと動かす。
「わふ」
「シロも分かる?」
「わふっ」
「妾にも聞こえるのう」
「コハクも?」
「うむ」
コハクが耳を澄ませる。
そして。
「……ほれ」
「?」
「きゅぅ……」
「!」
聞こえた。
小さな鳴き声。
「今の!」
「うむ」
「行ってみよ!」
「待て!」
「?」
「勢いよく行けば驚かせるじゃろう」
「あ」
「少しは考えよ」
「はーい」
シロにはその場で伏せてもらう。
「シロ、ちょっと待っててね」
「わふ」
私とユキとコハクの三人で、そっと森の奥へ進んだ。
◇
「…………」
「…………」
「…………」
いた。
茂みの奥、木の根元に、小さな魔物たちがぎゅっと身を寄せ合っている。
耳が長く、小さな角を持った兎みたいな子。
ふわふわした尻尾のリスみたいな子。
小さな鹿みたいな子。
それから、ぷるぷるした小さなスライムまで。
十匹くらい。
「…………」
可愛い。
「…………」
すっごく。
可愛い。
「ユズ?」
「…………」
「お主?」
「…………可愛い!」
「声が大きい!」
「っ!」
魔物たちが一斉にびくっと震えた。
「あっ!」
やっちゃった。
「ご、ごめん!」
私はその場でしゃがみ、手をゆっくり前へ出す。
「大丈夫!」
「何もしないよ」
「…………」
小さな魔物たちが、怖そうにこっちを見る。
そりゃそうだよね。
いきなり人間が来たんだし。
「ごめんね」
私はそれ以上近づかない。
後ろではユキとコハクもじっと待っている。
少し離れたところでは、シロも伏せたままこっちを見ていた。
「…………」
しばらく何も起きない。
でも、少しして。
「きゅ……」
小さな兎みたいな子が、一歩前に出た。
「!」
私は動かない。
「きゅぅ」
また一歩、私に近づく。
そして鼻をひくひく動かした。
「…………」
私の匂い、嗅いでる?
「きゅ?」
「こんにちは」
「きゅ……」
もう一歩、近づく。
その瞬間。
「……加護じゃな」
後ろでコハクが小さく呟いた。
「え?」
「お主から感じるグランヴェルの気配を確かめておる」
「そうなの?」
「おそらくのう」
「へえー」
じゃあ。
「グラちゃん、役に立ってる!」
「その言い方はどうなんじゃ……」
兎みたいな子が、私の指先に鼻を近づける。
「…………」
「きゅ」
「!」
触った!
「可愛い!」
「だから声を抑えよ!」
「ごめん!」
でも、嬉しい。
その子が少し安心したからか、後ろにいた魔物たちも少しずつ顔を上げ始めた。
「大丈夫だよ」
「何もしないから」
そう言って、私は笑った。
◇
「それで」
少しして、魔物たちの警戒もだいぶ解けてきた。
私は兎みたいな子をそっと撫でながら、コハクを見る。
「この子たち、ここで暮らしてるの?」
「いや」
コハクが魔物たちを見る。
「そうではないようじゃ」
「分かるの?」
「ある程度はな」
すごい。
コハク、普通に魔物たちと意思疎通できてる。
「何て言ってるの?」
「元々は、この近くに住んでおったらしい」
「うん」
「じゃが」
「?」
「少し前から、強い魔物が縄張りを広げ始めたそうじゃ」
「強い魔物?」
「うむ」
コハクが、小さな魔物たちを見る。
「それで、元々住んでいた場所を追われた」
「…………」
「この者たちは戦える種族ではない。だから、安全な場所を探しながらここまで移動してきたようじゃな」
「…………」
そうなんだ。
だからみんな、こんなところで固まってたんだ。
「住む場所……ないの?」
「そういうことじゃ」
「…………」
それなら。
「じゃあ!」
「?」
「私たちのところに来る?」
「…………」
コハクが黙った。
「コハク?」
「お主」
「なに?」
「また即決か」
「だって」
私は魔物たちを見る。
「住む場所探してるんでしょ?」
「そうじゃが」
「私たちも、ここに住んでくれる子を探してたじゃん!」
「…………」
「ちょうどいいよ!」
「お主は本当に……」
コハクが深いため息をつく。
でも、止めない。
「この者たちが望むのなら、妾は構わぬ」
「ほんと?」
「うむ」
「やった!」
私は小さな魔物たちを見る。
「ねえ」
「きゅ?」
「私たちと一緒に来ない?」
「…………」
みんなが私を見る。
「人間の町じゃないよ」
「魔物のみんなが安心して暮らせる場所を作ってるの!」
「きゅ……?」
「シロもいるし!」
「わふ!」
少し離れたところから、シロが返事をする。
「ユキも!」
「……うん」
「コハクも!」
「妾も住むことになっておる」
「それに!」
私はにっこり笑う。
「グラちゃんもいるよ!」
「…………」
魔物たちは、きょとんとした。
「グラちゃんでは分からぬじゃろう」
「え?」
「古龍グランヴェルじゃ」
「…………」
その瞬間、空気が変わった。
「きゅっ!?」
「ぷるっ!?」
「……?」
魔物たちが一斉にざわざわし始める。
「どうしたの?」
「まあ」
コハクがちょっと呆れた顔をする。
「普通はそういう反応じゃ」
「?」
「グランヴェルは、この森の魔物にとって特別な存在ということじゃな」
「グラちゃん、人気者?」
「……それとも少し違うが」
「?」
よく分かんない。
でも、魔物たちは今度は私のことをじっと見ている。
「きゅ……」
最初に近づいてきた子が、もう一度私のところへ来る。
「来てくれる?」
「きゅっ!」
「ほんと!?」
「きゅ!」
「やったー!」
私は思わずその子を抱き上げる。
「可愛い!」
「きゅぅ!」
「お主、嫌がられておらぬか?」
「喜んでるよ!」
「どう見ても驚いておるぞ」
「えー?」
でも、その子が私の腕の中にいるのを見て、他の魔物たちも少しずつ近づいてくる。
「ぷる」
「きゅっ」
「ぴぃ」
「……!」
いっぱい来た!
「みんな来てくれるの!?」
次々、鳴き声が返ってくる。
「やった!」
これで。
「初めての住民だー!」
「住民?」
「ここに住むんだから、住民でしょ?」
「まあ……間違ってはおらぬが」
「でしょ!」
なんだか、すっごく嬉しい。
本当に始まった感じがする。
みんなが安心して暮らせる場所。
まだ何もないけど、今日からここに住んでくれる子がいる。
「よーし!」
「帰ろっか!」
「きゅ!」
「ぷる!」
「わふ!」
私はシロを見る。
「…………」
シロ。
三人。
小さい魔物、十匹くらい。
「…………」
「どうした、お主」
「これ」
「?」
「全員シロに乗るの、無理じゃない?」
「今さら気づいたのか」
「だって!」
「見れば分かるじゃろう!」
「どうしよう……」
歩いて帰る?
でも、結構来たよね?
「うーん……」
「……ユズ」
「ん?」
ユキが私を見る。
「……転移」
「…………」
「あ!」
そうだった!
「ノアちゃんにもらったやつ!」
「忘れておったのか……」
「今思い出したから大丈夫!」
「何が大丈夫なのじゃ!」
私はメニューを開く。
《転移》
「これなら!」
「みんなまとめて戻れるかな?」
「……使ってみる?」
「うん!」
使い方は、確か一度行ったことのある場所を選ぶんだよね。
「ここ!」
私はグラちゃんのいる場所を選ぶ。
《転移先を選択しました》
《周囲の同行者を対象に含めますか?》
「おお!」
できる!
「みんな近くに集まって!」
「きゅ?」
「ぷる?」
「大丈夫!」
「ちょっと光るだけだから!」
「お主も初めてじゃろう」
「たぶん大丈夫!」
「たぶんと言うな!」
「えへへ」
みんなが私の近くに集まる。
シロ。
ユキ。
コハク。
小さな魔物たち。
「よし!」
《転移》
「いくよ!」
ぽちっ。
その瞬間、足元に淡い光が広がった。
「わっ!」
「……綺麗」
「ほう」
光がみんなを包む。
視界が一瞬、真っ白になって――。
◇
「わっ!」
次に目を開けた時、そこには見慣れた広い草原と川と森。
それから。
「…………」
大きな、黒銀色の山みたいなグラちゃん。
「戻った!」
「……成功」
「本当に便利な術じゃのう……」
「すごい!」
魔物たちは。
「…………」
完全に固まっていた。
「どうしたの?」
「きゅ……」
「ぷる……」
「?」
みんな、グラちゃんを見ている。
あ。
そういえば、初めてだもんね。
「グラちゃーん!」
『…………』
返事なし。
「グラちゃん!」
『…………』
寝てる。
「グラちゃーん!」
『……騒ぐな』
「あ、起きた!」
『誰のせいだと思っておる』
「ただいま!」
『……早かったな』
「うん!」
グラちゃんがゆっくり目を開ける。
そして、私、ユキ、コハク、シロと順番に見て、そのあと私の後ろにいる小型魔物たちを見る。
『…………』
「連れてきた!」
『……もう見つけてきたのか』
「うん!」
「今日からここに住む子たち!」
『…………』
グラちゃんが魔物たちを見る。
魔物たちは、びくびく震えてる。
「大丈夫だよ!」
「グラちゃん優しいから!」
『余計なことを言うな』
「でも優しいじゃん!」
『……好きにせよ』
「ほんと?」
『我は元より、お主に任せた』
「やった!」
小さな魔物たちは、ぽかんとしている。
「ほら!」
「大丈夫!」
「ここなら住んでいいって!」
「きゅ……」
「ぷる……」
少しずつ、みんなの緊張が解けていく。
「これからよろしくね!」
「きゅっ!」
「ぷる!」
「ぴぃ!」
「ふふ」
ユキも少し嬉しそうだ。
「よし!」
これで、本当に最初の住民ができた!
「じゃあ!」
「今日からみんなここで――」
「…………」
「…………」
私は周りを見る。
草。
木。
川。
以上。
「…………」
魔物たちを見る。
「…………」
「どうした、お主」
「コハク」
「なんじゃ」
「みんな」
「うむ」
「どこで寝るの?」
「…………」
「…………」
コハクが目を閉じた。
「今さら気づいたのか、お主」
「だって!」
「ここ!」
私は辺りを見る。
「家ないじゃん!」
「そうじゃな」
「ユキ!」
「……ないね」
「シロ!」
「わふ!」
「グラちゃん!」
『知らぬ』
「即答!?」
『我は地面で寝ておる』
「参考にならない!」
『ならば好きに作れ』
「作る!?」
「私たちで!?」
「お主が作りたいと言い出した場所じゃろう」
「そうだけど!」
もう一度、小さな魔物たちを見る。
「…………」
みんな、私を見てる。
「…………」
よし。
「分かった!」
「?」
「家!」
私は拳を握る。
「住む場所を作ろう!」
「わふっ!」
「……うん」
「まあ、そうなるじゃろうな」
『騒ぐなら離れた場所でやれ』
「グラちゃんも手伝って!」
『断る』
「ええー!?」
こうして、最初の住民は無事にやってきた。
でも。
魔物たちの居場所づくりは、まだ本当に始まったばかりだった。
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