306話 セリーヌ王国の事件の終息①(大公視点)
件の少年を保護したあと、セリーヌ公国から来た一団の動きは速かった。
子供達が寝静まった夜には、直ぐに全体を踏まえた会議をし、対策を差配して、
なおかつそのまま、
「じゃあいっちょ、砦制圧してくるわ」 と言いおいて、
砦の方にクロト達は出て行こうとしていた。
その対応の速さに、あっけにとられていた私達とは別に、それに待ったをかける人物が飛び出し、クロト達の前をふさいだ。
それはクズハレス男爵家に買われて、浄化要員として酷使されていた少女、イリーナだった。
「お願いです!あの子達を助けてください!」
まだ痩せた体で、足元がふらつく少女は、その小さい身体を大きく広げ、
必死な目で訴えてきたのだ。
子供たちは城の治癒室で治療と、健診の為入院してもらっていた。
イリーナも他の少女達と一緒に入院していたのだが…
「”あの子達”とは誰だ?」
少女の視線と合うように腰を下ろし、片膝をついた姿勢で聞いたクロトの質問に、少女は眼に涙をためて必死に伝える。
「私と一緒にさらわれた子達が居ます。
怖い人たちに囲まれて、殴られたりしました。
咳が止まらない身体の弱い子もいて…
あの子達を助けてください」
その真剣な眼差しにクロトは考え込んだ。
私は彼が即座に考えに沈んだことに驚いた。
何の裏も取らず、信じた…今日会ったばかりの子供のいう事を…
「そっち先に動くとなると、砦の警戒が強くなるな…」
クロトがうーんと悩みながらエルフのササ殿に目を向けると、ササ殿がクロトの視線に気づいたのか、軽く頷いてクロトと場所を変わった。
ササ殿は真剣に見てくる少女と目を合わせて
辺りはシーンと静まり返る。
ほんの数秒の沈黙が場を支配する。
皆がササ殿の次の言葉を待っていた。
「じゃあ、私たちが朝一に動こうか?」
その言葉を聞いた途端、安堵なのか、希望なのか…
少女の瞳には涙の膜が張り、決壊した。
ボロボロと零れ落ちていく雫を腕で雑に拭う少女にササ殿はハンカチを差し出しながらクロトに問いかける。
「砦はどうせすぐに行くでしょ?」
その問いかけにクロトは笑って足を動かし、横を通り過ぎようとして―― 歩みを止めた。
少女の頭をワシワシとなでた。
ササ殿に視線を向けて、
「ササがそっち行くならガルーダも一緒だな」
「クロちゃん…」
ニヤリと意味深な笑みを浮かべると、
「朝なら、イルが同行したがるかもしれん。
そうなったらグレードと一緒に同行させてやってくれ」
「いいの?心配なんじゃ…?」
「あいつの事だ。同じ目にあった子達をほうっておけない奴だからな。
じゃあ俺たちは行ってくる。
早々に奴らの掃除を終わらせて、明日はみんなで湖に集合だな――」
去って行くクロトの後ろには、手を振る幼児の黒龍様と腕を回しながら歩いて行く火龍様…私は遠い目になった。
謎の男に、五大龍のうち二柱が付き従っているとか、常識が息をしていない。
私は全力で見ないふりをしたかった…
今晩ある意味で、私絶対寝られないよね…
そんな現実逃避をしていると、
嗚咽をこぼしながらササ殿にお礼を言う少女の声が聞こえた。
「あっ、ありがとうございます」
ササ殿は去って行くクロト達に手を振っていた。その視線を少女は彼らに向けて…
「あの黒い人…その…見かけによらず、優しい人ですね…」
褒め言葉なのかな、それは?
「ふふふ。あの子のやさしさに気づいてくれるのは嬉しいな~。
カナちゃんが側に居てくれるようになって、雰囲気変わったからね~」
ササ殿の言葉を聞き、クロト…彼の一端に触れたような気がした
「猫ちゃん、じゃあ明日の朝城下町の根城の捕縛と救出のために偵察、ヴィーチェと一緒に行ってきて」
「それから、大公様先ほど渡した証拠書類の確認と逮捕状。
それから逃げられないように騎士の配置と―――」
次々に差配していく彼に感心して言葉を漏らした。
「ササ殿は凄いな。」
いつの間にか側に来ていたガルーダ氏が誇らしげに胸を張り、
「俺の奥さんサイコーだろ」
そう言って、奥方であるササ殿にデレデレとした顔を向けている。
いや…ササ殿が大好きなのだけは伝わってくる。それ以外は…この御仁もよくわからんお方だな。
そんなこんなで始まった掃討作戦は、
闇の森で爆発音が響き、
城下町では明朝から崩落があり、
昼には湖で浄化の玉が舞うそんな光景が続いた。
国民皆、不安がっているようだったが、騎士の見回りを増やし混乱が起こらないように、トラブルは対処していった。
――それとは別に動いていた、
クズハレス男爵家の捜索に出ていた騎士達の報告で――
現場に着いて騎士達が家を包囲し
突入したが、屋敷はもぬけの殻だった
厨房には食事の支度の準備がそのまま放置され、暖炉からもまだ温かさが消えていなかった。
つい数刻前までの人が居たであろう痕跡が見受けられたが―――
誰も居らず。
地下には報告があった様に、牢があり生活痕が見受けられたが生存者なし。
クズハレス男爵が外出時には必ず連れていたとされる、灰色の髪と、瞳を持つ老いた執事も見つけることは出来なかった。
――――――
セリーヌ公国の一団が去った大公城で私と宰相は窓の外に沈む夕日を見ながら、この数日間の事を思い返していた。
そして隣に居る宰相に声を掛けた。
「手放して良かったのか宰相?」
「何がでございますか?」
こちらに目線も寄こさず返事をしてくる時点で、何のことか分かっておるくせに……
「あのジョスと呼ばれていた執事。情報収集隊員のお前の子飼いであったのだろう?」
私の言葉にようやくこちらに顔を向けて、苦笑しながら答えた。
「ご存じでしたか。
しょうがありません。あの強面のせいで、大好きな小動物や子供に好かれずしょげていた者が、ああも子供に囲まれ幸せそうに笑っているのです。
手放すほかないでしょう」
残念そうにしながらも、嬉しそうに語るその声音に、苦笑が漏れる。
この地位についてもう何年だ…いつも眉間に皺を寄せていた男が、今は笑っておる。
「お前も存外甘い男だな」
「大公閣下程ではございません」
窓の外を見ると沈む夕日が我が国の街に沈んでいくきらめく宝石の様に見えて目を細めた。
彼らはわが国にまとわりついていた恐ろしい霧をいともたやすく払い、救ってくれた英雄達だ。
”俺たちは息子を迎えに来ただけだ。
―――息子を虐めた奴なら親として報復するだろ?それだけだ”
そんな一言で彼らは去って行った。この国を救ったというのに―――
「これから忙しくなりますな―――」
「そうだな。彼らに救われたこの国を、民を私は全力で守ろう」
私も宰相も彼らが去って行った方向を向いて静かに、だが確かに誓いを刻んだ。
後日談だが―――
クズハレス男爵家だけでなく、今回の誘拐騒動で、子供を買った家も取り潰しになった。
人身売買に手を染めた者は犯罪奴隷に落とされ、何も知らなかった家族は平民となった。
クレイ嬢の元実家。子爵家は罪人である娘の失踪の責任を取らされ取り潰されることになった。
そして聖域とされる湖は、一般公開されるようになり、
湖の前で毎日子供から大人まで様々な人が歌を口ずさみ浄化していく。
火龍が起きた今、精霊王の居場所となる湖に流れ入る淀みはほぼなくなっているが、浄化の歌を歌う事で精霊王様がこの国を好きでいてくれるかもしれないと、日々国民が集う憩いの場所となった。
そして集った誰もが、空を見上げ精霊たちに感謝するようになった。
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