災難
「……」
小雨は木の影に隠れて会話を盗み聞きしようとする。しかし声は次第に遠くなる。その度小雨はこっそり二人について行く形となった。
「ーーで、ーー?」
「だからーー」
最大限耳を澄ませながら
(いや聞こえねぇ!)
いくら近づいても葉の擦り合う音や鳥の音で会話がなかなか聞こえない。それ以前に会話している人物は移動し続けていた。リリー邸からはかなり離れてしまっているだろう。
その時、一瞬だけ声がはっきり聞こえた。
「いいんですか?こんなこと」
「もちろん、俺達はWinWinになるんだから」
「……わかりました、ではまた進捗報告しますね」
息を殺しながら
(何の話だ……?ていうかこの声ってーー)
この明るい声とどこか甘い声には聞き覚えがあった。明るい方の声はセリシアの声に近く、甘い声の方はーー
「おや?盗み聞きなんて失礼だね?」
しゃがんで声を殺していた小雨に影が差した。驚いて顔をあげるとそこにはーー
驚いた声で
「ヴァノン?な、何でここに?」
小雨をじーっと眺めながら
「うーん、何でかな〜?」
小雨の目の前に立っているヴァノンは小雨から視線を離さない。ずっと見ていた。その様子を見て気味悪がった小雨はゆっくり横にずれて立ち上がる。
目を逸らして
「あ〜、俺今から用事あるんで帰っていいすか」
首を傾げながら
「いい訳ないだろう?話を盗み聞きしてたんだから」
「っ……」
本能的にやばいと感じた小雨は背を向けて走り出した。所々で足がもつれるが止まることはなかった。
今回のヴァノンはまず前回会った時と全然違う。今はとても怒っているように見える……と言うより殺意のオーラが身体から滲み出ていた。
ヴァノンは小雨の逃げた方を見つめて動かない。
「主演は主演らしく、舞台の上に立つべきだよ。わざわざ舞台裏に来るなんてね……心外だよ」
小雨はヴァノンとかなり距離を稼いだところでつい止まってしまう。体力は無限ではない、小雨は膝に手をついて荒い息を吐いた。そして何度か深呼吸した後、再びリリー邸へ向かおうとする。
顔を上げながら
「……ふぅ、ここまでこれば流石にーー」
顔を上げた瞬間、知らない女の人と目が合った。
ニコッと笑いながら
「ここに人が居るの珍しいね!」
硝子のようなピンク色の瞳と目が合った。ずっと見ているとまるで吸い込まれそうなほど綺麗な瞳だった。警戒心などすぐに薄まる。
ニコッと笑いながら
「はい、実は迷っちゃって」
明るい声で
「あぁ〜そっか!それは災難だったね」
目を開けながら
「そうなんですよ本当にこれからどうしーー」
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(あれ、いつの間にこうなったんだっけ)
気がつくと森のど真ん中で仰向けで倒れている。木々の隙間から藍色の空が見えた。
額からは血。鼻からも口の端からも目からも。右目は真っ暗で暖かい。鼻血が鼻腔を満たし、口で荒い息をする。他にも身体中痛くて動けない、声も出ない。どこを見ても血まみれだった。
そんな中、真上から声が降ってきた。
小雨を見下ろしながら
「ヴァノンの言う通り!主演は主演らしく表舞台に!裏舞台には来ちゃダメだよ!」
右目が開かず、左目をだけでも必死に開けながら
「な……なに……を」
どうして自分が怒られているのかも分からず小雨は現状が理解できなかった。出血のせいで貧血を起こし、頭がなかなか回らない。視界もぼやける。
最後に聞こえたのはーー
「もうっ、これだから慎重にって言ってるのに」
申し訳なさそうな声で
「すまないね、少し油断していたんだ」
「しかしすごいね、小雨くんってーーだ!」
「ーーんーーね」
この言葉を最後に小雨は意識を失った。
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「ーーメ!」
ガンガンする頭に追い打ちをかけるような高い声、聞き覚えがある。
「コーーメ!」
身体を揺すぶられている気がした。さらに追い打ちをかけられた小雨は目覚めずにはいられなかった。覚醒が近づいている。
眉間に皺を寄せる
「……ん」
最初に視界に映ったのはセリシアだった。起き上がって状況を把握する。どうやら屋敷の一室にあるソファーに寝転がせられているようだ。
目を見開いて
「コサメ!起きたのね!もうほんっとうに心配したんだから!」
辺りを見渡しながら
「あれ、俺って……」
「玄関の前で倒れてたの」
ソファーの背もたれから小雨をじっと見つめる水色の瞳の少女が小雨のことをじっと見ていた。
「っ……フランちゃん!」
小雨は嬉しさのあまり大きい声で叫んでしまった。目を見開いて驚いている小雨を見たフランソワは首を傾げる。相変わらず眠そうな目をしている事に気づき、小雨は思わずクスッと笑った。
フランソワを見ながら
「コサメが帰ってこないからって出ていこうとしたらコサメくんが玄関前で倒れているのを見つけてくれたのよ」
驚いた顔をして
「え?俺が?」
背もたれに座り小雨を見下ろしながら
「何にも覚えてないの?」
「うーん」
首を傾げて先程あったことを思い出す。セリシアが落として行ったレオが書いたミッシェルへの手紙を拾ってフランソワとカレーを食べた後にミッシェルへ届けに行った。
首を傾げてしばらく考えた後
「……覚えてない」
「ええっ?!覚えてないの?!」
セリシアがつい声を上げてしまう。その声で一瞬フランソワがビクッとしているのが見えた。
苦笑いしながら後頭部を掻く
「俺疲れてたかもしんないわ」
その平気そうな小雨の姿を見てセリシアとフランソワの二人は安堵し、頬を綻ばせた。
窓から見える屋敷の外はすっかり暗くなっており、記憶上では夕方から記憶がない。恐らく長い間眠っていたのだろう。
歩き出しながら
「じゃあ私はまだ仕事あるから、まだどこかでね!」
セリシアは仕事の為どこかへ行ってしまった。
小雨がソファーから立ち上がり、伸びをする。しかし小雨の身体が心配なのか、フランソワはまだ小雨を寝かせようと服を引っ張った。
困惑した顔で
「えぇ?まだ寝ろって?」
ムスッとして
「だってまた倒れられたら困るの」
寝かせようとしてくるフランソワに驚きと困惑が隠せなかった。しかし小雨の仕事はフランソワの面倒を見ること。これも仕事だと思い、少々彼女に付き合ってあげることにした。
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小雨の脇から体温計を取りながら
「熱はないの。顔色も良好なの」
小雨の事を診て分かったことを紙に書いていく。その姿は小さい子のおままごとみたいで微笑ましかった。
毛布をめくりながら
「これフランちゃんの毛布だけどいいのか?」
捲られた毛布を再び首元に戻しながら
「勝手に捲らないの、今はそんなこと気にしなくていいの」
「……はーい」
面倒くさそうに言った。しかし内心は楽しんでいる。こうして二人でおままごともどきを出るとは夢にも思わなかったからだ。二人だけの狭い部屋にカチャカチャと物音が響く。小雨はこの時間を噛み締める。
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藍色の空、雲ひとつない空で星がキラキラと光っている。月明かりが街を照らす。そんなオルド国の裏路地で男女二人が喋っていた。
「まさか会話を聞かれてたとは、これは俺のミスだよ」
大きめの樽に座り
「ほんっと、ヴァノンったら気をつけてよね」
壁にもたれ掛かるヴァノンと、樽に座って文句を言う白髪のおさげ。裏路地にしばらく文句の言葉が響いた。
「そんなことより、やっぱり君の特異魔法は便利だよ」
足をぶらぶらさせながら
「あったりまえじゃん!」
話を逸らされたことに気づかず、褒められたことにドヤ顔で返事をする。硝子のようなピンク色の瞳が夜だと言うのに綺麗に輝いている。
拍手をしながら
「流石、輪廻の魔女だよ」
「私の魔法はこの街で一番……いや世界一何だから!」
目を閉じて首を傾げながら
「否定したい所だけど……実際君の魔法は本当に最強だと思うよ」
「否定したい所って何よ!」
再び白髪の女性はプンプンし始める。その様子を見たヴァノンがため息を吐いた。
「はぁ……君は騙されやすくて心配になるよ」
「うるさいわね!」
ヴァノンは壁から背を離して歩き出す。それに気がついた白髪は急いで樽から降りようとしたが失敗し、樽から落ちてしまう。
額を両手で押えながら
「痛った〜い!」
その声にヴァノンは振り向き、呆れた顔をする。
「君ならそんな傷大したことないだろう?」
「そうだけどさ〜!」
ヴァノンが白髪を置いて振り返ることなく先に歩き出した。背後からは文句の声が途切れ途切れに聞こえる。
「ほんっと便利だよね……君の回生魔法は」
機嫌がよく、どこか羨ましそうな声が深夜の街に響いた。
最後までお読み頂きありがとうございました!




