316話 王都への帰還と新たなる問題
私たちは昼食時間の少し前、ようやく王都のストーティオン伯爵邸に着いた。
屋敷の使用人達は、家の主である伯爵家の面々を迎えるように玄関前へ並び、深く頭を下げた。
馬車からお爺様、お婆様、お兄ちゃんと次々に降りてくる。
長旅の疲れを感じさせず、しっかりと立つお爺様たちの姿に、使用人達はどこか驚いた様子を見せていた。
「おかえりなさいませ。旦那様、奥様、ミハイル様」
恭しく礼をした執事さんは以前お世話になった人だ。
横に居たメイドさんもお久しぶりだ。前にトーさんと一緒に、お風呂へ引っ張っていかれたのが懐かしい。
「今回は賑やかにお客様が来てくれている。皆頼む。」
そう言って、次々と馬車から降りる私達を、使用人達は嬉しそうに迎えてくれた。
「グレード君は公爵家までこれから送り届けて、私たちは帰ります。皆様と共に旅が出来て楽しかったです」
馬車の前で山田さんとミホちゃん、グレード君が並び、山田さんがそう挨拶をした。そして私たちにミホちゃんはにこやかに笑う。
「近いうちに、クレイと猫チンと一緒に、聖女様の所に顔出して~。また、みんなでお茶しようね」
「はい。よろしくお願いします」
ミホちゃんと、クレイ嬢は仲良く手を握り一時の別れの言葉をお互いに掛け合い、その横で、拳を突き出すグレード君。
突き出された拳に自分の拳を合わせ笑うお兄ちゃん。
「じゃあなイル。メッチャ楽しい休みだった」
いつもの軽い調子なのに、少しだけ名残惜しそうだ。
「僕も。また戴冠式でも会うでしょ?またね」
「おう!」
そう言って3人は馬車で去って行った。
コーくんと手を繋ぎながら馬車を見送っていると、少し寂しい気持ちになってしまうのは同郷の人たちが離れていく寂しさなのか…コーくんが心配そうに私の顔をのぞき込んでくる。
そんな可愛い顔を眺めて笑っている、私の頭をお兄ちゃんが優しくなでてくれた。
「また、すぐに会えるよ」
そう言う優しい顔をしたお兄ちゃんを見て、私は素直に頷き邸の中に入って行った。
中に入ると、待っていてくれた使用人さんが私たちを部屋に案内してくれた。
トーさんの隣の部屋。コーくんとベッドにダイブして笑う。
「僕の部屋は一つ上の階になるから、何かあったら魔道具で連絡くれてもいいからね」
そう声を掛けてくれたお兄ちゃんに返事をするべくベッドで上体を起こし座り込む。
「はーい」
そう手を上げて元気に返事をした私の姿を見て、お兄ちゃんは自分の部屋に向かって行った。
お兄ちゃんが去って行ったあとベッドにもう一度仰向けに倒れ込み天井を見上げる。
「ねーコーくん…」
「どうした?カナメ?」
「なんか嫌な予感がするんだよね…なんか起こる予感がする」
私の言葉を聞いてポーチになっていたウハハが元に戻ると、私の傍にすり寄ってくれた。ポーチの中に入っていた人参のオーレンも飛び出して、私のベッドの上を駆けまわる。
「予感か…」
「そう。ただの予感なんだけど…なんだろうこの感じ」
私が頭をひねっていると、コンコンと扉がノックされトーさんが入って来た。
「カナメ、コー、ウハハすまん。ちょっと宰相に呼ばれた。ガルーダ達と一緒に城に行ってくるから、今日はゆっくり休んでいてくれ」
私とコーくんは顔を見合わせる。
「大変な事?」
「んーーー大したことは無いと思う。何やら肉が手に入らないとかなんとか言ってたから、肉の調達だろう。サッサっと終わらせてくる」
「そっか、なら問題ないね。無茶はしちゃダメだよ。安全第一にお仕事してきてね」
「分かった。行ってくる」
「行ってらっしゃい」
そう言ってトーさんは王都について早々出て行った。
「嫌な予感か?」
「これじゃないと思う…」
そう言い合ってまたしてもベッドに大の字になる。気になるな~なんだろうもやっとする感じ。気になるな~
「カナメ、そういう時は黄昏に聞こうぞ」
「そっか。ターちゃんは王都に長いから分かるかな?」
そう言って私の背中にニンジンが張り付き、ウハハは飛び跳ね、コーくんは頭にハワワとヨスガを乗っけて、みんなで妖精の集う庭に出た。
ストーティオン伯爵家は、お兄ちゃんのお母上である娘が”妖精が見える”珍しい目をもっていた。そのおかげか、この庭にはいろいろな妖精が集っている。
緑が生い茂り花々が咲き誇る庭には、最低限の手しか入れずに妖精達が過ごしやすいように草木が伸びている。
庭園の中で小さい光が賑やかにおしゃべりをしていた。その中に美しいピンクの体躯の足の本数の多い馬が立っていた。
この家の使用人たちも神獣様が来る事に違和感を抱いておらず、言葉はわからずとも皆が挨拶をして過ぎていく。
神獣様が庭に居る光景すら、この家ではもう日常なのだ。
その事実が、少しだけ胸を温かくした。
「ターちゃん。もうこっちに来ていたんだね」
私の問いに頭を上げてこちらを向いたターちゃんが、
『えぇ。皆を送り届けたからアタシの仕事は終わったのよヒヒン』
そんなターちゃんに近寄って、コーくんが労わるよう首を撫でながら言う。
「大人数だったのに一頭で運ぶにはしんどかったであろう。すまなかった」
『やだわーコーったら。ヒッヒン。
人間の10人、20人大した違いはアタシにはないのよ~。
入れ物がある分運びやすいだけだわ』
胸を張るように首を上げてドヤ顔をするターちゃんの顔はとても誇らしそう。
『馬屋で飼葉ももらったし、今はこの子達とのおしゃべりが楽しいのよ~』
そう言うと小さな光の妖精はくるくるとターちゃんの耳元でコソコソクスクスおしゃべりをしてる。小さな声だからか?小さな存在だからか?聞き耳スキルがあってもその声が聞こえない。だから素直に聞いてみた。
「妖精さんの今の話題って何?」
ターちゃんは耳をピクピクさせて少ししてから答えてくれた。
『赤い屋根のお菓子屋さんのナッツのクッキーが美味しい。』
「へぇ――」
「絶対妖精の好みだろうそれ」
クスクスと笑いながら聞いていると、妖精の声をターちゃんが、続けて伝えてくれる
『それから、お城で眉間に皺を寄せてるおじさんが頭抱えてるって言ってるわ』
「お城で眉間に皺?えっと……宰相さんの事かな?王様の事かな?」
私たちが首をコテンと傾げて考えていると、
『どうかしら?……えそうなの?』
追加で情報をもらったのか続けてターちゃんが情報を吐き出す。
『お祝いのお肉が消えたんですって』
「消えたの?お肉が?」
『そう言ってる』
お肉って…それってトーさんが言ってたやつだ。
「それ、お肉の事でトーさん達が宰相さんに呼ばれてお城に行ったよ」
「本当に肉の確保だったのか。じゃあ安心だな。トーだったらすぐに解決するだろう」
私たちはお互い顔を見合わせて安心した。
そして―――妖精からの情報は続いた。
『あら?そうなの…へーそれは楽しみね。』
先ほどまで軽やかだったターちゃんの声色が、僅かに変わった。
私とコーくんはターちゃんに視線を向けた。
「どうしたの?ターちゃん」
「黄昏?何かあったのか?」
私たちの方を向いたターちゃんは、なぜか先ほどの柔らかな雰囲気から戦士の様な迫力のある視線に変わった。
『フフフ、アタシの暗殺予告が出てるんですって~ヒッヒン。
楽しいわねそれ。どんな奴が暗殺に来るのかしら?』
ターちゃんはニヤリと口角を上げ挑戦的に笑った。
さっきまで賑やかだった妖精達の声が、妙に遠く感じた。
私たちはその言葉に嫌な予感の正体はこれだと確信した。
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