311話 閑話――とある男の日々の生活。
「初級ポーション50、中級ポーション30。
錬金ポーションは主様が戻り次第作成して、納品いたします」
「よろしくお願いします。
ちなみにいつ頃お帰りの予定でしょうか?」
こちらを伺う納品窓口の女性の眉はすでに困り眉である。
出発してまだ三日…王都まで7日程度と聞いているので、
式典が開催されて…帰路を考えると…
「そうですね…
王都の式典に行くと言っておりましたので1ヵ月前後くらいではないかと思います。
王都で、ご予定が入ると分かりませんが?」
「ひぃ―――一ヵ月ですか!!
帰ってきたら、至急の納品って、クロトさんに伝えてください!ジョスさん」
顔を青くしている納品窓口の女性はそう言うと、奥に向かって「クロトさんまた不在です!」「なにーー!!」っと騒ぎ始めてしまったので、私は軽く返事をしてギルドを出た。
そのまま市が立っている通りを目指し坂を下りながら辺りを見回す。
少し高台にある薬師ギルドから、街に降りる時に風が抜けて見晴らしが良く、
納品のたびに景色の色の移り変わりが見られるのは前職ではあまりない経験だ。
こちらに来たばかりの頃は、冬の白と灰色の世界だったが、今は遠くのミモザが咲く丘の上が鮮やかに黄色に染まり美しい。
街中もいたるところに色とりどりの花々が寂しかった街並みを、飾り付けてくれている。
そんな街並みを見下ろしながら私はついつい頬が緩んでしまう。
セリーヌ公国から、オーラシアン王国に拠点を移してから私の生活は一変した。
ここはオーラシアン王国の最南端、コルドナ辺境伯領。最も魔の森に近い位置にある都市と言われている所。
定期的に魔の森からのスタンピードもあると言う事だが、此処の方々は、それさえも楽しんでると聞き目を丸くした。
魔の森がすぐそこにあるためか、ここは冒険者など戦う人が多いせいか…
厳つい方が多い。
私のコンプレックスだった”怖い顔”で子供や女性には逃げられる生活が―――
この地に移り住んでから、私は子供達に怖がられる事が無くなりました。
どちらかというと、とっつきやすく優しい顔つきだと言われ、戸惑ってしまう日々。
そんなところで今の主、錬金術師のクロト様の事務と家周りの事を担当させてもらう事になり、住み込みで働かせていただいている。
今の主様は不思議な方で、舞い込む錬金の依頼の多さもさることながら、冒険者活動も多く、常に動いて居る。
クロト様が作るポーションは需要が多いが数が作れずに、毎度錬金術ギルドにせっつかれている。
初級、中級ポーションは基本カナメさんが作っておられる。
そのストックは時間停止のマジックバッグに大量に保管されているため、納品自体に問題はない。両極端な主様達。
カナメさんも冒険者活動をしていて、他の子供達や、コー様と一緒に街の外にも出ておられる。活動的なご家族だ。
コー様は…幼児の見た目をして居られるが、あの方は私よりもずっと年上の様に達観して居られるお方だ。
そんなお方たちが、冬の間こちらにいらした伯爵夫妻とミハイル様、グレード様、王都の王城から使者として来られた方々と共に王都に行かれた。
なので今は、のんびりと在庫のある商品の納品を請け負いながら、家の中の事をして過ごしている。
丘を下りて、市に行く前に総菜屋から良い匂いがしてきて目を向けると、
「角ウサギの甘辛煮」の総菜を試食用に置いているところで、店主に話しかけられた。
「あら、ジョスさん今日はお一人ですか?」
「はい。主様方は旅行に行っておりますので」
「あらー残念。カナちゃんに食べてもらいたかったのに。
ジョスさん、これ試食していきませんか?」
そう言って渡されたピックには茶色く煮込まれた肉を、小さく切ったものが刺さっていた。
「ありがとうございます。マダム。美味しそうな匂いですね。」
「あらー、ジョスさんたら、マダムだなんて。うれしいわぁ~
これ、カナちゃんに教えてもらったのをアレンジしたのよ。」
差し出されたピックに刺さった香ばしい匂いの肉を口にする。
甘じょっぱくて薬味がピリッと利いていて美味しい。
「美味しいです。コレ…一人分もらえますか」
店主のマダムは嬉しそうに持ち帰り用の容器を用意してくれて
「気に入ってくれたの、嬉しいわ。カナちゃんが帰ってきたらこっちによってと伝えて。」
そう言いながら容器に大盛りの総菜を入れてくれた。
私は、今日の晩御飯がすでに楽しみになり、ほくほく顔になりながら、市の方に足を進める。
少しすると焼き立てのパンの匂いが鼻孔をくすぐって来た。
厨房のパンのストックを思い出し、今日は大丈夫かと通り過ぎようとした所、パン屋の扉が開いた。
「ジョスさん、寄ってって。嬢ちゃんに頼まれていたパンが焼きあがっているから持って帰ってくれ」
「かしこまりました。今回はどのくらいでしょうか?」
「今回も多いぞ!なーに時間停止のアイテムバッグに入れているから、問題ないぞ」
「ありがとうございます」
このように、街に出るといたる所で止められる。
今の主たちご家族が街の皆から好かれているのだ。
とくにカナメさんは、近所の夫人どうしの会話や簡単な相談事から始まって、料理の相談を受けたり、物を一緒に作ったりとかなりの人気者。
貴族の令嬢を相手に仕事をしていた私からは、市井の子供とはこういうものなのか?と困惑してしまいますが、とても好ましいと思ってしまうお嬢さんです。
あのイル嬢…いえ、ミハイル様の妹君なだけはある。
幼い彼女には一度も怖がられなかったのも嬉しかった。
ここに来てから、一度も胃痛が襲ってきてないところが本当に嬉しい。
職場が変わるとこうも改善するもんなんだなと痛感します。
市場の中、カナメさんのお勧めの珈琲屋さん。
香ばしい豆の焙煎の薫りに店に行く前から癒される。
胃が荒れて胃痛の原因になってしまうからと遠慮していた珈琲も毎日飲めるようになったのも嬉しいことです。
「店主、珈琲ブレンド一つお願いします。こちらのボトルに入れてください」
「いらっしゃい。お嬢さんの所の執事さんじゃないか」
珈琲の香りと、落ち着いた店主の声が耳に心地よい。
「こんにちは。」
「だいぶ温かくなりましたね」
「そうですね。」
「こっちの方には慣れました?」
ニコリと笑顔の店主さんが珈琲をドリップしながらそんな事を聞いてくる。
私は珈琲を待ちながら、市の賑やかさ、歩く人々の顔、呼び込みの声、
それを感じながら、今日何度目か、頬が緩む。
「とても居心地がいいです」
「それは良かった。夏は暑い所ですが、良いポーションも開発されているし、もっと気に入ってもらえると私も嬉しいです」
店主さんの言葉と共に出された珈琲が入ったボトルを受け取り、ボトルから香る香ばしく深い匂いに、やはり頬が緩む。
不安とともに来たこの国で、最初から皆さんが親切で、
街の方たちは親し気で
「ふふっ。こんな歳になって、久々に楽しい日々というものを実感しています」
そう言う私を見て、店主さんは笑ってくれた。
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