輪廻の魔女と殺戮の魔女
「こそこそこそこそ」
小雨は部屋をこっそり出て左右を見る。幸いこの屋敷のほとんどの人が眠っているようだ。
キッチンの方に耳をすませると微かにアテナとエースの喋り声が聞こえる。もしこの状況で外に行こうとしていることがバレたら面倒くさいことになるだろう。
「ささささっ」
歩く音も立てないように靴を脱いで靴下の状態になり、靴を持って最短ルートで一階まで向かう。
靴を履きながら
「窓から出たらバレないっしょ」
1階の窓を開けてこっそりと脱出する。外に出た後ひんやりとした風が小雨の頬を撫でた。
「ううっ、寒っ」
インナーなし、ワイシャツ一枚の小雨は冷風が吹く度に身震いする。両手を擦りながら先程聞こえた声の主を探すことにする。
大きく息を吸ってから
「おーい、誰かいませんかー」
小雨の声がリリー家の庭に響くが返事が帰ってこない。聞こえるのは小雨が踏む草の心地いい音だけ。
首を傾げて
「ありゃ気のせいだったか?……いや、でも絶対見た」
小雨は自信をもってしばらく声の主を探す事にした。
するとーー
「だから言ったでしょ!ーーはーーだって!」
「うるさいなぁ、そんなのどうでもーー」
「……お?」
庭の曲がり角の所から声が聞こえた。
「あれがさっきの声の主だな」
小雨は建物を伝って細心の注意を払いながら近づいていく。遠くからだと月の逆光で黒い影のシルエットのみしか分からなかったが、近づいていくにつれ姿がはっきり見えてくる。
「……あいつらは」
(この屋敷の召使いか?いや、この屋敷に来て一度も見たことがない)
小雨は足を止めることなく進んでいく。二人はまだ小雨の存在に気が付いていない。小雨は好奇心で足を一歩一歩、進めていく。
「ん?」
違和感に気がついた一人が振り返る。しかし振り返った先に小雨は居ない。間一髪で物陰に隠れたからだ。
口を抑えながら
(やばいやばいやばい怖い怖い怖い)
井戸の後ろに隠れていた小雨は口を抑えて息を殺す。寒さか、それとも恐怖か……身体が微かに震えていた。
「ちょっと見てきま〜す」
軽い声が向こうから聞こえた。その言葉でこっちに向かってくる事が確定する。逃げ道はどこにもない、そんな中小雨は必死に気配を消した。
「ん〜、なんか気配したんだけどな〜?」
井戸を通り越して辺りをキョロキョロする。よく見ると探している人の身体に血がこびりついていた。
「っ?!?!」
(あれって血だよな?!もしかしてあの犯人って……)
小雨は思わず声をあげてしまう。しかし声を上げたとて、小雨の存在がバレるのも時間の問題だった。もしバレてしまった時の事も考えなければならない。
「ん〜、先輩、やっぱりいなかったです」
辺りを見に来た少年は小雨の存在にバレずに通り過ぎ、足音が段々と遠くなって行く。
「……ふぅ」
小雨は口元から手を離し、安堵のため息を吐いた。だがーー
「み〜つっけた♡」
「……」
小雨は耳元から聞こえた声に固まる。瞳が揺れ、頭もパニックで真っ白だった。真隣にしゃがんでいる少年の影が小雨を包み込む。
横を見る
「……ふぇ」
小雨の隣でしゃがみこみ、こちらをじっと見ている少年。逆光で姿は真っ黒だったが、瞳だけ何故か光ってじっと小雨を見据えていた。
ナイフを持った手を振りながら
「だいじょぶだって〜!取って食いやしないよ」
「うゎぁああああああ!!!!!」
恐怖でその場からすぐさま立ち上がって逃げる。しかし後ろからは少年がナイフを持って追いかけてくる。逃げる際、小雨は一瞬後ろを振り向くとナイフから赤い液体が垂れているのが見えた。
「よく見たらそのナイフ血ぃついてるじゃねぇか!!」
心の声が漏れて、つい叫んでしまう。その叫び声を聞いた少年はぷぷっとナイフを持つ手で口元を抑えて笑う。
「二人とも、ストーップ!」
どこからか女性の声が聞こえた。その声を聞いた二人は同時に止まり、声が聞こえた方を見る。
「ちょっとノア!直ぐに戻るって言ってたのにこれはどういうこと?」
白髪のおさげをした女性は少年を鋭い目つきで見た。次に小雨に目を移した時、表情がぱぁっと明るくなり、軽い足取りで小雨に向かってきた。
後退りながら
「え……え、え、何ですか」
「君小雨くん?この前はマリーがお世話になったね」
少し前の記憶がリフレインした。あの日、小雨がファミリーと面と面を向かって戦ったあの日。戦いが一段落着いた時、マリーという少女が現れ、とある組織について言ったことを思い出した。
「魔女……遊戯会……?」
「よく覚えてたわね!偉い偉い!」
そう言って白髪の女性は小雨の頭をポンポンっと撫でた。素直に喜んだらいいのか、反応に困った。
満面の笑みで
「あっはは!何その顔、可愛いね!」
「先輩、この小雨って言う人も殺していいですか〜?」
「ダメダメ!この子は大事な子なんだから!」
口元を抑えながら
(……も?俺もってことはもしかしてあの血飛沫は……)
小雨の顔色が悪くなる。その事に気がついた白髪の女性は小雨の顔を覗き込むように見た。向こうから見ていた少年が声を上げて笑う。
「ぷっ……あっはは!酷いなぁ?そんな顔すんなよ〜」
少年の笑う顔がたった今だけ、この世で一番恐ろしい笑顔に見えた。二人の間に不穏な空気が漂う中、女性が手を二回叩き、こう言う。
「私たち自己紹介がまだだったよね?ほら、まずはノアから」
「はーい」
突然始まる自己紹介タイム。少年は素直に白髪の言うことを聞いて小雨の前に向かう。位置に着いた時、少年は胸に手を当ててお辞儀をした。
「どうも初めまして……俺は魔女遊戯会所属、殺戮の魔女のノアだ」
次に女性が自己紹介を始める。
「私は魔女遊戯会所属、輪廻の魔女のスピカ!よろしくね!」
二人の自己紹介を大人しく聞いていた小雨が口を開く。
「わざわざ自己紹介してくれてありがとうございます。ですができればよろしくはしたくないです」
小雨は拒絶の意を述べた。小雨の拒絶するような言葉を聞いてノアが小雨に近づき、胸ぐらを掴んだ。
スピカに向かって
「なぁこいつ殺していい?ムカつくんだけど」
「ダメダメ!こらっ!その手を離して!」
スピカがノアに怒る姿はまるで子供を叱るママみたいだった。一方、ノアは見た目以上に力があった。胸ぐらを掴まれた小雨の足は浮いている。ノアはスピカの言葉を聞いて、乱暴に小雨の胸ぐらを離す。
「……チッ」
二人に向かって
「一つ聞きたいことがあるんだ」
首を傾げて
「ん?どうしたの?」
「……魔女遊戯会は何が目的なんだ?」
意を決して聞いた。もしかしたら禁句だった可能性もある。しかし出会ったからには聞かないわけにはいかない。
小雨の言葉を聞いた二人は顔を見合せて、正面を向いた。
先に口を開いたのはスピカだった。
「それはね〜……企業ひ・み・つ」
「組織の話をベラベラと他人に話せるわけがないだろ」
「だよな……じゃあ〇〇の魔女って何なんだ?わざわざ分ける必要とかあるのか?」
小雨の質問に再び二人は顔を見合せる。次に口を開いたのはノアだった。
「これは第二の名前でもある。自信を一言で表すものだ」
「……なるほど」
二人の間に割って入って
「ちなみに〜、私は回生魔法を使うから輪廻の魔女って呼ばれていて、ノアはーー」
血が付着したナイフをハンカチで拭きながら
「俺は殺すのが好き……だから殺戮の魔女だ」
「へ、へぇ……」
ノアの言葉を聞いて小雨の口角がピクっとした。
怖がる小雨をみて、ノアはニコッと笑う。
肩をすくめて
「そんなにおかしいことか〜?俺は生き物を殺すことが好きなだけでそれ以外はお前らと変わらないぞ?」
「人殺すのが好きな時点でおかしいんだ!」
「……」
小雨の言葉でノアの表情は暗くなり、黙り込んだ。近くで見ていたスピカは冷や汗を流し、どんまいと言わんばかりに呆れたように小雨を見た。
「はぁ……どんまい小雨」
ノアは拭き終えたナイフを逆手に持って小雨の方を向いた。
「おかしい?おかしいって言った?」
ノアはナイフをクルクルと回し、持つポジションを決める。ポジションが決まった瞬間、遠くからノアの足元に向かってリスが走ってくる。ノアはその走ってきたリスを狙いを定めて刺した
「は……ははっ……はぁぁ♡」
ノアはナイフに突き刺さったままのリスを持ち上げ見つめる。その後、恍惚とした表情をした。
ノアはリスを振り落とし、小雨の方を見る。その顔はまだどこかうっとりしていた。
「お前はどんな血を流すのか教えて欲しい」
「……嫌です!」
反射的に声が出た。
「……嫌……そっか……ふーん」
ノアの頬はまだ赤い。目もとろんとしたまま小雨を見つめた次の瞬間ーー
後ろを振り向いて
「っ!!」
「じゃあここで死んで貰おっかな♡」
最後までお読みいただきありがとうございました!




