322話 兄の伸びしろと、カナメの運命
「そうだのぉー、まず精神統一。
そして周りの空気に溶け込むように自然に気配をなじませる。
―――兄はそこで止まっておくがいい」
そう言って気配がする方向を見つめるコーくんは、目の前にいるのに一気に気配が希薄になっていった。
す、凄い。
目の前に居たコーくんの気配がもうしない…
視覚には意識しているから、かろうじて視線で追える。それでも気を抜くと視界から消えそうだ。
そんなコーくんは、くるくる回ったり踊ったりしているのに全く音も気配もしない。
本当に凄い―――
それに比べたら、先ほど自分が確認できなかった人物の気配は、コーくんに比べたらわずかながら気配を感じ取れる。
僕は廊下の角からそっと覗きながらコーくんが進む先を見ていた。
向こうから黒づくめの男が警戒した様子で歩いてくる。
その男の人の真横で、コーくんは両手をぶんぶん振っている。
……いや、なんでそんなにアピールしてるの?
でも男の人は全く気づいていない。
何ともおかしな光景だ…
僕、もっと気配殺すの頑張ろう。目の前の滑稽な光景を見ると少し恥ずかしくなった。
この後コーくんどうするんだろう?
黒づくめの人どんどんこっちに向かってくるんだけど―――
まさか…コーくん、僕の実力を見るためにこのまま男が僕の元に来ることを狙っているのか…
僕は廊下の角から数歩後ろに下がり、男の姿が見えたらとびかかろうと、身体強化を全身にかけ、ナイフを構えた。
相手は確実に格上だ…一瞬の迷いが生死を分ける。
気配で男の存在に注視しながら僕はその時が来るのを待った。
その時間が凄く長く、長く感じた。まるで数時間のような気持ちで
この数秒の待機に全神経を集中する。
男の姿が角から目視できる瞬間その気配が消えた――――
「うむ。今のは良い集中具合だ」
え…突然の声掛けに身体がびくりとなったが声の主の姿を見た途端身体が弛緩してしまった。
目の前の角から覗いたのはコーくん。
そんなコーくんはニコリとして満足そうな顔をしている。
彼のその顔を見て、僕は大きく息を吐いて彼の元に近づくと、彼の足元には先ほどの男が倒れていた。
意識はない……いったいどうやって黒づくめを倒したのか気になる。
僕より確実に格上の相手だがこんなにあっさりとやられるなんて…
「兄はこれからどんどん伸びるな」
男を見下ろしている僕にそう告げたコーくんはすでに男が来た方向に歩いて行っている。
「あの、この人どうする?」
僕の言葉に足を止めると、コーくんは小さく「シャドウバインド」と言うと、男に影がまとわりつき、気絶したまま後ろ手に拘束された。
「判断も正しい。冷静に考えられる事は大事だ」
うんうん頷きながら僕の行動を評価してくれているみたいだ。
「えっと…ありがとう」
僕がお礼を言うと、コーくんはニヤリと口角を上げ笑いながら踵を返した。
「カナメの護り手としては頼もしい限りだ」
その言葉に、彼の後を追いながら真剣に問う。
「僕、カナを守れるようになる?」
僕の問いに前を歩きながらコーくんは答えてくれた。
「そのまま精進し続ければ問題なく、世界で名が上がる冒険者として名をはせようぞ」
彼の前に走り出てコーくんの顔を見つめ、僕は首を横に振った。
「僕を救ってくれた彼女たちを守りたい」
コーくんは眉間に皺をよせ困った顔をした。
その顔を見て僕は自分の実力がやはり足りないのかと…視線を伏せた。
「カナメはな、多分いろいろな事に巻き込まれ成長していく運命の娘だ。
我とてあの者を守り切れるかと言われたら、首を横に振らざるを得ない。」
思いもしなかった彼の返答に僕は動きを止め、言葉が漏れた。
「そんな…」
僕の言葉を拾ったコーくんは苦笑した。
「カナメはその内、我を凌駕する力を手に入れるであろう。
彼女が成長する期間。
ほんの少しの時間しか守る側に居る事は出来ぬ。」
コーくんの言葉に、息を呑む。
先程から見ていても、すごい実力を持つコーくんが、そんなことを言うなんて―――カナはそんなに強くなる子なの?
僕は、カナを思い浮かべる。
鑑定ができて、
美味しい料理を作ってくれて、
誰かが困っていたら真っ先に駆け寄る。
僕にとってカナは、そんな女の子だ。
「我とてあっという間に、カナメの”護るべきもの”に入ってしまうのだろう」
彼女達は、僕を家族だと言ってくれる。
一人ぼっちだった僕の、可愛い妹―――
「あの娘はそう言う運命でこの世界に迎え入れられた存在なのだ」
コーくんの言葉が僕の頭で理解しがたい言葉として渦巻く。
恐る恐る…彼女を知りたくて僕はかすれた声で――
「カナは…一体……」
コーくんと視線を合わせてそう問いかけた僕に彼は真剣な顔で答えてくれた。
「我を創造し世界に放った神。闇を司る一柱、月の神の愛し子だ」
「闇の…神様の…愛し子……」
神様の…壮大過ぎる…大きな存在
「兄も見ておくがいい。
今はトーが気づかぬところで暗躍し解決していることを、堂々と正面からぶつかってくる存在が現れるとどうなるか」
「世界が変わる…?」
「きっと面白い世の中になる。我はとても楽しみだ」
そう言ったコーくんの瞳にはキラキラとワクワクが詰まった子供のような、いろいろなことを知り尽くした大人のような不思議な雰囲気をまとっていた。
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