304話 魔の森の砦への襲撃③(青い魔人=オルディアス視点)
◆(オルディアス視点)
ガサリ、ガサリ、草をかき分け動くからだ。
身体をトカゲに変え、気配を極限まで薄くする。
崖にへばりつき、
岩を、木々を、這うように逃げた。
そしてある一線の前で逃げるのを止めた。
いや…だって…
この先に触れたら――
――越えたら、終わる。
そんな明確な確信だけがあった。
越えられないからと、近くの岩陰にこっそりと隠れた。
そうしてようやく冷静に辺りを見回した。
先ほどまで恐怖に支配されていた思考ではわからなかった…
真夜中の闇夜で気づかなかったのもある。
―――今ならわかる。
砦から大きな音が響く中、砦を中心に何かで囲まれていると。
まるで黒いベールで外界と遮断しているかのような
結界――いや、違う。
触れた瞬間、この世界から切り離される。
そんな確信だけがあった。
困惑しつつも、ちろり、ちろりと辺りを観察していると、
ジャリ、っと砂を踏む音がした。
びくりと身体を震わせ、一歩後退し、岩の陰に身をひそめ息を殺していると、
岩の近くを黒い靴が横切った。
「あいつら、人が結界張ってるときに抜け駆けしやがって、
残党が出たら厄介だからって、俺にこっちの見張りまで押し付けやがって―――」
男は仲間においていかれ、雑用を押し付けられたのか…イライラしているみたいだ。
男が何者か分からないが…
黒い服、黒いモジャモジャした頭に黒い眼鏡。
魔力も、気配も、何も漏れていない。
——いるはずなのに、“空白”みたいな男だ。
夜に見ても人間の視力であれば闇に溶けて見落としそうな矮小な存在に感じた。
でも…―――こいつなら…勝てるか…?
しかし…俺の本能は警戒心が振り切れている。
こいつは……先ほどの赤い男の言っていたメガネじゃないのか…
何かあれば赤い男がやってくるかもしれない…
そう思いながらも影に隠れてじっと見ていると、ふいに男が振り返る。
振り返ってじっとこちらに視線を向けてくるのを感じ俺は恐怖に一歩、また一歩と後退してしまう。
今の俺は岩の陰に隠れたただのトカゲ…
見えたとしてもこんな矮小な存在に気づいて振り返ったりするか…?
男に違和感を大きく感じた瞬間だった。
ありえないだろう…?
ありえないよな…?
男の視線に緊張していると、俺がいる岩陰から黒い糸がにじみ出た。
その糸に俺が気づいた時には、もう絡められていた。
クモの糸の様な粘りのある糸が身体に巻き付くのに恐怖で冷や汗が出る。
……これはやばいか…
俺が魔族だとバレているのか…
見つかったのか…
でも此処で姿を戻して暴れても、この空間が閉ざされている以上、
赤い男がやってきたら、逃げも隠れも出来ない…
そう思いながらジタバタしていると、俺に絡まった糸がすべて消えた。
次の瞬間――ジャリッ。
誰かが地面を踏み締めたのが分かった。
「―――まさかの外からのお出ましか」
岩から立ち上がった男は俺が先ほど警戒した境界線に向けて話しかける。
逃げたいけれど…今下手に動く事も出来ず、ただただ岩陰で男の様子を見ることになった。
そうして黒いベールから現れたのは――
砦で一緒に行動していた、白髪に神経質な目元の”白いの”だった。
白いのの背には魔族ではないものの立派な羽があり、それが黒く染まりかけている。
あいつは俺らとは違う感じだとは思っていたが、落ちた天界の奴だったのか…
どうりで神を嫌うわけだ。
「お前は…何者だ…この結界は誰が張った…」
そんな事を思っていると、白いのが、黒い男に問いかけた。
男は肩をすくめ、
「ただの冒険者だ。お前はあそこの砦の関係者か?」
質問を質問で返す男に白いのの眉間には、深いしわが入った。
「ただの冒険者がこんな濃い闇魔法の近くで正気でいられるわけがないだろ」
だよな…そうだよな…こいつおかしいよな…何もんだ
男はコテンと首を傾げ不思議そうに言い放つ。
「自分の張った結界で正気を失う馬鹿なんているわけないだろ」
――は?
自分が張ったと言ったかこの男?
俺は信じられない者を見るような目で男を岩陰から見る
この結界を―――
広範囲の闇魔法結界を…人間が?
そんな事が出来るのは…
まるで…
まるで…
魔族たちが待ちわびていた――
「――魔王様」
その一言で、空気が変わった。
男は露骨に顔を歪め、白いのをねめつけた。
「お前らはさ―――「魔王の器」なんて、意味が解らない事を言っては、
俺の事を子供の頃から、さんざん追い回してきたんだよ」
怒気を孕んだ男の魔力が、渦巻いて周りの岩や木を浮かびあがらせる。
焦った白いのは、男の前で跪き頭を垂れる
「申し訳ございません―――
しかしあなた様は我らの王となる御方。
覚醒をすでにされていらっしゃる―――」
「器の次は魔王か…」
男は冷たい目で白いのを一瞥して、一歩踏み出した。
「お前らの王にはならない」
その目は、冷たく、揺るがない。
「俺が守るのは――家族だけだ」
一瞬の沈黙。
―――家族…この男には人間の中で家族が出来ているというのか?
矮小な人間風情の中で、我らが王の家族を持つなど許されない…
そんな…魔族に対する裏切りではないか―――
ハタと気づく…
この男はこの膨大な結界を作ってもなお存在は”人間”だ…
馬鹿な…
いやそんな馬鹿な…
人間のまま覚醒して力を得ている……だと…
「俺は、カナメの父親だ。
――ただの、父親なんだよ」
そして、
「邪魔する奴は、滅ぼす」
そう言い切った――その瞬間。
白いのは、消えていた。
跡形もなく…
あれはなんだ…
あれが、魔族を統べる王?
違う。
あいつは、人間だった。
―――あれは、魔族の王なんかじゃない。
もっと面倒で、
もっと危険で、
触れてはいけないものだ。
関われば――
魔族が、滅びる。
俺の本能がそう告げていた。
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