68話 ミハイルと傷だらけの王子様の邂逅
王立学園の学園寮。夜7時の門限になると寮の出入り口は閉まり、敷地外で警備の騎士が何人か見回りをしている。辺りは暗く、各入口等に魔石灯の柔らかいオレンジ色の明かりが灯っている。
先ほど生徒たちが食堂から引き上げて、まだ各部屋の明かりは消えることなく煌々と灯る中、3階南から2つ目の窓が夜9時近くにコンコンと鳴った。
静まり返った部屋で、今日一日の出来事を振り返り日記を書こうとしていたミハイルは、その音に笑顔で反応した。
ミハイルがカーテンを開けると、夜の星空よりも黒い身体の黄昏がそこに居た。笑顔でミハイルは挨拶をした。
「こんばんは、黄昏様。今宵は過ごしやすいですね」
ニコニコ黄昏に挨拶したら、聞きなれない声が聞こえた。
「この馬は君の馬なの?タソガレって言う名前なのかい?」
それは若い男性の声。ミハイルは首を傾げ黄昏を見る。黄昏は少し移動して背中を見せる。背中には若い男性が一人乗っている。顔も頭も、訓練着の様な服も泥と血で汚れている。男性と目が合い、ミハイルは困惑しながらも自然と頭を下げると黄昏様が小さな声で
「部屋に入れてあげて(ヒッヒヒン)」
言われ、ミハイルは男性に小声で声をかけた。
「その薄着では寒いでしょう。中にどうぞ。傷の手当てもしますし、温かい飲み物もお出しします。」
男性はミハイルの手を取り部屋に入った。男性の手は冷えきっており少し震えていた。部屋に入った男性を椅子に座らせ毛布を掛ける。部屋にはお茶を入れる用の魔道具が置いてあるので、それで温かい湯を沸かし半分はタライに、半分でお茶を入れる。お茶の葉が開く待ち時間の間に、タライのお湯を触るには少し熱めの温度にしてタオルを絞り、ホットタオルを作って男性の元に持って行った。
「ひとまず、これでお顔と手をお拭きください。だいぶ血が出ていたようなので…すぐ温かいお茶持ってきますね。」
ニッコリ笑ってミハイルがその場を去ると、渡されたタオルを握り男は自分の状態を思い出したかのように顔や首、手を拭いていった。タオルはすぐに血や泥がつき真っ黒になった。
お茶を二人分持って水場から戻ってきたミハイルは、男性の顔から血の跡がなくなり、顔に傷がない事を見て安堵した。
「すまない、こんな夜更けにこんな格好でお邪魔して」
「いえ、黄昏様が連れてきた方ですから。何かご事情がおありなのでしょう」
そう言って微笑むミハイルを見て男性はおずおずと聞いてきた。
「あの馬は、タソガレと言う名なのかい?」
「はい。僕の友人なんです。」
ミハイルが、窓の外を見ると黄昏様は小声で
「そうよ~あたしはイルイルの友人兼守り手なの~あなたならアタシの事『ターちゃん』って呼んで良いわよ(ヒッヒン~ヒン)」
ミハイルはどうしようと思いつつ、傷だらけでボロボロになった男性を見て、通訳を買って出ることにした。
「えっと彼女があなたになら『ターちゃん』って呼んでも良いって言ってます」
ミハイルが黄昏の言葉を伝えると、男性は目を丸くして驚いていた「ターちゃん?」と呟き聞いてきた。
「馬の言葉が分かるのかい?」
ミハイルはコクリと頷き「はい。彼女の言葉だけですが」と伝えると、男性は
「すごい…聖女様以外で動物の言葉が分かる人を初めて見た……」
そう感心され、ミハイルは照れながら彼の言葉に引っかかりを覚えた。『聖女様以外で…』と言う事はこの人は聖女様にあったことがある人なのでは…と思案していると、黄昏から声がかかった。
「ちょっと烏に連絡取れる?この子保護して欲しいのよ。(ヒヒーンヒン)」
僕はコクリと頷くと、男性に「少し失礼します」っと断り、黄昏の前でイヤーカフに魔力を流しトーさんに声をかけた。
「トーさん、今時間大丈夫ですか?」
『おぅイルどうした?』
「黄昏様がトーさんと連絡とりたいと来られました」
『はぁー、あいつかよ、しゃーないな、イヤーカフを黄昏につけてくれ』
「黄昏様、イヤーカフお耳に着けても良いですか?」
「良いわよ~よろしくね~(ヒヒーン)」
自分の耳から黄昏の耳にイヤーカフを付けると黄昏様はトーさんと話はじめた。僕は男性の方を振り返り声をかけた
「夕食は食べられましたか?」
男性は首を横に振り
「そういえば朝食べてから何も口にしてなかった」
僕は慌ててカナから預かった時間停止のポーチ型マジックバックから1食分の晩御飯セットを取り出した。男性は目を丸くしてから微笑んだ。
「これは、凄いな。ありがとう」
これは何かあった時、必要だからとトーさんがマジックバック型のポーチを用意して、中の食事は伯爵家にいる時に、カナが用意してくれた。何があるかわからないから、1ヵ月はこれさえあれば大丈夫と。
カナの御飯が恋しくなったら中の食事を食べてと嬉しい言葉つきで。食べたら食べた分、お菓子や、パンを買っては入れている。そのおかげで今回も大助かりだ。
食事はサンドイッチタイプは1食分を紙に包まれ、ご飯タイプは四角い箱に入れられたお弁当タイプ。いつでもどこでも食べられるようにとカナメの折り紙付きだ。もちろん作ったその後すぐに時間停止のバックに入れているのでどれも温かい。
今はお腹減ってるだろうから、ご飯タイプのお弁当とスープを別に出した。スープは野菜がたっぷり入った味噌汁だ。
「うまいな。この食事は凄く旨い」
男性は優雅な所作で食事を口に運ぶ。ただご飯を食べているだけなのに、凄く気品を感じる。そう思い見ていて気付いた。僕この人に名乗ってないと、
「あの…お食事中に失礼します。僕…いえ……私はストーティオン伯爵家嫡男 ミハイル・ストーティオンと申します。貴方のお名前をお聞きしてもよろしいでしょうか?」
男性はもぐもぐと咀嚼していて、自分も名乗ってない事に気づいた様で、顔を真っ赤にして手を前に出した。少し待っての合図だと分かり、待っていると男性は、背筋を伸ばしこちらに向き直り頭を下げた。
「私とした事が礼をかいていた。申し訳ない。
私は、ルクレチア・ドゥ・オーラシアン 」
「ルクレチア・ドゥ・オーラシアン…オーラシアン?」
オーラシアンて‥‥まさか、僕は固まって男性を見た。ルクレチアと名乗った男性は悲し気に微笑んだ。
「そうだね、私はこの国の肩書だけの第3王子だ」




