小雨の特異魔法
リリー家の朝、召使いがドタバタと仕事をこなす中、赤髪と黒髪の二つの影が中庭でぶつかり合っている。
「今日こそお前に勝つ!!」
「できるもんならやってみな!!」
小雨は木剣を持ってエースに向かって振り上げるがエースは慣れたように交わしていった。そんなエースは余裕をかまして隙をついて小雨にちょっかいをかけに行く。
小雨の額を人差し指で押して
「そんなんだといつまでも俺に追いつけないぞ」
「わかってるってそんなことは!」
中庭はガラス張りだったため、屋敷の中からは丸見えだった。セリシアとフランソワがガラス越しに二人を見ている。
「コサメがこの前特異魔法使ってたってほんとなの?」
「うん、本当よ。確かに見たの、この目で」
セリシアは小雨をジッと見つめていた。最初にエースと小雨がバトって小雨が特異魔法を使って以降今まで一度も使っているところを見ていない、ましてや魔法すら使った気配がなかった。
ガラスに手を当てて
「やっぱりあれは気のせいだったのかな」
「セリシアが見間違えることはないと思うの」
「ちょっと」
二人の後ろから声がした。二人が振り返るとそこに丸盆を持ったアテナが立っていた。
驚いた様子で
「アテナさんっ?!」
「アテナ〜!」
アテナの存在に気がついた二人はそれぞれ違う反応を見せた。セリシアはメイド長の登場に驚き、フランソワは嬉しそうにアテナの元へ駆け寄った。
「今の……小雨くんのその話、詳しく聞かせてくれる?」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
太陽が南中する頃、中庭に二人の荒い息継ぎが聞こえた。
「はぁ……はぁっ……」
「おいクソエースっ!……無駄に体でかい癖にちょこまか避けんなよ……!!」
エースと小雨は汗だくの状態で中庭に倒れ、エースはヘトヘトで声も出ず、一方小雨は言い返しができない状況を利用してエースに向かって文句を吐き出していた。
「あぁもうやってらんねぇ!風呂入ってくる!」
小雨は汗を流しにお風呂場へ行った。遠くから小雨の叫び声が時々聞こえてくる。一方エースはまだその場で大の字で寝転がっているとそこにーー
「エース」
アテナが中庭のドアを開けて寝転んでいるエースを見ていた。その視線に気がついたエースは飛び起きて急いで身なりを整える。
慌てた様子で
「アテナさん!俺に何か用ですか?」
「うん、ちょっとね」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小雨がお風呂に入っている間、とある一室にエース、セリシア、アテナ、フランソワの四人が二人ずつソファー向き合う形になっていた。
「急にごめん、どうしても聞きたいことがあって」
「私も気になるの」
アテナの膝の上に座っているフランソワは心地よさそうな顔をして今にも眠り出しそうだった。そんな小さな頭をアテナは撫でる。
「小雨の能力の事……でしょ?」
頷いて
「話が早くて助かるよ」
「でも、あの一回だけでそれ以降あいつは能力を使っていない……もしかして何か気がかりがあるとか?」
セリシアとエースの視線がアテナに釘付けになる。アテナは視線を下に向けて少し黙り込んだ後、再び二人を見て口を開いた。
「うん……まだ確定した訳じゃないから、まずはあの日のこと、二人の話を聞かせてほしい」
部屋の中に重たい空気が流れる。話の内容自体、そこまで重くは無いが、屋敷の召使いの中でもトップであるメイド長が絡む時大体その場にいる全員が緊張して自然と空気が重くなってしまう。
「あの日、私はエースとコサメ、二人の喧嘩?を見てたんです」
小雨が初めてリリー家へ来た日、エースと小雨はお互いの実力を知るべく、戦うことになった。初めらから最後まで優勢だっのはエース。最終的に小雨は油断したところをつかれてエースに負けてしまった。しかしその後ーー
「あいついきなり攻撃してきたんですよ!」
「そうそう!遠くから見てたけど確かにあの気、絶対絶対魔力を感じた!」
二人は間に挟んでいたテーブルに身を乗り出してアテナに言った。フランソワはアテナの膝の上ですやすやと眠っており、アテナが一定の速度で頭を撫でていた。
首を傾げて
「なんの前触れもなく?」
「だからそうだって言ってるじゃないですか」
アテナはエースの言葉に黙った。そしてしばらくフランソワに視線を向け、頭を撫で続ける。
手を止めることなく
「エース……君は小雨くんと初めて会う前、何してた?」
目を見開いて
「えっ?俺は、ただ……」
エースの方を向いて
「確かに、庭で何してたの?」
「俺はただセリシアの分の仕事をしていただけだ。庭の掃き掃除!あの時葉っぱで手切れて死ぬほど痛かったんだからな!しばらくハンカチで抑えても血が止まんねぇし」
「……なるほど」
アテナはフランソワを抱いてソファーから立ち上がった。
「えっ?もういいの?」
二人に向かって頷きながら
「うん、大体はね。ありがとう二人共、お礼に今夜のデザート増やしておくよ」
「やったー!!」
「うっしゃああ!」
アテナが出ていった部屋に、二人の歓声が響き渡った。その声量にフランソワは目を一度開けるが、再び眠りについた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
お風呂から上がった小雨は髪の毛を乾かし、いつもの服を着た。再び仕事に戻ろうとフランソワの部屋へと向かう。
三回ノックして
「フーランちゃん!俺が遊びに来たぞ〜!」
ノックしても返事は来なかった。その代わりーー
ドアを開けて
「フランソワ様なら寝てるよ」
慌てて口を抑え、小声で
「あっ……おけおけ!」
「ちょっと話があるから、君の部屋までいい?」
グッドサインを出して
「大歓迎です」
二人は小雨の部屋まで歩く。フランソワの部屋からは少し距離があったため、歩いている時間が長い。
アテナの方を向いて
「そういえば話って?」
表情何一つ変えずに
「君の……特異魔法の話だよ」
二人は小雨の部屋に到着した。小雨はあくまで臨時のため、家具は最低限のものと他の部屋から貰ってきた家具を置いていた。
「おじゃまします」
「どうぞどうぞ〜!」
アテナは部屋の中央にあるソファーに座った。小雨はその正面に座る。お互い話ができる体制が整い、先にアテナが口を開いた。
「じゃあ、話そうか。君の特異魔法について」
頷いて
「……あぁ」
「これはあくまでも憶測だから……じゃあまず、君が初めて特異魔法を使ったと言った日のこと、もう一回話してくれる?」
「……あの日、俺はーー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
あのクソみたいな日々、毎日精神削りながら生きてきた日々。いつも自分は何も出来ずに遠くから見ているだけ。それ以前にボロボロだった自分さえも護ることができていなかった。
(でも俺は変わるよ。この世界に来てからアランの姿を見て思ったんだ、このままじゃ俺はダメだってね。だからーー)
「俺は変わる!!いつまでも護ってもらう弱い俺は嫌だ!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
アテナに向かって
「俺は、こう言ったあとにその特異魔法?を使えるようになったんだ」
「なるほど……じゃあその前、過ごしていて何か感覚が違うとか周りから何か言われたこと無かった?」
「言われたこと……それならーー」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小雨は自分の持っていた剣でエミルの魔法からリンを護った。小雨の瞳の中にキラッと一瞬光が走る……その姿を見たケインは少々驚いたような顔を見せた。
「コサメさん魔法使えるんだ」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
小雨は下を向いて必死に思い出す。しばらく黙ったあと、何か思い出したように顔を上げた。
「俺、ナクライアにいた時に、ケインって人からコサメさん魔法使えるんだって言われた気が……」
頷いて
「そう、あの時点で既に特異魔法を取得していたってことになるね」
「じゃあ次の質問……その時考えていたことは?」
アテナの質問に小雨は黙った。当然だった、当時の気持ちを思い出せと言われてもほとんどの人が思い出せない。
「あ、でも……」
首を傾げて
「……でも?」
「その時、自分は死んでもいいから、誰かを守らなきゃ、何かを成し遂げなきゃって……エースの時も」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
エースがそう言って箒を持ち、館に戻ろうとして背を向けた時。エースの背後から気配を感じた。
「っ……!!」
小雨がエースの背後から剣を振りかざす。斬られる手前、間一髪でエースが箒で攻撃を防いだ。小雨の攻撃を受けた箒はバキッという音と共に真っ二つに折れてしまう。
エースが小雨と目が会った瞬間、小雨の水色の瞳に白い影が現れたのが見え、目を見開いた。
「クソッ!お前なぁ!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
「あの時俺は、エースのポケットに入っている血のハンカチを見て、誘拐した犯人はもしかしたらって……殺される覚悟で飛び込んだ」
「君は能力を使う際、共通点がある」
首を傾げて
「共通点?」
頷いて
「うん、君は自分の不幸と引き換えに能力を発動できている……試しに何かしてみてよ」
アテナからのお願いに小雨は戸惑いつつ能力の発動を試みる。試しに机に置いてあったバイトの契約書の紙で指を切る。そしてその後たまたま壁を登っていた蜘蛛に狙いを定める。
「……ここっ!」
何も無しでピンポイントに当てるのは至難の業だ。しかしアテナに言われた通り、自分を傷つけてから攻撃を仕掛けるとーー
小さく拍手をしながら
「お見事だね」
アテナの方へ振り返り
「俺すごくない?!」
アテナは小雨の問いかけに微笑んで頷く。振り向いた小雨の瞳には白色の星の形をしたものが輝いているのが見えた。
その後、二人は再び向き合う形となる。小雨の瞳の星は既に消えており、指からは血がひたすら流れていた。しかし小雨は気にしなかった。
嬉しそうに腕を上げて
「この能力便利だな!これで俺もこれから足手まといにならずに済む!」
「君の能力、能力には前払い後払い制があるね」
アテナの言葉に固まった。腕が徐々に降りていく。
首を傾げて
「それってどういう……?」
「今みたいに自分を傷つける……つまり犠牲になってから能力を使うのと、まだ自分がどうなるかも分からない、ただ気持ちだけで発動させること。個人的には前者をおすすめするよ。後者はどうしても能力が不安定になる」
「あ〜……三割くらい分かった」
アテナの助言に小雨は適当に納得したように頷く。それ以前に小雨は夢にまで見た自分専用の魔法をもう既に手に入れていたことを知り、小雨は嬉しくて今すぐにでも叫びたい気持ちをぐっと堪えていた。
「ちなみにエースの血の着いたハンカチの件、あれは掃除をする際に手を怪我して咄嗟に拭いたものなんだって」
「あぁなんだ……てっきりエースが誘拐犯だと」
アテナの言葉に小雨は安堵した。ここ数日もしかしたらという不安がなかなか拭えず、一人で勝手に不安になっていたことは誰も知らない。
その後二人がしばらく無言になった後、下を見ているアテナが先に口を開く。
「君の特異魔法、私はこう呼ぼうかな」
「……」
小雨は黙ってアテナの次の言葉を待っている。アテナは下を向き、表情がよく見えない。
部屋はとても静かで、遠くから召使いが運ぶお皿の音など仕事をする音が途切れどれに聞こえる。窓から差し込む日光は二人を照らしていた。
顔を上げて
「サクリフィシオってね」
最後までお読み頂きありがとうございました!




